11 同調で盗聴
「口減らしの村民は、始末できなかったそうですね」
「もうしわけありません。じゃまが入りまして」
村を襲った、帽子男が言った。
話が行われているのは、人間の街だ。
その会話を、ミュラーの使った同調魔法で、私は村の横の、林の中で聞いていた。
ミュラーの口から、帽子男が聞いているはずの音が聞こえてくる。
同調は、仕掛けた相手感覚を同調し、自分が体感しているかのようにする魔法だった。
今回は、村を襲った帽子男の聴覚に使用している。
音は視覚などに比べて情報が少ないので、共有がしやすいのだ。
この魔法は、本人の魔力で情報を送信させるので、あくまで帽子男が自分で感覚をミュラーに送信している、という形になる。
村から逃げるようにして帰った帽子男たちは、山を降り、草原に出てから魔法を使って素早さを上げ、走って街へと向かっていた。
街に入り口には厳重な手続きがあって、姿かたちを偽る魔法への対策などもされていた。
壁の内側に入ると、街に入った帽子男たちは、人の少ない道を選んで通っていたようだ。
にぎわう声が離れたところから聞こえていた。
帽子男たちの仕事は人殺し、と一般人にすら認知されているのかもしれない。
帽子男たちはしばらく歩いて、どこかの建物に入った。
「掃除屋です」
「入れ」
掃除屋という部隊名なのか。
帽子男たちは部屋に通された。
音の響きからして、石造りの部屋だろうか。
20人全員が入っても、まだゆとりがありそうな気がする。
掃除屋は、村を焼き尽くすという任務の失敗を説明したあと、部屋には掃除屋たちだけになった。
男たちはじっと黙って待っていた。
やがてドアの開く音がすると、帽子男たちは立ち上がった。
「座りなさい」
高い声の男。
それに続いてもうひとり、入ってきたようだ。
報告会、といったところか。
「口減らしの村民は、始末できなかったそうですね」
耳障りなほどの、甲高い声だ。
高いだけでなく、なにか気に障る。
「もうしわけありません。じゃまが入りまして」
帽子男が言う。
「貴様らの仕事はなんだ!」
低い声の男が言う。
「よい」
甲高い声の男が、制する。
「掃除屋。我はお主を買っているぞ。村ひとつ、焼けぬお前たちではないだろう?」
「す、すみませんでした」
「なにが問題でもありましたか?」
「はい……! 自分たちは、口減らしの村を魔法陣で囲い、炎で燃やしつくすつもりでいました。ですがその直前、林の中から男が現れました」
「男?」
「はい。ライトフィールド様がお認めになった、あの槍を作った男らしいです」
「ああ!」
甲高い声がさらに高くなる。
「あの槍は美しい……。薄汚いイッカクのツノとは思えません……。それで、その男は捕まえて来たのですか!」
「その男にじゃまをされました」
「魔物がうろつく外を、たったひとりで歩ける力量は持っている、と聞いてはおりました。仲間はいたのですか?」
「いえ、ひとりです」
「だったら」
「それが……。放った炎魔法は一瞬にして消され、おそろしい早さで自分を組み敷くのと同時に他の者はすべて魔法で眠らされました」
「ほう!」
「それでおめおめと帰ってきたというわけか」
低い声の男が言う。
「うっ」
帽子男の声のうめき声。
なにか投げつけられたようだ。
「掃除ができん掃除屋になんの価値がある! このゴミが!」
「もうしわけありません! もうしわけありません!」
帽子男が殴られ、蹴られ、とされているようだ。
「それくらいにしきなさい。報告が聞けませんよ」
「はい」
静かになった。
「ところで、炎というのは、どのように消えましたか?」
「答えろ!」
「……はい、……。……炎が、生まれてすぐ、例の男が炎の中に入っていったかと思ったら、すぐに消え、魔法陣も消滅しました……」
「ほう……?」
「仕掛けてあった守備用の魔法陣を発動したのでしょう」
別の声が言う。
「炎が消えたということは、水魔法か、氷魔法か?」
「いえ、そういう消え方ではなく、……、消滅しました……」
「魔法が消滅などするか!」
「消滅ですか」
さっきまで甲高かった声が低くなった。
「消滅……」
「ライトフィールド様、なにか?」
「掃除屋の体を調べなさい」
「は?」
「なにか仕掛けられていないか、くまなく調べなさい!」
私はミュラーの背中に触った。
ミュラーは即座に同調魔法を解除した。
「同調魔法を見破られたな」
私が言うと、ミュラーも同意した。
「おそらくは」
「あの様子では、反魔法のことも理解していたかもしれん」
「? どうした、ミュラー」
ミュラーの様子がおかしい。
「ライトフィールド、という名前が聞こえましたか?」
「ああ。あの甲高い声の男が、そんな名前で呼ばれていた」
「ドランゴ様が初めて来たとき、魔王さまに、六英雄というものを説明したのは覚えていらっしゃいますか」
「ああ。まったく名前は覚えていないが」
右から左だった。
「そのうちのひとりに、ライトフィールド様という方がいます」
「なに?」
「ライトフィールド様ならば当然、反魔法にも、同調魔法にも理解があります」
「人間と、魔族の六英雄とやらが組んでいる、ということか?」
「もちろん、名前が同じだけ、ということもあります。が、声や、話し方も似ておりました」
「……ミュラー、そのライトフィールド、見ればわかるか?」
「それはもちろん。ですが、村はあけられません」
ミュラーが見に行くということは、私と一緒にということだ。するとこの村を守るのはドランゴだけになる。
六英雄と人間が組んでいるとなると、ドランゴだけ残すのはあまり意味をなさない可能性がある。
「顔はいま示せるか」
「魔王さまの頭の中にならば」
「やれ」
一瞬、同調と使うと、すぐに顔が浮かんだ。
目の細い、金髪の男だった。
「なぜ人型なのだ」
「ライトフィールド様は、もともと魔族、亜人と幅広い相手から魔法を好んでらっしゃるようで、それに都合のいい魔法があったようです」
「そうか。では行ってくる」
「これからですか」
「魔族と人間が組んでいるとなったら、ほうってはおけんだろう。いや」
私は苦笑した。
「それは私も同じか」
勇者を最も良い状態に持っていき、倒す。
そのためとはいえ、私も女たちに利益をもたらし、魔物を殺し、ドランゴを従えている。
気配を探る。
いま、人間の街の外には誰もいない。
「留守を頼む。ではな」
異空間をつくり、人間の街の近くへと移動した。
高い壁の前についた。
目の前にいると、余計に高く見える。
魔王城の頂点と同じくらいの高さがあるのではないだろうか。
相変わらず、壁の中の気配はつかめない。
これを人間だけがつくったのではなく、魔族もからんでいるとしたら納得だ。
私は、壁の上にジャンプした。
壁に立ち、中をのぞくと人間たちの家々が見えた。
街、というより、ごく小さい国があると言ったほうが正しいか。
まさに王都だ。
ここは、家がある区画と、田畑がある区画の中間らしい。
区画を分ける、外壁よりは低い、内壁の仕切りがあった。
王都の中央には、城と思われる建物も見える。
城を中心に、いくつかに区画が分割されているのだろう。
壁の入り口の方を見ると、そこから広がる街が見える。
私は、帽子男の歩くペース、周囲の音の変化を思い出し、計算した。
帽子男たちが入った場所は城ではない。
すこし方向の外れた場所にある、あの無骨な建物だろう。
体を壁の中へ寄せてみる。
すると見えない壁があった。
結界だ。
手をあてる。
魔法陣の形が見えないよう、表面処理までほどこされていた。
系統、術式がわからない。
ミュラーがいれば解析することもできただろうが。
魔法を使えば結界は敏感に反応する。
私は、指先に力を入れ、右手を壁にねじこもうと力を入れる。
だがなかなか入らない。
当然だ。
結界は、力で破れないからこそ意味がある。
ブラックホークだろうとドラゴンだろうと、物理的接触では破れないだろう。
「く……!」
腕の筋肉がふくらむ。
指先に、わずかな亀裂ができた。
いかに優れた結界といえども、物体を受け止められるほどの強度を持ったものは、物理的な制約を受ける。
そこに常識を超えた力を込めれば……。
そこに左手もねじこみ、左右に開き、無理やり穴を広げる。
「く……!」
肩幅まで開く。
時空の間をこじ開けたときのことを思い出す。
あれで、異空間という技を手に入れた。
それに比べれば、大した負担ではない。
手を離し、結界が閉じるほんの一瞬の間に、私は結界の中へと体を入れた。
私の体は家々の上に浮かんでいた。
成功だ。
私はすぐ降り、家の裏手に隠れる。
魔力では探知されていないはず。
見つかるとすれば目視だ。
しばらく待ったが、誰かがやってくる様子はない。
私は家の裏から裏へと、素早く移動した。
人間の目にはとまらない速さだ。
あの建物を目指す。
人間たちに気づかれる気がしない。
街の人間たちは、そとに暮らす者たちとは違い、平和が当然の生活をしているようだ。
すぐに建物に到着した。
私は反魔法の詠唱を始める。
これくらいの魔法から詠唱をしてもらいたいものだ。
発動する。
そして裏口へ。
「なんだお前は」
という門番の背後にまわって、首筋に手刀を入れ、眠らせる。
中に入って。
石造りの頑丈そうな建物だ。
帽子男が歩いていた音からすると、このあたりの部屋だろうか。
そう思ったら部屋が騒がしい。
ドアを開けた。
「ここか」
広い部屋の中には、帽子男、その仲間。
そしてさっきミュラーに見せてもらった、六英雄のひとり、ライトフィールドがいた。
「話の最中、じゃまするぞ」