表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/31

01 プロローグ ~魔王の帰還

よろしくおねがいします!



 完全な闇の中。


 私は死角からの攻撃をかわし、自分の複製の首をはねた。

 それはすぐに異空間に消えて見えなくなる。


 敵が消えれば、光も音もない。

 右も左も上下もない。

 それが魔王たる私のつくった異空間だ。 


 世界の形を変えずに全力が出せる場。

 好きなように自分を鍛えられる。




 殺し、殺され、という歴史を積み上げてきた魔王と勇者の歴史。

 これを、勇者を殺し続ける歴史に変える。

 それが先代の魔王と約束した私がすべきことだった。


 極限まで鍛え上げ、勇者を滅する。


 とはいえ、いろいろな修行を試したが、もう似た鍛錬しか思いつかない。

 

 ミュラーの意見でもきくか。

 私は異空間を収束させた。



 厚い雲におおわれ、常に落雷と突風がやまない魔王城上空に出た。


 竜巻に包まれ、風、というものを思い出した。

 落雷に打たれ、体がほぐれた。


 異空間では、どうも時間の感覚というものが持てなくなる。

 私はどれくらいの期間、修行をしていたのだろう。

 ずいぶん長く修行をしていたような気がする。


 落雷が気持ちよくて、少しうとうとしてきたときだ。


「ま、ま、ま、魔王さま!!」


 魔王城の塔から、パタパタとコウモリが飛んできた。


「ミュラーか」


 ミュラーは私の側近であり秘書であり、といった存在だ。


「お久しぶりです! 魔王さま! ああ魔王さま!」

「ミュラー、勇者はどこまで来ている。そろそろか?」

「魔王さま、いままでどちらにいらしたのですか!」

 耳元でミュラーがバタバタと羽ばたく。


「やかましいぞ」

「もうしわけありません、ですが」

「異空間で修行をすると言ってあっただろう」

「まさかずっと修行をされていたわけではないでしょう?」

「ずっとやっていた」

「まさか!」


「その口の利き方はなんだ」

「も、もうしわけありません、ですが、お食事や、睡眠などは……」

「食事も睡眠はとっておらん」


「そうおっしゃいましても、なにもめしあがらないと、体力が保ちませんし……」

「それがな、ミュラーよ。無と思われた闇の中にも、力の源があるようなのだ」

「なにを……?」


「植物は、光や水で、生きるための活力を作り出すという。それと同等のものが、闇にもあるのだ」

「闇に、ですか」

「そうだ。ダークエネルギーとでも言おうか」


 空気も、細かく分類してくと、いろいろなものに分かれるらしい。

 それと同様、闇の中にもあった。

 闇の中の空気、という意味ではない。

 闇にあるのだ。


「闇には、わずかずつではあるが、力の源がひそんでいた。私は闇の中からダークエネルギーを選び取り、取り入れれば食事はいらぬと気づいたのだ。睡眠は取らずとも耐えられることは知っておるだろう」


 事実、私は食べず、眠らず、しかし元気だ。


「しかし……!」

「しかししかしと、なんだ!」


 ミュラーの歯切れが悪い。


「その……、魔王さま」

「だからなんだ!」

「でしたら、わたくしに、異空間に入るとおっしゃってから、一度も、お出にならなかったのですね?」

「いいかげんにしろ!」

「だとしますと……」



「魔王さまは、500年間、異空間で修行をしていたことになります……」



「……なんだと?」


「このミュラー、魔王さまをお見送りし、魔王さまの魔力を最後に感知したのは、500年前にございます……」


「500年……」


 500年、食事もせず、眠らず、ただただ鍛え続けていたというのか。

 我ながら信じられん。


 しかしミュラーが冗談を言うとは思えない。


「500年も姿を消していれば、死んだと思われてしまうではないか」

「はい、魔族の中でもそういう話が出ました。ですからわたくし、心配で心配で」


「世界の状況も大きく変わりました」


 ミュラーに言われて、はっとした。

「人間との戦いはどうした」

 魔王城を見る。


 城には傷も、異常も見られないが。


「魔王軍は人間を圧倒しております。もはや人類は、五大陸のうち最小、オーセド大陸の一部にしか生息しておりません。残りの人類は、もう1万人もいないでしょう」

「そんなにか……」


 あの、つぶしてもつぶしても現れる人類がそこまで数を減らしたとは。


「勇者はどうなった。子孫はどういう戦力を持っている」


 さすがに500年も人間は生きないだろうが、子孫はいるはずだ。

 その1万人の中で、力を蓄えているにちがいない。


「魔王軍の進軍を止めようとした勇者の子孫たちは、力を合わせて戦っていましたが……、全滅しました……」


「全滅? バカな! 先代の魔王を倒したやつらの直系が、すべて死んだというのか!」

「はい……」


 勇者が、もういないだと……?


 人間もほぼ全滅……。



 衝撃の言葉が、私の中にかんたんに入ってくる。

 これは事実だと訴えかけてくる。

 ミュラーが嘘をつかない、ということ以上の確信があった。


 なぜだ……?


 私はあることに気づき、目を閉じた。


 そして全世界に意識を向け、集中を深める。


 じわり、と気配が浮き上がる。


 すると、世界中の気配が浮かび上がってくるように感じられた。


 無の、異空間に長くいたせいだろうか。

 生命の気配が感じ取れる。


 世界の形が球体で浮かび上がり、見下ろしているかのように、どのあたり、どのようなタイプの生物が、どのくらいいるのかというのがおおよそわかる。

 わかってしまう。


 これはいったい。


 すぐ近くにある魔王城の中など、手に取るようにわかる。


「魔王城の玉座にいるのは誰だ」

「は? あ、いえ魔王代理を執行してらっしゃる、グレゴリーさまです」

「誰だ。知らんな。玉座に座っているようだが、そんな許可を与えた覚えはない」

「おわかりになるのですか」


「玉座の間に幹部クラスがあと二体。魔王城の兵の数が増えているな。そして……、わかる、わかるぞ。たしかにオーセドには人間がいる。オーセドにしかいない」


「そんなことまでおわかりに……」


「ん?」

 私はより、意識を集中させた。


「オーセド大陸の西の端。人が集まっているところと、そうでない、ごく少数だけがいる場所があるな」


「残された人間は集まり、城壁を強化し、魔王軍と戦っています」


「人数が少ないのはなんだ」

「それは……、おそらくですが、口減らし、ではないでしょうか」



「口減らしというのは、経済的な理由などで、養えなくなった人間を外に出すことをいうようです。実際は、貧しい家が裕福な家や街へと働きに出すことなどを指す言葉であるようですが、今回の場合、直接的な意味です。城壁の中の、養いきれない人間を外に出しているそうです」


「出された人間はどうなる」

「自力で魔物を狩るか、畑を作り、生きのびるか、といったところでしょう」


「死ぬな」

「おそらく」


 当然だ。

 外で自由に生きていけるなら、人間は数を減らさず領土を広げているはず。

 つまり自分たちの利益のために同胞を殺し、生きのびようとしている。


「……どうも、私の知っている人間とちがうようだな」


 私は、人間をとてもちっぽけな存在だと思っていた。

 だが同時に、評価もしていた。

 団結し、個々の利益ではなく全体の利益を追う。

 それが人間の強さだった。

 先代の魔王もそうした部分に敗れたという。

 そしてそういう、人間固有の部分は、ある意味では尊敬に似た感情を持っていたという。


 だがこれはなんだ。


「人間は、つまらなくなったな」

「ご指摘のとおりでございます」

「なぜ生かしている」

「非常に強固な結界が張り巡らされております」


「そうか……。では、私が行こう」

「魔王さまが」


 勇者はいない。

 ならばもうやることはない。

 最後の人間たちを殺して気が晴れるといいのだが。


「人類対魔族の時代は終わりとしよう」


 500年を無駄にしたのはかまわない。

 だが、これからやるべきことをなくしてしまった。


 魔族に染まった世界。

 おもしろくもない。


 いっそ、世界を終わらせてみるか?


 魔王対、それ以外。

 それもおもしろいかもしれんな。


 とそのときだった。


 残された人間の気配の中に、異物を感じた。

 

 私は意識の集中を強くする。


 オーセド大陸。

 人間の集団の外。


 口減らし、たちが住んでいると思われる場所。

 30ほどの気配が集まるうちのひとつだ。


 その中に、異なる気配がひとつある。


 色に例えれば青。

 人間というより光。

 これは。


 もちろん、私の知っている勇者のものと比べると、太陽と石ころほどに光の量が違う。

 だが似ている。

 非常に近い性質を感じる。


「ミュラー」

「はい」

「もし勇者が絶滅していないとしたらどうする」

「まさか」


「人間の集団の外に、勇者の気配を感じる」

「そんなことが……。ありえません」

「行って確かめてくる」


「お待ち下さい。わたくしめがお連れします」


 ミュラーは巨大化した。

 コウモリの姿がみるみる大きくなった。


「不要だ」

「しかし」


 私は異空間の口を開いた。


「ミュラーよ。異空間は訓練場だけではないのだ。見せてやろう」


 私はコウモリにもどったミュラーを肩にのせ、異空間に入った。


 完全なる闇の空間。




 すぐ異空間を出る。


「これは!」


 外は、オーセド大陸上空だった。


「なにが起きたのですか……!」

 

 ぎこちなく羽ばたくミュラーは目を疑うように、あちこちを見回していた。


 異空間は、空間と空間をつなぐものとしても有効だ。

 たとえるならば。

 地図を折り曲げると、それまでまったく別々の離れていた場所が、裏と表になる。

 すると見かけ上の距離はない。

 だから一瞬にして離れたところへ行ける。


 異空間の使い方について、私はそのように理解していた。

 

 そういえば、異空間内での修行中はこういった使い方はできなかったが、素早く使えば戦いに応用できる。

 どう使うかも楽しみだ。


 さて。


 下のほうで、青い光を感じる。

 勇者。


 体がうずく。


 すぐにでも滅ぼしたいものだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ