15 勇者の装備
「本当に困ります、魔王さま」
ライトフィールドの指示通り、会議が終わるまでと案内された小部屋で待っていると、ようやくライトフィールドがもどってきた。
「遅かったな」
「街の方針の会議中ですよ! あんなときに急にやってきて、わたくしが魔族だと人間に知られたら、せっかくここまでした立場がなくなってしまいます!」
「すまぬな」
「本当にわかってらっしゃいますか?」
「うむ。ところでさっきの話なのだが」
「…………」
「どうかしたか?」
「いえ」
「さっきもらった勇者の剣を元につくったという剣。あれ以外にも、なにか勇者の装備を持ってないか?」
「あれ以外に、ですか……」
「うむ」
「お前は、結界の能力で人間の信用を得て、残された人間の富と権力を好きなようにしているのだろう? だからたらふくため込んでいるのではないかと思ってな」
「……」
「なんだ?」
「いえ」
「たしかにわたくしは、いろいろなものを持っております。それはもう、武器、防具、宝具から服や芸術品まで様々なものがありますよ。そう、人間というのはある意味ではバカにできないところがありまして、美しい絵や彫刻などをつくるのは得意なのですよ」
「その話はまた今度聞こう。勇者の装備の話なのだが」
ライトフィールドは咳払いをした。
「かしこまりました。ですが、勇者の装備品ですか? そんなものをいったい、なににお使いになるのですか」
「そのあたりは、現物を見てから決める。あるのか?」
「ございます」
「なにがある?」
「では、ご覧にいれましょう」
ライトフィールドは席を立った。
小部屋に、ライトフィールドが従える者たちが大小の包みを運び込んで、出ていった。
「彼らは……」
「魔族です」
「そうか」
ライトフィールドが包みを開いていく。
鎧、盾、マント、腕輪、指輪、といったものがならんでいた。
「これが、勇者が最後に身に着けていた防具、道具です」
「勇者を倒したのは誰だ?」
「グレゴリー様です。六英雄の中でも、全体を束ねる役を受け持っていらっしゃいます」
「その、グレゴリーというやつは、いまの魔王なのか?」
「……魔王、という位はあけてありますが……。魔王さまは、グレゴリー様に直接お会いになってはいないのですか?」
「うむ」
「その……、大変失礼な質問なのですが」
「うん?」
「そもそも、魔王さまは、これまでなにをされていたのですか……?」
「これまで?」
「ずっと、魔王さまを探知する魔法でも見つけられず、死んだとするしかないという話でした。ですがこうしていらっしゃるとなると……」
「特訓だ」
「特訓?」
「ああ。熱中していたら、500年間も経っていた」
「ええと……。あの、それは、あの、どちらで。どこかにいらっしゃれば、わかると思いますが」
「異空間にいた」
「はあ……」
まるでピンときていないので、私はライトフィールドをつかみ、異空間を出して通貨、村の近くまで連れていった。
「こ、これは!」
「移動にも使えるし、訓練室としても使える」
今度は異空間の中に一緒に入った。
なにもない空間で、世界に干渉しない場所だ。
「どうだ。ここでどれだけの特訓をしても、どこにも被害が及ばぬだろう」
私が、いかにここが世界を壊すことなく全力を出せるところなのか、という説明をしていると、ライトフィールドが気分が悪そうにしていたので、さっきの部屋にもどった。
「どうした?」
「よく、あのような、なにもない、場所で、平気で……」
ライトフィールドは自分に回復魔法や解呪魔法をかけていた。
「異空間は呪いなどはかかっておらんぞ」
「精神的なものです。お気になさらず……」
「時間の感覚がなくなるのはわかるだろう?」
「はい……、二度と行きたくありません……」
「食事はしなくても平気だったのだ」
「そうですか……、魔王さまならきっとなにがあっても平気なのでしょう……」
ミュラーよりもあっさり信じてくれた。
ものわかりのいいやつだ。
「それで、勇者は死に、人間が激減しているというのでがっかりしていたところだ」
「そうでしたか。……、この500年になにがあったのか、具体的なことはご存知なのですか?」
「いやしらん」
「え、それは、知りたくは、なりませんか?」
「人間が死にかけ、勇者が最後のひとり。これで充分ではないか?」
「……魔王さまはそういった考え方なのですね」
「バカにしているのか?」
「とんでもない!」
ライトフィールドが必死で首を振る。
「まあいい。で、なにがあった?」
「いえ、わたくしはよく……」
「なんだ、知らんのか」
「ほとんどの魔族は400年ほど前の、グレゴリー様と勇者との戦いで死んでしまい、その当時のことを知っている魔族はいないと言われておりまして」
ライトフィールドも生まれてまだ200年だという。
「ほう。だから六英雄の年齢も若いのだな」
「魔王さまと比べましては、若いということになろうかと」
「……ということは、魔族がどうなったのかを語っているのは、グレゴリーということか?」
「はい」
歴史というのは、何人かの立場が違う者が語るからこそ価値がある。
ひとりが言っているだけでは、それはその者の記憶でしかないし、日記でしかない。
あるいは物語ともいえる。
どうにでも作り変えられるからだ。
「ミュラーに話を聞けばわかるか」
勇者のことばかりに熱中してしまって、これまでのことを聞かずにきてしまった。
「ミュラー、とは?」
「私の側近だ」
「聞いたことがありませんが」
ライトフィールドは首をかしげる。
まあ、存在感を出さないことでうまくやっているようなやつだ。
「一度、グレゴリーというやつには会っておかなければならんな。まあそれはそれだ、見せてくれ」
「はい」
「まずは鎧ですね。損傷した部分は復元ができませんでした」
「うむ」
胴と肩を防ぐことのできるタイプの鎧だ。
左肩や、腹部がかなり損傷している。
もちろん成人化した人間のサイズだから直さなければ娘勇者には合わない。
持ってみると非常に軽い。
衣服に近い重さだ。
「これは金属ではないな」
「はい。光色鳥の羽だということですが、すでに光色鳥は絶滅しておりまして」
「修正はできぬか」
「難しいですね」
「こちらは盾です」
持ち手の部分があり、その裏から放射状に何本も骨組みが広がっている。
「なんだこれは」
「お持ちいただければおわかりになるかと」
手にしてみると、放射状になった部分から光が出て、盾の形になった。
「ほう」
「使用者の魔力を形にできる盾です」
もっと魔力を放出してみると、光がさらに広がる。
思いついて、形を調整してみる方向に、力を入れる。
すると光は思い通りの動きをし、盾を持った左手を中心に、全身を囲うような形になった。
「鎧にもなるではないか。これは便利だな」
「さすが魔王さま! ここまで自在に操った者はおりません!」
「しかしだめだな」
「は?」
娘勇者に魔力はない。
「こちらはどうでしょう」
私は、渡されたマントをつけてみた。
「これはいい。物を避けるものだな?」
「さすがです」
マントを揺らすと自分に向かって飛んできたものなどの方向を変えられる、といったものだろう。
「似たものは使ったことがあった」
「さすがです」
近距離戦や、相手との応酬の速度が上がると、マントを使っている場合ではなくなる難点はあるが、遠距離攻撃にはかなりの強みが出せる。
いまの娘勇者が練習を重ねるにはちょうどいいか。
「これは、他にも同じものがあるな?」
「はい」
用意させよう。
「こちらも特殊です」
「腕輪か」
つけてみる。
「これは」
体から力がわき上がる。
「力や素早さといったものを、倍にする効果があります」
「なるほど」
しかし、元の能力が低い娘勇者にどの程度役立つか。
「この指輪も似たようなものか?」
「これは、使用者の代わりに死ぬ指輪です」
「死ぬ?」
「これをつけて命を落とす一撃を受けると、それがなかったことになり、指輪が砕けます」
「ほう……」
「いや、それはおかしいだろう。なぜ勇者が死んでいるのに、この指輪が残っている」
「決戦時、勇者はこの指輪を身に着けていなかったそうで」
「おかしいだろう。決戦に、まず必要なものではないか」
「……」
「グレゴリーがそう報告しているのか」
「……はい」
「なるほど」
近いうちに必ず会わなければならないようだ。
「うむ、では、いくつかもらっていきたいのだが」
「魔王さま!」
ライトフィールドが私の腕をつかんだ。
「なんだ。どうした」
「そうかんたんに持って行かれてしまっては困ります…………」
私の目を見て、絞り出すように言った。
「なぜだ」
「勇者の装備といえば、人間の中でも宝です……! これがなくなったとしたら……」
「そもそも死んだ勇者の装備が人間のもとにあるというのがおかしな話ではないか」
「そうした不自然も人間の力となっているのです……!」
なるほど。
人間がすがりつくための話は、この装備からも作られているということか。
「わかった」
「ご理解いただけましたか」
「そのマントと同じものは用意できるのだな?」
「それは、はい」
「それと、その指輪と同じものはできるか」
「それは、真岩石という石を、非常に高温で圧縮してできる宝石を使わなければなりません。真岩石自体が非常に貴重で、さらにその方法も難しく、こちらはなかなか」
「どこだ」
「は?」
「その真岩石、どこにある」
私はライトフィールドを連れ、異空間でなんとか火山というところに行き、真岩石を確保し、異空間で思う存分高温状態を作って、その宝石を作った。
「なかなかきれいだ。透明の奥から輝くようだな」
巨大な大きさの真岩石という石は、熱と圧力で潰すと、こぶしほどの大きさになった。
透明な中に、多くの光が多面に反射し、光り輝くように見えているようだった。
「あああああ! こ、こ、これが……!」
「これで足りるか?」
「こ、小指の爪ほどのあれば足ります……!」
「ならば指輪を2つ3つ、つくっておけ。残りは手間賃だ。お前にやる」
「はああああ……!」
ライトフィールドは渡した宝石をあがめるように持った。
「このライトフィールド、魔王さまについていきます……!」
「では、この前頼んだなんとか虫の糸で作った服、それとマント、あとはこの指輪。これを、子どもサイズでつくってくれ」
「子ども、ですか?」
「うむ。計画に必要なのだ。……もっと詳しい説明が必要か?」
「いえ、このライトフィールド、魔王さまについていきます!」
「急ぎで頼むぞ」
「はい!」
ライトフィールドは敬礼した。




