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02 最後の勇者



 空から見ると山が多い。

 その山の中腹に、木を切り開いて作られた空間を持っている場所があった。


 凝視すると、拡大して見える。


 いくつかの畑。

 いくつかの家。

 30人ほどの人間。



 私は異空間を使って村の近くに降りた。

 木の間から村の様子を見る。


「女が多いな」

「現在、人間は、女が余っているようなのです」


「女は戦いに不向きですし、子を産めぬ者や不健康な者、その他人間社会に利益をもたらせない者たちは、集めて捨てるそうです。年齢の高い女は特に対象になりやすいようで」

「効率の追求か」


 おろかな。

 それでは人間が魔族に勝てるはずがない。


「あれか」


 あっさり、勇者の気配を持つ者を見つけた。

 農具を持って、畑で農作業をしている。


「女ですね」


 ミュラーの言うとおり女だ。

 

 しかし……。


「あれが勇者か?」


 娘勇者は、ひとことで言えば、ひ弱だった。

 人間年齢で、10歳くらいだろうか。

 目立って若い。

 腕も足も細く、見ていると、年をとった女と同じくらいの仕事しかできていない。

 

 立ち止まってたまに咳をしていた。

 

「病気を持っているのでしょうか」

「作業をしているのだからそれほど重くもないだろう」


「勇者が全滅したというのは、人間側もそう認識しているのか?」

「はい」

「……あれが勇者だと知っている者は、本人も含めて、誰もいないのか?」


 そう考えれば納得できる。

 やつが死んだとしても、人間がひとり死んだとしか思わないのだろう。


 そうなると、あれを勇者だと思っているのは世界で私だけか?

 皮肉なものだ。


「……あれなら、ほうっておいても死ぬか」 

「魔王さま」


「おそれながら申し上げます。もしあれが勇者だとお感じならば、殺すべきです。先代のお言葉、お忘れですか」

「『勇者をあなどるな』」

「そのとおりです」


 私の前の魔王は、勇者の、予想を超える成長速度に不覚をとったのだ。


「しかしミュラーよ。あれが成長すると思うか? そのうち病で死ぬのではないか? 病で死ななくとも、このあたりの魔物に食い殺されるだろう」


 山の中に、魔物の気配はいくつも感じる。

 この村の人間ではいずれやられるだろう。


「それは、わたくしも同意見です。しかし魔王さま。大変失礼ながら申し上げます。魔王さまは、わずかな可能性を感じてらっしゃるのでは? 勇者が死なずに成長し、勇者たる能力を得て、魔王さまに向かってくるのを」


「もしやと思いますが、魔王さまは、全力の戦いをするため、勇者を見逃そうとでもお考えなのでは?」


 ミュラーの言葉は鋭い。


 実際、私の中にその気持ちはあった。

 勇者というのは、人間のおそるべき部分を凝縮した存在だ。

 魔王の予想をこえるものなのだ。


 私が勇者と同条件で戦うため、人型に体を変えたときも、ミュラーに反対された。


 だが勇者の、勇者であるところを見たい。

 勇者が、勇者としての力を発揮し、それを叩き潰したい。

 私の500年を揺るがされたい。


 それでこそ、人間を潰した達成感が得られるというものだ。


 ミュラーの、いま殺せというのは正しいだろう。

 だが。


 そのときだった。


 ズン、と足元が揺れた。


 ズン。

 ズン。


 村から、何人もの高い声が上がった。


「魔物です」


 ミュラーが羽で示した先には、木よりも背が高い巨大な熊が現れた。

 目が赤く光っている。


 一歩一歩が地震のようだ。

 しばらく前から、ここに来るだろうことは気配でわかっていた。

 人間がいることを感じ取り、背中を丸めて四つ足で接近していたのだろう。

「グレートグリズリーです」


 ジャイアントグリズリーが力を蓄え、魔力を爆発させることにより、数倍に巨大化した姿だ。

 

 あの大きさまでなってしまうと、食事をとっても腹が充分にふくれない。

 常に空腹で気性が荒く、目は獲物を探し続ける。


 地面の揺れが不規則になった。


 また悲鳴があがる。


 見ずともわかる。

 3体に増えたのだ。


 村を囲むように、頂上側、池側、獣道側と、3体のグレートグリズリーが現れた。


 あちこちから悲鳴があがっている。


 そのうちひとりの女が走って森へと逃げ込もうとした。

 

 グレートグリズリーは腕を振ってその女をつかみ。

 口に放り込んだ。


 女たちの悲鳴が止まった。


 やつらの強みは、体の大きさ以上に、俊敏さだ。

 そこを勘違いするとこうなる。


 別のグレートグリズリーが家を殴る。

 壁に入れた前足で、中からつかんだ女を口に入れ、丸飲みした。


 聴覚、嗅覚も優れている。


 村人たちはグレートグリズリーから距離を取りたいあまり、村の中央に集まってしまっていた。


 食事の盛りつけの完了だ。


「魔物のエサを横取りすることもないか」


 そのとき。


「あ、あの」


 小さく、声がかけられた。


 さっきの娘勇者だった。


 バカな。

 気配がまったくわからなかった。

 いや、いまもそうだ。


 目の前にいるのに、誰もいないかのようだ。

 気配がとらえられなくても、足音くらいはわかってもいいはず。

 なにが起こった。


「助けてください」

 ささやくような声だった。


「助け……」

 娘勇者は、小さく、何度か咳をしている。


 私はグレートグリズリーを見た。

 エサを囲んで、勝利を確信しているようだ。


「よかろう」


 私は木の間から歩いて出ていった。


 グレートグリズリーが反応してこちらを見る。

 そうだ。それくらいの反応はできるやつだ。


 前足を地面につき、まっすぐ走ってきた。


 五感は鋭敏でも、生存本能はあまり働いていないのか。

 私の前にたどりつくと、そのままかぶりつこうと私に迫る。

 歯並びや、口の中にある木くずなどがよく見えた。

 あまりにゆっくりとした動きで、あくびが出そうだった。


 私はジャンプしグレートグリズリーの頭のうしろにとりつく。


 後頭部をつかんで、イメージ。


 グレートグリズリーの頭の中に異空間を発生させるイメージだ。

 位置は、脳と重ねた。

 

 異空間が発現すると、グレートグリズリーから力がなくなり、体がぐらつく。

 そのまま潰れるように倒れた。


 いまごろ、無限に広がる異空間にグレートグリズリーの脳が浮かんでいることだろう。


 私はグリズリーが倒れる前に、次のグリズリーに飛び移っていた。


 同じように頭をつかんで、脳を異空間に飛ばす

 それをもう一回。


 3体は動かなくなる。


 グレートグリズリーが倒れたときにあがった土煙は、すぐ風で流れていった。



 しばらくの静寂のあと、急に村の女たちが大きな声を上げた。


「ありがとう、ありがとう」

「ああああー!」

「助かりました!」

「こんなことがあるなんて……」


 私のところにやってきて、いろいろなことを言っている。

 集合呪文の詠唱でも始めたのかと思ったが、どうやら感謝しているようだ。


「あんた、もしかして勇者さまか?」

「勇者さま!」

「あんな怪物を一瞬で倒せたんだから、勇者さまに決まってる!」

「そうか勇者さま、死んだなんて嘘だったんだな!」

「なんまんだぶなんまんだぶ」


「勇者さま、あたしらにできることならなんでもします、もしよかったら、しばらくここにいてくれんか」


 手を合わせたり、すがりついてきたり、わめいたり。


「これで終わりでいいのか?」


 きょとんとしている女たち。


 私は、気配を探りながらグレートグリズリーの腹に手をあて、腹を破った。

 グレートグリズリーの血が流れる中、丸飲みにされた女が出てきた。

 そうやってもう1体の腹を破り、他の女も出してやる。


 女たちの騒ぎがいっそう大きくなった。

 

「ありがとうございます、ありがとうございます!」

「おかあさーん!」

「あああ、良かった、良かった!」

「なんまんだぶなんまんだぶ」



 騒ぎの中、するりとやってきた黒猫が、私の肩に乗った。

「魔王さま」

 とささやくのはミュラーの声だ。

 コウモリでは立場が悪いと見たらしい。

「なにをされているのですか」


 私は女勇者を見た。

 目が合うと、私に頭を下げる。

 いまは気配がはっきりわかる。


 自分の意思でできるのか、そうではないのか。

 どちらにしても、この私にも存在をとらえられない勇者。

 なかなかの脅威だ。


 いや、まだ脅威の種というべきか。


 本来、勇者という、強い自覚を要求される立場にある存在が、こうした能力を手に入れることはまずないだろう。


 人間の混乱が生み出した、かつてない勇者ではないか。


 どんな姿を見せるのだろう。


「見たいな」

 

 成長するまで待つ価値がある。


 高まる気持ちが抑えられなくなりそうだった。

 

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