16 封魔の檻
私は村にもどると、ミュラーを呼んだ。
「ミュラー」
「はい」
猫ミュラーがどこからともなく現れる。
「ライトフィールドに勇者の装備を用意するよう言ってきた」
「娘勇者は女たちと一緒におります」
「それでだな。雑談でライトフィールドに聞いたのだが、この500年で魔族も激減したのか?」
「そのようです」
「知らんのか」
「その、申し上げにくいのですが……」
「なんだ」
「魔王さまがいらっしゃいませんでしたので、あまり、自分の立場は良くなく……、そういった内部の話もあまり届いてこず……」
「そうなのか」
ミュラーによると、ミュラーはしばらくは魔王の世話役としての位置を保っていた。
だが、あまりに私がもどらないため、徐々に権限を奪われ、しまいには倉庫のような部屋をひとつ、あてがわれ、あまり出入りもできずに雑用を申しつけられていたという。
「たしかに私も、ちょっと鍛えてくる、で500年も待たせてしまったのは悪かったかもしれない」
「いえ、魔王さまはそういうお方ですから、気にしておりません!」
忠誠心を示されたような気もしたが、バカにされたような気もした。
まあ、今回は許そう。
「だが他の私の配下たちが、誰も残っていないらしいな」
「はい」
「そんなことがあるか?」
「それは、それだけ当時の勇者が強かった、ということでは?」
「魔王城は戦場ではなかったのだろう?」
「はい」
「ならば魔王城の警備を任せておいた、グロイツなどは、なぜ死んだ」
「全面対決に参戦したと聞いております」
「グロイツには、なにがあっても魔王城を守れと言っておいた。やつが持ち場を離れると思うか?」
「思いませんが、状況しだいでは?」
「そういうことではない。ミュラー。お前は私がもどるまで役割を変えたか?」
「あ……」
「そういうことだ」
私はそういう者に要職を任せてきた。
「当時のことを知っているのは、グレゴリーしかいないのか?」
「おそらくは」
「グレゴリーというのは、いつから魔王軍に入ったのだ」
「戦いの後です。勇者との大戦争の後、魔王城にやってきて、そこからのし上がってきた、という印象です」
勇者との大きな戦いで生き残り、魔王城に入って、六英雄などというものを始めた。
その正当性を語るのはグレゴリー本人だけ。
「……直接、本人にきくしかないか」
「きく?」
「これからグレゴリーに会ってくる」
「これからですか?」
「うむ。こんなところで考えているのはあまり性に合わん」
私は異空間を開いた。
「では、一緒に」
「お前は村を守れ」
「しかし」
「私だけでは不安か?」
「万一のことがあるかもしれません」
私は止まった。
まさかそんな、といったことを言われると思ったのだ。
「問題ない」
私はミュラーをおいて、異空間に入った。
魔王城上空に出た。
村と比べると、かなり荒れた天気だと感じられる。
強風、竜巻、落雷。
これが際限なく続いている。
私は魔王城の最上階の窓から入った。
王座と向かい合う場所だった。
「誰だ!」
中にいた兵士たちがいっせいに構える。
「お前がグレゴリーか」
王座についている者は私を見ていた。
王座にいる者は、足は2本だが、腕は3本ずつ、計6本あった。
頭に大きなツノもある。
「何者だ……」
しゃがれた声で言った。
「魔王だ」
私が言うと、部屋の空気が、警戒しているだけでなく、なんと言ったらいいのかわからないような、とまどいに近いものもプラスされた。
「人間のような姿だが……」
「魔王だ」
私は目を魔王の目にした。
とたんに兵士たちは震えて、立っていられなくなる。
「これは……」
「お前はグレゴリーか? 三度はきかんぞ」
「いかにも、グレゴリーだ……」
「お前にききたいことがあってな」
「本物の魔王か……?」
グレゴリーは言う。
「この目を見てわからんか?」
私は王座まで歩いていった。
グレゴリーの、4つの目が私を見る。
「たしかに、魔王の目だが……」
「お前に用がある。信じられないというなら、この500年なにをしていたか説明してやろう」
「不要だ……」
「なに?」
「お前は魔王であり、ここで死ぬ……」
そのとき、天井からいくつもの金属の柱が私のまわりに落ちてきて、一瞬にして檻ができあがった。
そして中に槍が降ってきた。
魔法で防ごうとしたが、守備魔法陣が起動しない。
よけようとしたが足が極端に重い。
防ごうとしたが槍は腕や脚、体を貫通して私を床にはりつけた。
「なんだこれは」
「封魔の檻だ……。力が出まい……」
言われたとおりだった。
魔法が使えなくなったばかりか、身体能力も著しく制限を受けている。
「なんだ、これ、は」
私は床に手をついた。
刺さった槍から大量の魔力が抜けていく。
おもしろい。
「いつかこの王座を取りもどしに魔王がやってくる……。用意した……。魔王専用兵器だ……」
本当に力が出ない。
生まれて、これほどまで不自由になったのは初めてだった。
するとグレゴリーはなにを思ったか、魔法の弾丸で広間にいた兵士たちをすべて撃ち殺した。
「なにを……?」
「侵入者の攻撃によって、兵士はすべて死んだ……。このグレゴリーはその敵をとるため、戦った……」
「なにを言っている……?」
「まだ口がきけるのか……。さすが魔王……。だが……」
天井から追加で槍が降ってくる。
槍のうちの一本が、倒れている兵士に当たった。
すると槍に吸い取られるようにして消えた。
あまりの槍の数に、グレゴリーの姿すら見えなくなっていった。
「魔力をすべて封じたとき、魔王は死ぬ……」
刺さる槍が増えれば増えるほど、私の体から力が抜けていく。
「これで魔王を駆逐する……。世界は救われる……」
グレゴリーの声だけが聞こえてくる。
もう、四つんばいになっているだけで精一杯だった。
限界だ。
私は異空間を開いて、中に入った。
出ると、ミュラーのすぐ近くだった。
地面に倒れた私を見て、ミュラーがぎょっとする。
「ど、どうされました?」
ミュラーが私に回復魔法をかける。
かなり効きが悪い。
なんとか腕を動かせるようになって、体に刺さった槍を順番に引き抜いていった。
槍は抜くと、砕けて消滅した。
異空間は魔法ではない。
だからあの場でも使えた。
「あの、いったいなにが……」
「グレゴリーにやられた」
「え」
「この槍の解析はできるか」
私は腕に刺さった槍をミュラーに見せる。
「はい、やってみます」
ミュラーは前足で触りかけて、飛び退いた。
「どうした」
「これはいけません。魔力を吸われます!」
「そうか」
「よく、これほどまでの攻撃を受けて、ご無事で……」
「魔王だと言ったら、いきなりやってきた。準備をしていたようだ」
「再戦ならばサポートをいたします。おまかせください」
「いや、ほうっておく」
「は?」
「やつは私を、死んだと思っているだろう。ならば良い」
「よろしいのですか」
脅威といえば脅威だ。
魔力を、そしておそらく体力も吸収する能力。
あれが魔法なのか技なのかはわからないが、かなりの強さだ。
だが極論をいえば、異空間でやつの背後に移動し、異空間に放り込んでやればそれで終わりだ。
そうできないとしても、こうして異空間で逃げてくれば死ぬこともない。
記憶にすら干渉してくる娘勇者と比べて、飛び抜けて危険な能力とも思えない。
どちらも、強みと弱みがある。
「それでな、グレゴリーの良い利用法を考えたのだ」
「なんでしょう」
「娘勇者に殺させよう」