19 ステップアップ
「来ました」
林の中を進んでくるジャイアントグリズリーは、すでに私たちを見つけていた。
「装備の使い方を学べ」
「はい」
娘勇者は気配を消す。
近寄りかけていたジャイアントグリズリーは、娘勇者がいるあたりを、頼りなさそうに見ている。
娘勇者は地面をけって飛び出した。
靴の効果で、猛スピードで飛び出していった。
走ったというよりジャンプしてしまったので、そのまま木に正面衝突し、倒れて気絶した。
村に連れて帰った。
治療してやる。
娘勇者は起き上がった。
「すみません」
「ちょっと走ってこい」
「はい」
娘勇者が行ったり来たりしている。
走っているというよりはジャンプのようで、靴に走らされているという印象だった。
しばらく走らせている間に、私はオムスビをいただいた。
「やはりオムスビはうまい」
口の中でコメがほろりとほどけ、広がっていく。
「あの子、食べさせなくていいんですか?」
「問題ない」
女たちは娘勇者の食事を心配していたが、まだいいだろう。
走っているというより、靴を管理しているのに近い。
見た目よりも疲れていないはず。
女たちが畑仕事にもどり、私は立ち上がった。
「そろそろいいだろう!」
「はい!」
娘勇者はもどってきた。
「どうだ」
「まだ、ふわふわした感じです」
「あとは実戦で覚えろ」
オムスビを2個、大急ぎで食べさせてから、
私は勇者を抱えてジャンプ、ジャイアントグリズリーのいるところまでもどった。
やはり実戦が一番だ。
「やれ」
「はい」
娘勇者は気配を消し、ジャイアントグリズリーへと迫る。
背後にまわって、短剣で急所を刺して一撃で仕留めたが。
「ほぼ歩いていたな」
「はい……」
「歩いているならその靴の意味がない」
「はい!」
「もう一度」
ジャイアントグリズリーの死体はいったん村に持ち帰って女たちに解体するよう命じた。
次の獲物は。
ジャイアントグリズリー。
「やれ」
「はい」
今度は、娘勇者は飛び回るように動いて、ジャイアントグリズリーを仕留めたが。
「気配が消えていないではないか」
「はい!」
靴のスピードでジャイアントグリズリーを翻弄しただけであって、肝心なことができていない。
これでは勇者の個性が死んでいる。
このまま鍛えたところで中ぐらいの腕にしかならない。
「次」
「はい」
ジャイアントグリズリー。
気配を消し、足に集中すると、今度はジャイアントグリズリーの動きそのものへの対応がおろそかになる。
前足が肩に当たった。
「きゃ」
娘勇者が倒れると、ジャイアントグリズリーは襲いかかってきた。
私は見ているだけだ。
娘勇者は立ち上がり、ジャンプしようとしたが、前足で腹部あたりを振り払われて地面を転がる。
すぐ立ち上がりジャンプし、距離をとった。
娘勇者は、腹をおさえながらジャイアントグリズリーと向かい合う。
服は薄かったわりに、ある程度衝撃を吸収することもできるようだ。
まともに殴られていたとしたら骨折はまぬがれず、距離を取ることはできなかっただろう。
そして、接触から時間をとればとるほど、短剣の力で傷は回復していく。
娘勇者は腹部から手が離した。
娘勇者は気配を消す。
順調だ。
あとはジャイアントグリズリーの死体が転がるだけだった。
他の魔物とも戦わせる。
イッカクは、見つけた相手に突撃してくるだけなのでかんたんだった。
一度気配を消してしまえば、あとは立ち止まったところを突くだけだ。
「もう使い方は覚えたな」
命がけになればこんなものだ。
そのとき、上にレッドホークの気配があった。
これはどうするか。
気配を出していても、消えた時点で方向転換するだろう。
それを伝えると、娘勇者はすこし考えてから。
「やります」
と言った。
どうするつもりなのか。
娘勇者は空のレッドホークを見る。
レッドホークが降下姿勢に入った。
体を槍のように細くして降ってくる。
ひきつけ、気配を消して横に飛んだ。
するとレッドホークは地面の寸前で体を開いて羽で地面をたたき、また上空へともどっていった。
いい引きつけだったが、いまやり方では倒せない。
私がやるとしたら、魔法を使うか、単純に体に力を入れて受け止めるかのどちらかだ。
だがどちらも娘勇者には無理だろう。
娘勇者がまた気配を出すと、上空のレッドホークが獲物を狙う体勢に入ったが。
やる気はあるらしいが、どうするつもりか。
レッドホークが迫っているのにそのまま棒立ちだ。
そのまま、レッドホークが娘勇者の体を貫いた。
度胸があるな。
そう思ったが。
次の瞬間には、無傷の娘勇者がレッドホークを仕留めていた。
なにが起こった。
いや、そうか。
娘勇者がもどってくる。
「気配を残したのか」
「はい」
気配を消す、出す、というふたつだけではない。
いた場所に、気配を置いてきたのだ。
残像とは違う。
見た目にも、気配も残っているから見分けられない。
これは……、完全に気配が消えるよりもやっかいかもしれない。
「それは、いつからできた」
「いま考えて、やってみました」
素晴らしい。
「それはどういう使い方ができる?」
「どういう、というのは?」
「ひとつずつか?」
娘勇者は、動いて、ひとつ、ふたつ、と動いている途中の気配を残して見せた。
「なるほど」
近接戦闘にはかなりの強みとなるだろう。
なにしろ、相手がやっと止まったと思ったら偽偽者なのだ。
そして気づけば背後から急所をつかれる。
得たばかりの動きの速さがきちんと生かされている。
やはり成長が早い。
自分に太刀打ちできないものに対するものを、一度ぶつけてみたほうがよいか。
「ドランゴ! ドランゴ、いるか!」
すこし待つと、空からやってきたドラゴンが私の前にふわりと着地した。
「お呼びですか」
「うむ。ドランゴよ。この娘と戦え」
「は?」
「ちゃんと本気でやるのだぞ」