10 人間の敵は人間
娘勇者は、新しい技を覚えてから家に入ると、それから昼を過ぎても家から出てこなかった。
様子を見に行った者によると、よく眠っているという。
「なにかあったのですか?」
オムスビ担当女は言った。
「昨夜ちょっとな。夜明けまでで一緒にやっていて、疲れたようだ」
「夜明けまで一緒にやっていた……? ……まさか!」
「い、いけませんよ勇者さま! あの子はまだ10歳です!」
オムスビ担当女は焦ったように言う。
「10歳だといかんのか?」
「それは、まだ体もできていませんし、勇者さまがそういう目で見ていたとしても、それは、大人としてやめてあげませんと」
「しかし本人の希望だ」
「まあ! でも、本人の希望であっても、それは大人が止めるのが役割です!」
「しかし、村を守りたいという気持ちは大切だろう」
「でもそんな、10歳なんてまだ子どもですよ! 子どもがそんな、勇者さまがそういう、年が非常に若い女の子しか相手にできないご趣味であるとしても、わたしが人肌脱ぎます! 大人の女の良さというのを教えてあげます!」
オムスビ担当女は服を脱ごうとしている。
「お前は魔物を倒すことに興味があるのか?」
「……え?」
「あの娘が、魔物を倒す修行がしたいと言われて協力したのだが」
「……!! あら、あららら、あらあらあらわたしったら、あらあら」
オムスビ担当女はあらあら言いながらどこかへ行ってしまった。
結局なんの話だったのか。
いまいち話が見えない。
目的がわからないといえば。
気配を感じていた。
山の中に、人間が入っている。
人数は20人ほどだろうか。
いまも動いて、村の方へと迫ってくる。
「ミュラー」
「はい」
どこからともなく猫の姿で現れた。
「山の中に人間が入ってきた。20人ほどだ」
「追加の口減らしでしょうか」
「なるほどな。そういうこともあるか」
私がここに滞在しているというのは、警備隊から伝わったと考えられる。
それが、この村なら人間が生き延びられる、といった話になっているかもしれない。
人間を捨てるにしても、心情的にやりやすいのだろう。
「では食料を増やす計画をしなければならんな。なにを用意すれば、物とかえてくれるのだろうな」
また槍、というわけにもいかないだろう。
グレートグリズリーの毛皮、いや爪を使ってなにか考えられないだろうか。
などと考えていると、山を歩いている人間は、まっすぐ村へ向かってくるわけではなく、道をそれた。
ここに来るわけではなかったのだろうか。
と思ったが、半分ほどが村の北側、もう半分が南側へ移動していた。
「なにをしているのだ」
この村をはさむように、10人ずつくらいがいる。
ひそんでいる、ということだろうか。
ミュラーにも状況を説明してやった。
「魔物狩りでもしているのでしょうか」
「このあたりには、いまはいないのだがな……」
「よし、教えてきてやるか」
「魔王さまがそこまでなさることは……」
「いや、いいのだ。今日は気分が良い」
勇者が私をおびやかすのも、遠くないかもしれないのだ。
私は林に入った。
見られていないことを確認し、異空間で人間たちのところへ。
南側へ行ってみた。
私に背を向け、なにか話をしているのは9人だ。
この前の警備隊よりも質素というか、安そうな装備を身に着けている。
魔法使いが2人、と思われる。
北側も2人いるとすれば、魔法のバランスとしては変わらない。
ひとり、人間が走ってやってきた。
「北側、用意できました」
帽子をかぶった男のところへの報告だった。
つやのある素材でできた妙な帽子だ。
「よし。仕上げに入れ」
魔法使いが詠唱を始めた。
人間は本当に詠唱が好きだな。
と思っていると、同様の魔法が南側でも展開されているようだった。
村が大きく、円形の魔法陣で囲われた。
まだ続いている。
よほど大きな魔法でも使うのだろうか。
「あとは、例の男を探すか……」
「なにをしている?」
私が言うと、帽子をかぶった男は小さく飛び上がってこちらを向いた。
「だ、誰だ!」
魔法使い以外の男たちが剣を抜く。
「私は冒険者だ。この村で世話になっている」
「……お前は、槍を作るという、例の男か?」
帽子男は言った。
「イッカクのツノのことを言っているのか?」
「そうだ」
「ならば私だ」
「都合がいい。お前、王都に来るか?」
「王都へ?」
「お前を見かけたら、王都に誘えという話を受けている」
「なるほど」
残された人間の街がどうなっているか、中を見ておくのも悪くはない。
だが。
「お前たちはなにをしている。魔法陣を展開しているようだが」
「聞かないほうがいいだろう」
「なんだと?」
「やれ」
魔法陣が発動する。
これは!
地面から大量の炎が上がった。
やってくれる!
私は炎の中へ突っこんだ。
「おい!」
帽子の男の声を置き去りにして、私は村に入り。
魔法で水を生み出そうと思ったが、大量の水はいろいろと害があると思い直す。
仕方ない。
私は手刀で手首を切って血をふりまき、簡易反魔法を使った。
一切の光を遮断する黒が広がり、炎と魔法陣を消滅する。
「ミュラー」
「はっ」
ミュラーが即座に治療魔法を村に放つ。
これで女たちにケガがあったとしても治ったはずだ。
私の手首も元通りになった。
私は地面をけって元の林の中へもどる。
帽子の男は駆け出そうとしていたが、止まっているような動きだった。
男の首をつかんで、地面に押しつけた。
「く、はっ……」
帽子の男が目を見開いて私を見ていた。
「くっ……、貴様、何者だ……」
帽子男が言う。
「なぜ村の者を殺す?」
「……やれ!」
その帽子男の号令によって動く者はいない。
「お前の仲間はすでに眠っている。目的はなんだ。なぜ炎を放った?」
「……、口減らしどもの処分だ……」
「続けろ」
「口減らしを生かしておけば、いずれ魔物に感知される。さらに女が生き続けているとなれば、強い魔物が近づいてきやすくなるだろう。強い魔物を引き寄せるのは……、人類にとっての害だ」
「もともとは、お前たちがやったことだろう」
「口減らしがこんなに生きたことはない……。もし、六英雄でもが来てしまったらどうする!」
もう来ているが。
「村の者は人間ではない、ということか」
「人類のためだ」
「それは人間の発想ではないぞ」
「……?」
帽子男は私を見た。
「魔族の発想だ」
私は帽子男の首をつかんでいる手の力を強めた。
「く……、はっ……」
もう少し力を入れれば首が折れるだろう。
私はミュラーに目で合図をした。
走ってやってきたミュラーは男の首元に魔法を刻み、離れていった。
私は手を開いた。
帽子男は急いで離れ、木の下で激しく咳き込む。
「殺す側は、殺されることも考えなければならない。だがお前たちは、どうも殺されることへの注意が足りないようだな」
帽子男は背中に手をまわす。
そこからナイフを投げた。
私が手を振ると、風圧でナイフが軌道を変え、近くの木に刺さった。
それは囮だった。
背後から拘束魔法が迫ってくる。
もちろんレベルが違いすぎて私にはかからない。
男は驚きに目を見開いた。
「そうおびえるな。この先も食料を分けてもらいにいくこともあるかもしれない。そのときは、こちらで対価を用意するから、それに見合った分だけわたしてくれればいい。強奪などせんから安心しろ」
私は眠り魔法を消した。
男たちが目を覚ます。
「帰っていいぞ」
「て、て、撤退!」
男たちは走って逃げていく。
魔法で連絡をとったのか、北側の男たちも合流し、去っていった。
猫ミュラーがするりとやってきた。
「同調魔法をかけました」
「うむ」
どうせ殺しても、また似たようなやつらが来るだけだ。
だったら情報を収集させてもらおう。
帽子男の首から頭の内部にかけて、聴覚を同調させる魔法陣を埋め込んだ。
埋めこまれた人間の魔力を養分に魔法が発動し続けるので、人間の街が結界で守られていたとしても、排除されることはないだろう。
同調魔法の魔力自体は、ごく微量だ。
「また他の人間がやってくるでしょうか」
「気軽にやってくるものはいなくなるだろう。ミュラー、私が反魔法を使うところは見えたか?」
「いえ、炎で隠れていました。魔法は感じ取れましたが、彼らの力量では気づいていないでしょう。この時代、そもそも、反魔法を知らぬ者がほとんどです。防御系の、結界などを魔王さまが仕掛けていて、それを発動した、と考えたのではないでしょうか」
「そうか」
ならば、まだ私を人間と考えてくれるかもしれん。
「水ではなく、反魔法を使うあたり、女たちへの配慮を感じられました」
「うむ」
ミュラーも、村人を守ったことに抵抗はないようだ。
人間の料理のうまさを知ってしまったからな。
「よしミュラー。音を聞く用意をしろ」