22 撃破撃破
「だからマント使えって」
と言うファイスの言葉を、私が翻訳して娘勇者に伝えた。
「なるほどです」
娘勇者とファイスの戦いは、ドランゴよりも勝敗が競っていた。
ドランゴが弱いというわけではなく、相性の問題だ。
地面、空中と、ファイスは氷と炎を使った仕掛けが多くできるため、娘勇者の動きをつかむきっかけをつくりやすいのだ。
具体的には、地面を凍らせる、氷と炎で水蒸気を上げる、炎の細かい弾丸を撃ち続ける、といったところだ。
娘勇者と戦う場合、一対一という感覚より、多体一というつもりでいたほうがやりやすいかもしれない。
ファイスの炎の弾丸を、娘勇者がマントで振り払う練習をしていた。
「そうだよそうだよ、やりゃできんじゃねえか」
「はい!」
「グレゴリーをちゃんと殺せよ」
「グレゴリー?」
「魔王さま、言ってないんすか?」
魔王さま、という部分はもちろん勇者さま、に変えて翻訳する。
「その点は気にしなくていい。今日はしばらくやっていてもらっていいか」
「そりゃかまいませんぜ。指輪もまだありやすから」
指輪を5個消費してからは、お互い、どちらからということもなく、生死の決着がつく直前でやめるようになっていった。
ファイスがすぐに娘勇者を認めたことも大きかっただろう。
「ちょっと出てくる。なにかおかしいと思ったら気配を消して逃げろ」
まだファイスがなにかをたくらんでいる可能性もある。
「はい」
私は娘勇者が見えない位置に行って、異空間でライトフィールドのところへ向かった。
「うわっ!」
いつもの部屋にライトフィールドが最初からいた。
「どうした」
「急に来られたら驚くでしょう! それもさっき来たばっかりで」
「ファイスというやつに会った。なかなか気のいいやつだな」
「ファイスが気のいいやつ、ですか……」
ライトフィールドが微妙な表情をする。
「それで、今度はガンショットというやつのところへ行きたいのだが」
「……、あまりおすすめしませんが」
「もしかして、六英雄というのはろくでなしの集まりか?」
「個性派集団とおっしゃってください」
ものは言いようだ。
結局ライトフィールドは地図を使って説明する。
「この山岳地帯におります」
「……なるほど」
気配が感じられはするのだが。
「存在感が薄いな」
「狙撃手ですので」
「ほう」
「存在感を消して、一撃で相手を仕留めます」
娘勇者と似たタイプか。
遠くから狙うか、近接戦闘かという違いはあるが。
「よし、試してみよう」
「ではこれを」
ライトフィールドが指輪をくれた。
「またひとつできましたので」
「私にか?」
「はい」
「いるか?」
「おそらく」
「ならば持っていこう」
私は異空間で飛ぶ。
行った先は、ただただ茶色い山がいくつもあるだけの場所だった。
山という言葉のイメージよりもずっと先がとがったところばかりで、植物はなく、人間は生活できないだろう。
うっすらと感じる気配の方へと歩いていく。
すると突然、私の左胸に穴があいた。
一瞬あと、背後から音がして振り返ると細い穴が山にあいていた。
貫通した先の空が見える。
地面の穴と、私の左胸があった位置。
それをつないだ先に発射地点があるはず。
私は左胸を貫かれたくらいでは死ななない。
回復魔法をかけながら、空を飛んでまっすぐ軌道をさかのぼる。
すると、右腕が飛ばされる。
私が想定していた場所とは別角度からの一撃だ。
が、気配はつかんだ。
異空間で直接そこへ飛ぶ。
なにも見えていないが、気配を頼りに左手を出し、相手の首をつかんで捕まえた。
「うっ!」
声。
そして、うっすらと見えるようになってきた。
人の形に近いが、魔族だ。
片手に、長い銃のようなものを持っている。
「お前がガンショットか」
「…………」
「私は魔王だ」
振り返る相手に、私は魔王の目を見せてやる。
「…………!!」
「ガンショットだな?」
「…………」
無言でうなずく。
私は手を離した。
ガンショットは距離をとったが、逃げはしない。
「お前はグレゴリーの下についてるのか。それともグレゴリーと対立しているのか」
「…………」
「どっちだ」
「……」
黙って指を一本出した。
「なんだ? ……一匹狼ということか?」
「……」
ガンショットはうなずく。
面倒くさいやつだな。
「単刀直入にいこう。グレゴリーを倒すための練習に付き合ってもらうつもりでここに来た。来るか。断るかどうかは自由だが、じゃまをするなら私が相手になるというだけだ。私はいずれグレゴリーを殺す」
ガンショットはちょっと間を置いて、自分を指し、私を指した。
「ついていくということか?」
ガンショットはうなずいた。
連れもどってすぐ、ガンショットと娘勇者の対決に入った。
「……始まってるんだよな」
「……うむ」
ファイスとドランゴが言った。
おたがいに潜んでいるタイプだ。
時間がかかるかもしれない。
そう思ったら、急に林の上空からいくつもの銃弾が降り注いだ。
実際は銃弾は見えていない。そういう状況だとしか思えなかった。
音がして、頭が吹き飛んだ娘勇者の気配が消え、指輪で再生された。
「終わりだ」
私は娘勇者を回収した。
「娘が負けたか」
ファイスは言った。
ガンショットは、姿を隠して相手を狙撃する。
気配を管理しているわけではない。
視覚や音など、五感を刺激するものを丁寧に魔法で消しているだけだった。
だからいかに姿を消すのかなら勝てるだろう。
だが攻撃力が違う。
ガンショットは、相手が把握できていなくても長距離からでも連射が可能だ。
また銃弾の起動も自由なようだ。
攻撃力はともかく、射程範囲に大きな差がある。
さらに銃弾もやっかいだ。
その銃弾は音が一切ないため、狙撃されてから気づく。
私の扱う異空間に近いものだった。
物体ではないので撃っても音がしないのだ。
娘勇者はマントを振っていたようだが、無駄に終わったようだ。
ただ異空間よりはもっと魔法に近いもので、大きさはこぶしの大きさが最大だという。
ガンショットは潜伏しながら、わずかな音や気流の乱れを察知し、一発にかけてもいいし、数で攻めてもいい。
多数を相手にできるという点が、六英雄の共通点といえるだろう。
ドランゴ、ガンショット、ファイス、グレゴリー。
どれも多数を相手にできる。
ライトフィールドは積極的な攻撃ではなく守りだったが、やはり戦うことは可能だろう。
最後のひとり、ダーブルとかいったか。
グレゴリーと一緒に魔王城にいるということは、多数を相手にできないのだろうか。
「もう一度、お願いします」
娘勇者は言った。
「休むか?」
呼びかけるが、娘勇者は続けるようだ。
新しい指輪を装着した。
そして戦う。
娘勇者はマントを活用したが、銃弾を避けることはできず、またやられた。
「もう一度、お願いします」
早くも娘勇者の気配が薄まっていく。
薄まり方が大きい。
私は気配察知に全力を集中した。
「?」
「ん?」
ドランゴとファイスの態度が変わった。
「俺たちなにしてたんだっけ?」
「魔王の依頼で…………」
もう二人は娘勇者のことを忘れてしまったようだ。
ガンショットも、姿を隠すのをやめ、出てきた。
娘勇者が横を並んで歩いているのに気づいていないようだった。
娘勇者が気配をもどすと、ガンショットは急いで離れた。
事態の異常さに気づき、ガンショットは攻撃をすることもなく、ただ娘勇者への攻撃準備をしただけで、私の様子をうかがう。
「できました……」
娘勇者は言った。
「ここまで自由にできるようになったか」
「はい……」
「……は? いまのは!?」
ファイスが私に怒鳴る。
「うむ。気にするな」
「気にするなって……。おいガンショット、なんで出てきた」
「…………」
ガンショットは当惑顔だ。
村の女たちの反応も考えれば、娘勇者の記憶を失わされた者は、記憶を失っていた間の自分の行動は覚えていない。
つまり急にガンショットが降伏したように見えてしまう。
ガンショット自身が最も理解できないだろう。
娘勇者は強い相手と戦えば一気にレベルが上がる。
そう考えるべきだ。
難敵なら難敵なほど良いのだろう。
ならば。
ぶつけた方が成長が早いだろう。
「よし、魔王城に行くぞ。一緒に行きたい者はついてこい」