23 魔王城の惨劇
荒野の中で光を通さない厚い雲の下、そびえ立つ黒い城。
「ここが魔王城……」
娘勇者は言った。
私と娘勇者とファイスとガンショット、ドランゴと一緒に、魔王城の前に立っていた。
周囲には強い風と落雷が絶えない。
他の者はともかく、娘勇者は耐えられないので、私は周囲に魔法陣を張って、物理的なダメージから守っている。
娘勇者には目隠しをして、全員を連れてきた。
村の方はミュラーに任せている。
「久しぶりだぜ。100年くらいか」
ファイスが言った。
「100年前にはなにがあった」
「てい……、なんとかですぜ」
「定例会議」
ドランゴが言った。
「それはもういいとして、本当に魔王城に?」
「さっきも説明したとおりだ」
娘勇者は強者にぶつけた方が成長が見られる。
それにあの指輪があれば死ぬこともない。
ならば仲間になってくれる魔族にこだわることはない。
グレゴリーに娘勇者の能力を知られてしまうことにもなるが、それであっても勝てるくらいの能力が求められる。
私はすでに娘勇者の能力を知っているわけだし、そうした対応力がないのなら、死んでもらってもいいくらいだ。
まあ、何年か様子を見るべきかもしれないが。
「まあ、グレゴリーを追い出せるとなったら、どんと来いですわ。魔王さまがいれば、グレゴリーなんかさっさと魔王城から出てもらわねえと」
ファイスが鼻息荒く言う。
娘勇者はなにを言っているかわからないはずだが、不安そうな様子はない。
「お前たちは帰ってもいいのだからな。ライトフィールドは来ておらぬし」
「あいつはなに考えてるかわかんねえし、いなくても変わんないっすわ!」
「お前もいいんだな」
私は娘勇者に言った。
無言でうなずく。
ごく最近鍛え始めたような娘が、よくこんなところまで連れてこられて平気でいるものだ。
「勇者さまがいらっしゃいますので」
娘勇者は私の心情を読み取ったかのように、ぽつりと言った。
「確認をしておくぞ。ここへは、あくまでこの娘の成長のために来た。今回グレゴリーを倒せるかどうかは重要ではない。倒せるなら倒す、というくらいでのぞむ」
私は魔族の言葉と人間の言葉で順番に言った。
最後に指輪をわたす。
ドランゴ、ファイス、ガンショットにそれぞれ指輪をひとつずつ。
そして、直前に寄ったライトフィールドからの指輪も合わせて10個、娘勇者に、無理にでもつけさせる。
主に、隠していられる左手の指だ。
「こんなに……」
「注意はしておくが、いきなり2、3回死ぬかもしれない。付け替える余裕はないだろう。グレゴリーは、ドランゴたちとはちがうぞ」
「はい」
「今回は、危険だと思ったら、すぐ逃げる。いいな」
「あの、勇者さま」
「なんだ」
「どうしてわたしを鍛えるために、魔王と戦うんですか。勇者さまは戦わないんですか」
「む」
「それはだな……。お前の能力は鍛える必要があると思ったのだ。私は魔王と戦ったことがあるが、もうひとつ決め手に欠ける。その決め手を探していた。お前が決め手になる可能性があると思ったのだ」
「そうだったんですか!」
「それに、そこにいる、人間に協力をしてくれる魔族のような、強い者はたくさん必要だ。お前もそのひとりになれるということだ」
「……わたしが……」
「やってくれるか」
「はい!」
これでよし。
だが。
不安材料としては、ひとつある。
「ところで、ダーブルというのはどういうスタイルで戦うのだ」
「それが……」
「わかんねえんですわ」
「…………」
「わからない?」
「そうなんですわ。見るのもたまにで。たぶん魔法系だと思うような」
ファイスの言葉は煮え切らないどころではない。
「名前から想像はできないのか」
「はい?」
「お前たちの名前は、戦い方や生まれなどがそのまま反映されているではないか」
『たしかに……』
「気づいていなかったのか」
「ダーブル」
「ダーブル……」
「…………」
「ダブル、がありえそうなところだが」
「魔力の倍加とかなんですかねえ」
「なるほどな」
「名前が反映されていないかもしれません……」
「…………」
私たちは入り口に向かった。
魔王城の扉は大きい。
自分が小人になったかのような大きさだ。
いまは扉は閉じられている。
門番はいない。
「広間には、六英雄以下の魔族と、多くの魔物が常駐しているようだな」
私は扉に手をかけた。
「行くぞ」
ぐっ、と押そうとしたときだった。
「誰か来たな」
私たちの上に誰かが浮かんでいる。
ゆっくりと誰かが降りていた。
私たちはそちらに体を向けると、扉を背にして迎える形となる。
降りてきたのは、頭からすっぽりとローブをかぶっていて、顔が隠れている者だった。
ただ目だけが光っていた。
「お前がダーブルか」
答えない。
「たぶんそいつがダーブルですわ。見たことねえけど」
「お前は」
と私が言いかけたときだった。
ダーブルの体から強烈な光が放たれた。
太陽の中に放り込まれたような、強い光だった。
それもほんの一瞬だけ。
「目くらましは効かんぞ」
私は気配で察することが……。
気配を感じて振り返る。
魔王城の外壁に、私たちの影がしっかりの刻まれていた。
その影がゆっくりと外壁から出てくる。
私たち、それぞれに対応する形で影があった。
私の影、娘勇者の影、ドランゴの影、ファイスの影、ガンショットの影。
「なんだこりゃ!」
「こういうやり方か」
それぞれの複製をつくって、それぞれと戦わせる。
完全に、こちらを消耗させるやり方だ。
だがこんなことは関係ない。
異空間を出せばそこで終わり……。
そのとき、私たち、それぞれのまわりに異空間が開いて閉じた。
私は真っ暗な空間に浮かんでいた。
いや、浮かんでいるかどうかもわからない。
上下左右のない場所だ。
まわりには誰もいない。
バラバラに飛ばされたからだ。
気配を察知することもできない。
私の想像通りなら、異空間は私たちの世界を並べてつくったほどの広さがある。
私は異空間の出口を開いて魔王城にもどるしかなかった。
そこには、ダーブルと、私たちの影がいた。
「オモシロいワザをモっているな」
ダーブルの声は、金属をこすったような音だった。
私はとりあえず六英雄と娘勇者の影を異空間に飛ばした。
だが私の複製だけはすぐにもどってくる。
私が異空間で修行したときの複製よりも、ずっと質の高い、本当に私に近いものをつくり出すことができているようだ。
異空間は広すぎる。
探しに行くことはできない。
娘勇者は異空間に飲み込まれてしまった。
「仲間をもどせばお前を生かしてやってもいい」
「できない。それはおマエのチカラだ。ワタシのモノではない」
「だろうな」
想像はついていた。
気持ちの整理ができなかっただけだ。
私はダーブルに迫り、手刀で体を5つに切り分け、それぞれバラバラに異空間へ飛ばした。
せっかく育てた娘勇者も、六英雄たちも、あっさりいなくなってしまった。
私の影が向かってくる。
影は直前で背後にまわる。
背中に手刀を突き立てられた。
私の腹から影の手が突き出た。
血が流れる。
影は続けて、私の内臓に対して異空間をいくつも発生させてきた。
食い破られるように私の中身が失われていく。
私は背後にいる影の腕をつかんだ。
捕まえた。
私は、私の血に含まれた術式を展開する。
なにかを察した影は自分の腕を異空間で切り落とし、さらに異空間に逃げた。
つもりだったようだが、それはできない。
物理的にではなく、私たちはすでに私の命をかけた魔法陣でつながれているのだ。
並の魔法では影には通じない。
かといってまともに戦っても時間をむだにするだけだ。
使うべき魔法は限られていた。
網目のようになった魔法陣が私と影を締め上げる。
私の魔力すべてがこもっているのだ、切れない。
それがたとえ私自身であってもだ。
私は自爆魔法を起動し、自分と影を粉々に吹き飛ばした。