12 平和的脅迫
部屋の中。
奥側には、村を焼きに来た男たち20人。
手間には、金髪の背が高い男と、背が低くて体が丸い男がいた。
「ライトフィールドに会いに来た」
20人は部屋の奥、金髪男と丸い男は手前にいる。
ミュラーに知らされたライトフィールドの顔は、金髪の男だ。
「知らない顔ですね。何者かな」
「……この男が、槍をつくった男です」
帽子の男がやっと言う。
殴られたのか、目のまわりにあざがあったり、口の端が切れたりしていた。
「あれを! そうですか! あれは素晴らしい! そなたが! そうですか!」
ライトフィールドの声がますます高くなる。
「ですが、どうやってここへ?」
ライトフィールドはわざとらしい笑顔で言った。
「魔族がどうして人間の街にいる」
私は無視して言う。
「魔族がこの街にいるわけがないだろうが。お前、頭がおかしいのか!」
ライトフィールドの横、低い声の男がすぐ言った。丸い体の男だ。
同調で聞いた声だった。
「ライトフィールド以外に用はない。出て行け」
私は横にずれ、出口をあけてやる。
「掃除屋。こいつを殺せ!」
低い声の男が言った。
帽子男の部下たちは戦闘態勢をとったが、帽子の男だけは逃げ腰だった。
「この男は、俺たちの勝てる相手では……」
それを聞いた部下たちは、どこか疑うような目で帽子男を見ていた。
そういえば、部下たちはきちんとした報告を受けていないのか。
すぐ私に眠らされたから私と帽子男の間になにがあったか、知らないのだろう。
「掃除ができない掃除屋か」
低い声の男が言うと、左手を前に出し、手のひらを帽子男に向けた。
「そんな! かんべんしてください!」
「死ね」
「っ……!!
帽子男と部下が引きつった顔で、覚悟したように目を閉じた。
しかし低い声の男の手からはなにも出なかった。
男はあわてたように、何度か動きをくり返すが、やはりなにも起こらない。
帽子男たちは目を開け、不思議そうに様子を見ていた。
「魔法が使えないのか? 大変だな」
私は言った。
低い声の男は、呆然と、私と自分の手を見比べていた。
「掃除屋さん」
ライトフィールドが言った。
「はい……?」
「次回、よろしく頼みますね。ではまた」
そう言ってライトフィールドは手のひらで出口を示す。
「ライトフィールド様、なにを」
「お帰りいただこう」
「……はあ……」
帽子男は、なんだかわからないという顔で返事をすると、本当に帰ってもいいのか? という顔をしながら何度かライトフィールドの表情をうかがいつつ、部屋から全員出ていった。
足音が充分遠ざかったのを確認して、ライトフィールドが口を開く。
「反魔法の陣ですか」
「よくわかったな」
「この男がそんなものを……? まさか」
低い声の男が息を飲んだ。
「なるほど、反魔法を使って外から結界に侵入したのですね」
ライトフィールドは笑顔を絶やさない。
「いったいそうまでして、わたくしにどんなお話があるのでしょうか」
「ひとつ。口減らしの村民を殺すのをやめさせろ」
「なるほど」
「もうひとつは、なぜ魔族が人間の街にいる」
ライトフィールドは笑顔を絶やさない。
「さっきもそんなことを言っていたが、いったいなにを言っている」
低い声の男が言う。
「お前。さっき帽子の男たちに対して魔法を使おうとしたとき、詠唱をしなかったな」
私は言った。
「人間は魔法を使うときに詠唱をしろと教わるようだ。だがお前は詠唱がなかった。反魔法によって発動こそしなかったがな」
村の女が言っていた。
人間の魔道士に魔法を教わったとき、詠唱することを基本としていると。
「くだらないことを。魔法というのは熟練してくれば、詠唱なしで使うようになるのだ!」
低い声の男が怒鳴る。
「そうか。では逆に、詠唱をしてみてもらえるか?」
「……なに?」
「熟練するまでは詠唱を使っていたのだろう? なら聞かせてくれ。お前の詠唱を。この場は反魔法の陣だ、魔法の暴発はない。安心してやってくれ。さあ。どんな魔法でもいいぞ」
「……」
「さあ!」
「……さ、最初から、え」
「まさかいまさら、最初から詠唱なしでやってきた、などと言うつもりではないだろうな」
「ぐ……」
低い声の男がうなる。
「ふふふ。これは分が悪いですね」
ライトフィールドが笑っている。
「そう、わたくしたちは魔族です」
ライトフィールドは言った。
「ライトフィールド様!」
「いいのです。最初から知っていたようですしね」
「さて、あなたはわたくしたちのことを、どの程度知っているのですか?」
「六英雄とかいうもののひとりなのだろう」
「ええ。魔王なきいま、この世界を統一しているのは六英雄です」
「その六英雄がなぜ人間の街に結界を張っている」
「考えてみればわかりますよ」
「魔族。それは人間という宿敵がいるからこそ、ひとつにまとまっているのです。ですが、人間の絶滅、という目的を果たしてしまったとき、なにが起こるでしょうか?」
「それは新たな混乱です」
「人間がいなくなってしまえば、魔族の中での争いが、必ず激化します。魔族同士の争いなど無意味」
「魔族の平和のためには、人間が必要なのです」
「ですから、わたくしたちはこうして人間の上に立ち、管理しているのです」
「ほう……。興味深い」
人間が必要、という考え方は盲点だった。
人間の存在が、魔族を平和にする。
なるほど。
敵は滅ぼしてはいけない。
おもしろいではないか。
「だが、口減らしの村をあえて襲わせる理由にはならんな。放っておけばいいだろう」
「そうはいきませんね。人間の繁殖力は魔族も超えます。女だけを放ったはずが、なぜか増えてしまう。そういうことがあるんですよ」
「人間は男女がいなければ増えんぞ」
「あなたがいるではないですか」
たしかに、状況だけ見れば、女しかいなかったところへ私という男が現れているわけだ。
私に交尾の意志があるかどうかは別として、事実、私は村を立て直そうとしているし、人間を繁殖させる機会が絶対にないとは言い切れないわけだ。
そう考えると人間とは不思議なものだ。
どこかで、なにかの力が加わり合って、なにがあっても絶滅しないのかもしれない、と思わされる。
ライトフィールドの考えすら、人間を生かそうという神の意志、とでも感じられてしまうではないか。
神など、こういった考えをするときにだけ現れる存在ではあるが。
「だが、あの村は残してくれないか。その代わり、お前の欲しいものは、できるかぎりつくってやろうじゃないか。それでどうだ」
「そうですねえ……」
「では、その石を細工できますか?」
「石?」
ライトフィールドが指したのは足元の石だった。
「その石は細工が難しいのです。それで石像を作ってもらいたいのですが」
「作ったことはないが」
「かんたんなものから発注を出します。その、後ろの部分の方が参考になるでしょう。ご覧になってください」
言われて私は振り返り、しゃがんだ。
そのとき。
私の体になにかが絡みついた。
キラキラと光る、極細の糸のようなものが無数に巻きついて、私の体を拘束していた。
しゃがんだところで動けなくなり、首から上だけしか動かせない。
なんとか振り向くと、糸はライトフィールドの服の袖口から束になって出ているようだった。
「魔法が使えないからといって、攻撃手段がないわけではないのですよ」
ライトフィールドは勝ち誇ったように笑っていた。
「あなたはずいぶん知りすぎているようです。ここで死んでもらうしかありませんね。グレム」
「はっ」
声の低い男が腰から剣を抜いた。
短剣だが、ただの短剣ではない。
「黒龍剣のたぐいか」
「おしいですけど、良い見立てですよ」
ライトフィールドは言った。
「かつて勇者が持っていた名刀の、折れた部分を加工したものです。ああ、そんな良い目を持っている者を殺してしまうなんてもったいない!」
ライトフィールドは自分の体を抱くようにした。
「反魔法のせいであなたも魔法が使えないでしょう? せめて苦しまぬよう、一撃で殺して差し上げなさい」
「はっ」
声の低い男はにやりと笑い、近づいてくる。
「いろいろな手段を用意しているのだな」
結界で囲っていたとしても、さらに反魔法が使われた場合への対処も持っているのか。
なかなか用心深い。
「ああ……、死に際に余裕を見せる人はすてきですよ」
ライトフィールドはうっとりと私を見ていた。
「これもなかなか良いものだ」
私は、私を拘束していた糸のようなものをちぎった。
『は!?』
近づきかけた男が止まり、ライトフィールドは目が点になる。
「この、真底虫の糸をあ、あ、あっさり切った? 一本でそのあたりの名剣と呼ばれるものを受け止めるこの糸を束を? 腕力だけで?」
ライトフィールドの顔からやっと笑みが消えた。
「おおおお!」
低い声の男は、私に突っ込んでくる。
短剣を突き出してきた。
頭が働かなくなった者の行動。
おおよそ、動かなくなるか、逃げるか、問題に向かっていってしまう。
おの男は向かうタイプらしい。
突き出された刀身をつかんでみる。
「お、なるほど」
短剣は、静かな輝きをたたえていただけに見えたが、手が触れるとジュウジュウと肉が焼けるときのような音がして、私の手が焼けただれていく。
「触っているだけでこれか」
男は剣から手を離し、ジャンプで後ずさった。
私は短剣の柄を持った。
すると今度は逆に、持った右手の傷が治っていく。
「おもしろい」
敵には苦痛を、持ち主には祝福を、といったところだろうか。
折れる前はどれほどの剣であったことだろう。
「ライトフィールド。剣も、糸も、なかなか良いものであるぞ」
「ちぎったくせに、なにを言ってるの……!」
「糸としては良いぞ。外の結界に比べれば、鉄と紙くらい強度に違いがあるが」
「あ、あなた、結界を腕力で破ったっていうの??」
私はちぎった糸のようなものを手に取った。
「この糸で布をつくったら、服でありながら鎧のような強度を持つかもしれんな。体の弱い者にはぴったりだ」
「結界を腕力で破れるわけ、ないでしょう……!」
ライトフィールドと低い声の男は、手をとりあってじりじりと後ずさりしていく。
そしてぱっと振り返って通路に出ようとしたので、私は早足で回り込む。
「ぎゃあ!」
「だから魔王からは逃げられんと言っているだろう」
「魔王……?」
「そうおびえるな。反魔法を使ったのは、落ち着いて話し合いをしようと思ったからやったのだ。争う意思は最初からない。落ち着け」
「魔王……? ??」
「この目を見ればわかるか?」
私は、ドランゴに見せたときのように、目に、魔王にしか浮かばないという模様を浮かび上がらせてやった。
「あ? …………ああー! ああー! 紋がー! 紋がー! あああー! あああああー!」
ライトフィールドは足をガクガクさせ、くずれおちるように床に座った。
「ライトフィールド様! いかがなされました!」
「魔王、魔王さま……、いた……、魔王さま……、いた……、殺される……、殺される……」
ガクガク、ガクガク。
「話を聞かぬやつだな。争う気はないと言ったであろう」
「あわわわ、あわわ、あわ? ……争う気がない?」
「そうだ。村を襲わぬようにしてくれれば良い」
「そ、そんなことでよろしいのですか? いえ、そんなことをおっしゃってから、わたくしを安心させたところで、生きたまま手足をちぎって食べたあと、脳をすすってお召し上がりになるおつもりでしょう……?」
「なんだそれは」
誰の趣味だ。
「お前の、あえて人間を生かすという考えはおもしろいぞ。殺すなどもったいない」
「そ、そうですか!」
「うむ。私はそういった政治はあまり好まぬし、引き続きうまくやってくれ。それと、さっき言ったことをやってくれるか」
「さっき、とは、なんでしょうしょうしょう」
「さっきの糸で服を作ってくれ。ないか。子ども用にな。それと、この剣、大きさがちょうどいいのだが、もらっても良いか?」
「ど、どうぞどうぞ!」
「うむ。では帰るとする」
「最後にな、ライトフィールド」
「な、なんでございましょうか」
「今度村を襲わせるようなことがあれば、命はないものと思え」
「そんなこといたしません!」
「お前……」
「私におびえている演技をしているな?」
「は? い、いいえそんなことは」
「お前はしたたかだ。でなければ人間をうまくいかし、ここで甘い汁をすするようなことはそうそうできん。いまも、私にうまく取り入って、この場を収めようとしておるな」
「そんな」
「責めているのではない。それでいいと言っている。引き続き、魔族のために力を尽くしてくれ」
「六英雄というのがよくわからぬが、スキがあればいつでも上の者を殺してその立場を奪う。それくらいの方がおもしろい」
「……は、ははー!」
大げさに頭を下げる。
「村のじゃまをしたら殺す、ということだけは覚えておけ」
「かしこまりました!」
「ではな」
私は異空間を開いて、村の近くにもどった。
結界の中にいて、質がだいたいわかったから、異空間も使えるようになった。
私は手の中の短剣を見る。
娘勇者への、いいみやげができた。