18 白装束
五日後、装備が完成した。
人間の街の、石造りの建物の一室で待っていると、ライトフィールドが入ってきた。
「待っていたぞ」
「どうも……」
すこし疲れているようだ。
包みを持った男たちを従えていたライトフィールドは、それぞれを机に置かせ、男たちは部屋から出ていった。
「こちらが、ご希望の品です」
「おお」
広げられたのは、白い服、白いマント、白い靴、透明な宝石のはまっている指輪の4種類だった。
靴は追加で頼んだ、音を立てずに移動速度を上げる道具だ。
指輪は同じものが3つある。
「仕事が早いな、助かるぞ」
「……魔王さまに、何度も何度も言われてしまえば……早くせざるを得ないので……」
「なにを小声で言っている」
「いえいえなにも。いかがです?」
「うむ。良いぞ」
大きさも娘勇者に合いそうだ。
「本人に来ていただければ、もっとぴったりに作れたのですが」
「充分だ」
試しに、他の服を借りて着せ、どの程度合うかどうかの調整はしてある。
「魔王さま」
「なんだ」
「グレゴリー様が、魔王と名乗るものが魔王城にやってきた、という話を聞いたのですが」
「うむ。話をしに行ったらいきなり攻撃をしかけられてな」
「魔王さまが逃げた、ということなのですが」
「事実だ」
「魔王さまでも、グレゴリー様には歯が立たないということですか……」
「どうした? 私よりもグレゴリーに恩を売る方が得だと思ったか?」
「いえとんでもない! その、わたくしの、個人的な意見なのですが」
「気にせず言え。意見というのは個人的なものだ」
「はい」
「グレゴリー様は、あまり、まわりの意見を聞くというタイプではないのです」
「うむ」
たしかに話は聞いてくれなかった。
「わたくしとしては、魔王さまに頂点に立っていただいたほうが……」
「やりやすいか」
「魔王さまはわたくしの意見も聞いてくださいますし、対価まで用意してくださいます」
「わたくしがグレゴリー様と親しい関係でないのは、人間の街を守る結界を張っていることでもおわかりになるかと存じます」
「グレゴリー様は、すぐにでも人間を全員殺そうという考えです。わたくしの、人間を生かさず殺さずでしぼり取るやり方とはちがうことは、おわかりでしょう」
「なるほど」
筋は通っているか。
「と言いつつ、魔王を捕まえて、グレゴリーのところへ引き渡せばほうびが出る、などと言われているのではないのか?」
私は指輪をつまんだ。
「これを身につけると自由が奪われる、とかな」
「とんでもない!」
「まあ、信用しておくか」
つけてみる。
指輪のサイズ的に、小指の先にしか入らなかった。
「なにも起こらんな」
「起こると思ってらっしゃるなら、なぜつけたのです!」
「代わりに死ぬ指輪、という話だったが、実際、どのように身代わりになるのだ? ケガをした場合はどうなる」
「なにも起こりません。死ぬ寸前までのダメージは受けたままですが、死んだ瞬間、指輪が崩れて最大の回復魔法が発動し、全快まで回復する、という考えでよろしいかと」
「そういう物か」
「自信はあるか?」
「はい、それはもう」
「では試そう」
私は指輪をひとつとり、ライトフィールドの手をとった。
「魔王さま……?」
ライトフィールドの表情がひきつる。
「自信はあるのだろう?」
「……わたくしは、魔王さまについていきます……」
「良い心がけだ」
私はライトフィールドの小指に指輪をはめる。
手刀で首をはねた。
はずだったが、指輪が光って、粉のようにくずれた。
無傷のライトフィールドが立っている。
「なるほど。おもしろい」
「はい……」
ライトフィールドの顔色が悪い。
「しかし、お前はそもそもそういう蘇生魔法に近いものを自分にかけているかもしれんな。その効果かもしれん。ちょっと待ってろ」
私は異空間で村にもどり、適当な女を探す。
「ちょっといいか」
「はい?」
私は女の小指に指輪をはめ、首をはねた。
指輪は光り、女は無傷。
なにがあったか目で終えずわからなかったのか、女は目をぱちぱちとさせるばかりだった。
「うむ助かった。ではな」
私は女から離れ、異空間でライトフィールドの部屋にもどった。
「人間の女でも無事、無傷だった」
「魔王さま! だったらわたくしはやらなくても良かったのでは!」
「指輪をはめた手を切ったらどうなる?」
「その場合は」
ライトフィールドがなにか言いかけていたが、私は小指に指輪をはめ、手首を切り落としてみた。
すると指輪が壊れ、手首の傷が復元された。
「なるほど」
「魔王さま! 指輪の無駄遣いはおやめください! どれだけの手間がかかっているのかおわかりですか!」
「すまんすまん」
「もう3つすべて使ってしまいましたよ!」
「そうか?」
「ライトフィールド。まだあるだろう? ん?」
「…………」
ライトフィールドはゆっくり部屋を出ていくと、指輪を3つ持ってもどってきた。
まだそんなにあったか。
「お納めください……」
「あと10個ほどほしいが」
「もうありません! あと1個、本当にあと1個、わたくしの護身用しかありません!」
ライトフィールドは自分の右手中指の指輪を見せた。
「ではつくっておいてくれ。数は多いほうがいい」
「…………」
「まずいか?」
そうか、材料か。
私はまた、異空間で例の石を取りに行った。
一度ライトフィールドに聞いていたので場所はわかったが、似たようなものが多く、多少手間取った。
「もどったぞ」
私が光る石をわたすと、とたんにライトフィールドは上機嫌になった。
「ああああ、またこんなに大きな風鈴石が!」
「ついでにきれいな石も拾ってきた」
「こここここれは!」
「これで良いか?」
「おまかせください!」
「うむ。ではまた来る」
私は受け取った品物を大きな布で包んだ。
「ではな」
村にもどった。
歩いていくと、さっき殺した女がいた。
「あら勇者さま、さっきはなんだったんです?」
「実験だ。気にするな」
「はあ」
それよりも。
私は、畑仕事をしている女たちのところへ向かっていく。
正確には、女勇者のところだ。
「ちょっといいか」
作業を止め、娘勇者を畑の横の道へ呼んだ。
包みを草原の上で開く。
「なんですか勇者さま」
「これをお前にやる」
「あら」
「きれい」
他の女たちも近寄ってきた。
「どうしたのこれ」
「勇者さまにもらって……」
「えー!」
「いいわねえ」
「お前たちも戦いたいのか?」
「はい?」
「これは魔物と戦うための装備だ。たとえば」
私は白い服を手に取る。
氷で作った刃を当てて、素早く動かした。
「あっ」
と女たちから声が上がったが、服には切れ目ひとつ入っていない。
「これは非常に頑丈で、軽い鎧として用意した服だ。他にも、このマントは」
女勇者にかぶせる。
小石を集めた。
「マントを揺らせ」
すると女勇者に向かって飛んでいった小石が軌道を変え、女勇者を避けるように落ちた。
靴を履けば素早く、音もなく動くことができた。
「いたっ」
転んでしまったが、すぐ慣れるだろう。
女勇者が魔物を狩れるということは、装備ができあがるまでのこの数日、村の女たちにも見せていた。
これが力になることはわかるだろう。
「どうだ」
「すごいです」
女勇者が言うと、女たちが囲んだ。
「どうせなら、これ、着てみなさいよ」
「わたしたちとマントで隠してあげるから」
そう言うと、女たちは女勇者の服を脱がし、あっという間に白い服に着替えさせてしまった。
「あらかわいい」
「ぴったりじゃない」
白い服に白いマント、白い靴、という服装の女勇者が現れた。
「……どう、ですか?」
女勇者が私に言う。
「いいんじゃないか?」
ぴったりと、体にあった装備に仕上がっている。
「そうだ、忘れていた。この指輪もつけろ」
私は指輪を出した。
女勇者の手をとる。
「右利きだな?」
「はい」
なら左手がいいだろう。
ぴったりだったのは薬指だった。
指輪をはめてやる。
「これでいいだろう」
「なんだか花嫁さんみたいね」
オムスビ担当女が言った。
すると娘勇者が顔を赤くする。
「花嫁?」
「やっぱり勇者さまは狙ってたのね」
オムスビ担当女は、なにかを確信したようにうなずく。
「なんのことだ」
「いいんですよ、いいんです。この子の顔を見てれば、両思いだっていうことはわかります」
オムスビ担当女は娘勇者の頭をぽん、とたたいた。
娘勇者がいっそう顔を赤くする。
「こんなに真っ白な服ばかり、まちがいないですよね?」
「白い方が、早く用意できると聞いたからだ」
特殊なものは白いことが多いということで、色がついている場合はそこから染めなければならないとライトフィールドが言うのだ。
「勇者さま、照れなくてもいいんですよ」
女たちがにやにやして、娘勇者が顔を赤くする。
花嫁というのはなんだろうか。
白が関係している気もするが、しかし花は白でないものが圧倒的に多い。
娘勇者は、他人のために戦って守る役割だ。
一種の、生贄のようなものなのだろうか。
それにしては喜ばしいことのようだし、謎が多い。
白装束というのは、命をかけた場に向かうという意味もあった気がするのだがな。
「とにかく、これから魔物を狩る練習をするぞ。良いな」
「はい!」
「こんなきれいな服汚しちゃうんですか?」
オムスビ担当女が言う。
「これはそうそう汚れはしないはずだ。ずっとその格好でも良いくらいのはず」
「あら、ずっと花嫁さまだって。良かったわね」
娘勇者はいっそう顔を赤くした。
「では行くぞ。今日中に、お前がひとりで魔物を倒せるようになってもらう」
「今日中にひとりでですか?」
女が言う。
「問題ないだろう」
「がんばります!」
短剣を装備した娘勇者と私は、林へと入っていった。
ジャイアントグリズリーの気配を感じる。
初戦にはちょうどいいか。