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13 勇者始動


 やっと、村を襲った男たちの件を片づけて村に帰ると、農作業をしている女たちが目に入った。


 土を掘り、ヤサイのタネ、を植えている者。

 氷魔法で貯水池に水を貯めている者。

 田の用意をしている者。

 話をしながら、楽しげだ。

 農民から口減らしになった者がいたので、そのあたりの技術は持っているらしい。

 

 こういう作業を楽しめるというのが、私には理解できん。


「魔王さま」


 猫ミュラーがやってきた。

「ライトフィールド様とは、いかがでしたか?」

「ものわかりの良いやつだったぞ」

「やはりライトフィールド様だったのですね……。ライトフィールド様はなぜ、人間の味方をされているのです?」

「やつは、魔族をまとめるために、人間に力を貸していたのだ」


 私は、人間の生き残りを敵として残すことで、魔族が同じ方向を見ることができる、人間がいなくなったら魔族同士の戦乱が始まりかねない、というライトフィールドの説明を教えてやった。


「なるほど……」

「私も、この村に口出しされなければそれで良いのでな。ほうっておいた」


「それは?」

 ミュラーは私が持っているものを見ていた。

 ライトフィールドの持っていた短剣だ。


「勇者の剣の一部から作られたものらしい。勇者にやろうと思ってな」

「勇者とは……?」

「なにを言う。もちろん……」


 ……うん?


「誰だ……?」

「村の女に使わせるのですか?」

「いや、村の女に使わせても意味が……」


 なんだ?


 おかしい。

 私はなぜこれを……。

 私は勇者の武器などいらない。


 いま、おみやげ、と私は言っていた。


「そうだ、娘勇者ではないか!」

「……そうですね!」

 ミュラーも言った。

「娘勇者にふさわしい武器だと思ってな」

「そうですか。なるほど」


 そうだ。

 なにを言っているのだ、私は。

 

 ……?

 いま、なにかを忘れていたような気がする。

 なにを忘れていたのだろう。

 

 私は、なにを頭から絞り出そうとしていたのだろう。

 なんだかおかしい。


 まあいいか。


「ところで魔王さま。ここは六英雄を招集し、今後の方針を示されてはいかがですか。今後もこのような雑事にわずらわされることになるかもしれません。魔王さまが健在であることを示し、魔王軍をひとつにまとめましょう」


「それはできん」

「なぜです?」

「結論が決まっているからだ」


「人間を絶滅させる、という話になるだろう」

「それがなにか」

「ライトフィールドの、わざと人間を生かす話はどうする?」

「あ……」

 せっかくやりやすくなる話が進んでいるのに、妨害してもしょうがない。


「それに、私にはまだやることがあるしな」

「なんです?」

「それはもちろん……」


 ……まただ。

 またなにかを忘れている。


 いや、これは知っている。

 私は知っているはずだ。

 忘れていることも含めて知っている。


 短剣を見た。

 思い出せ。

 これは勇者の剣だ。

 そう、勇者の剣だ。


「勇者の成長を待ちたいところだ」

「魔王さま! 勇者をあなどると大変なことになりますよ!」


「ミュラー。いま娘勇者はどこにいる」

「……、……娘勇者とは?」

 ミュラーが言った。


「ちょっと、その娘勇者の様子を見てくる」

 私はそう言って歩き出す。

「魔王さま?」


 歩いている間にも、娘勇者のことが頭から抜けそうだった。


 娘勇者が崖から落ちたときでも、ここまでではなかった。

 村の女たちは忘れていたが、私は問題なかった。

 いまは必死につなぎとめなければ忘れてしまいそうだった。

 

 気配を探っても、娘勇者の気配は感じられない。

 つまり。

 命の危険が迫っているのではないか。


 たしか、家はこちらだった。


 村のはずれに近いところにある家に、女が四人で住んでいるところがある。

 そこにいるはず。



 戸が開いているのが見えた。

 走って中に入る。

 奥の部屋にふとんという寝具が敷いてあるのが見える。

 そこで娘勇者が眠っていた。


 顔が青白い。


 実体が見えていても、いまにも消えてしまいそうに見える。


「おい、おい!」

 娘勇者はうっすらと目を開けた。


「勇者、さま……」

「どうした」

「練習を、していたら……、体が……」


 私は娘勇者の額に手をあて、魔力の流れを探る。

 おかしな魔法がしかけられたりはしていない。

 単純に、体力がおとろえていた。


 回復魔法をかけてやると、みるみる顔色が良くなっていった。


「すみません」

 娘勇者はなにごともなかったかのように起き上がった。


「なにをしていた」

「存在感を、消す練習をしようと思って。もっと存在感がなくなれば、勇者さまの、力に、なれますよね?」


「それで、こうすると存在感がなくなるというのが、なんとなくわかって」

 娘勇者は、ふとんに座った状態でだらりと全身の力を抜いた。


 体から、なにか抜け出てきた。

 生命力とも魔力ともいえないようなものが、煙のように出て消えていくように見えた。


「こう、していたら、みんなが、私のことを見つけられなくなって……。これは成功だと思って……、そうしたら、体が」

 娘勇者の目がうつろになっていく。

「そこまでにしておけ」

 もう一度回復魔法をかけた。


「お前は体力を放出する技を、感覚的に覚えてしまったようだな」

「完全に、姿を消せました……?」

「死にかけていたぞ」

 私にもわからなくなりかけていたくらいだ。


「私が来なかったら、じきに死んでいただろう。無謀なことを」

「すみません」

「なぜそこまでする」


「私は、役に立たないので、できることがあるなら、がんばれるだけ、がんばりたいんです」

「それで死んでは逆効果だ」

「はい……」

「心配をかけるな」


「……勇者さまは、心配してくれるのですか?」

「女たちも心配するだろう」

「はい。でも」


「……みんなは、私のことを忘れてしまいます。それでもいいんですけど……、ちょっとさびしいです。でも」


「勇者さまは、私のことを忘れません」

「私は別だ」

「どう、別なのですか」

「そうだな。冒険者としての技量と、あとは、お前がいなくなると困るから、ということもあるか」

「それは、どういう……」


「言葉のとおりだ。お前がいなくなったら、私が生きている意味すらなくなるかもしれない」


 娘勇者はぽかんと聞いていた。


 それから、みるみる顔を赤くした。

 真っ赤になっている。


「どうした」

「いえ」

 娘勇者は下を向く。


「顔が赤い。別の症状が出ているのではないか」

 私が言うと、娘勇者は顔を隠すように手をあてた。


「なんでもありません」

「なんでもなくはないだろう」

「なんでもないんです」

 

 娘勇者はふとんをかぶってしまった。


 たしかに、娘勇者特有の、青い気配は強く出ている。

 普段よりもわかりやすいくらいだ。

 生命力は感じられる。


「まあ、お前が元気ならばそれで良いのだが」

 私が言うと、ふとんの中で、もぞもぞと娘勇者が動いた。


「それとみやげがある」

「なんですか!」

 娘勇者が顔を出した。


「お前に良いのではないかと」

 私はライトフィールドからもらった短剣を出した。


「きれいです」

「これをやろう」


 娘勇者は手をのばす。

「刀身には触るな。手が焼けるぞ」

「えっ」

 手を引っ込める。


「柄を持てば問題ない」


 持たせてやる。

「あ……。なんだか、元気になる気がします」

「そうだろう」


 そして刀身がわずかに光った。

「きれいです……」

「主がわかるのかもしれんな」

「え?」

「今度からそれを使え。体力も回復する効果がある」

「大事に使います!」

「そうしろ」


 娘勇者は両手でしっかりと持っていた。



「……、ちょうど、使うチャンスが来たかもしれんな」

「え?」


 気配を感じた。

 

 林を歩いてくるのがわかる。

 のっし、のっし、というペースだ。

 グレートグリズリーか?

 いや、もっと小さい。

 ひとつ格下の、ジャイアントグリズリーか。

 

 ほどよく動く相手への腕試しには、ちょうどいいかもしれない。


「次の課題は、力の調節だな」



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