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ありふれた破壊と再生の物語

作者: 石化

 これから僕の話をしよう。ひどくみじめな話を。



 あれはある日の夕方だったか。僕はいつものように図書館への道を駆けていた。ひどく辛かった。死にたかった。今ならそんな風にその時の気持ちを形容できるかもしれない。でもその時は混乱の極みにあった。何があったのかって? 話さねばならないかい。寂しいよ。悲しいよ。まあ、ここまで語っておいて今更逃げることもできまい。話そう。

 その少し前、僕は玉砕した。もうわかるだろ。ひどくありふれたどこにでもある話さ。でも、そのあと僕は気づいた。今まで世界のすべてだったものが極小にして微小、最弱にし蚊以下の存在となりはてているのを。恋にならすべてをかけられる?馬鹿も休み休み言え。そんなわけないだろう。でも、僕はその時までそんなバカの一人でいたつもりだった。あいつのためなら死んでもいいとさえ思っていた。でもそんなのはただの幻想に過ぎなかった。僕は自分が決して少年漫画—いや、この際恋愛小説でもいいーその主人公になれないことに気づいたのだ。かっこよかったんだ。なりたかったんだ。でもそれは、一つの行動で終わりを迎えるような脆いダイヤモンドーこんなものに譬えるのもおこがましい、炭素棒のようなものでしかなかった。

 悲しみは何も生まない。立ち上がれといった文句。これは誰が言ったのだろう。毎日のように生産されるお涙頂戴もののおとぎ話の中の一つであることは間違いない。認めよう。あれは幻想に過ぎない。僕はただ砂漠に埋まって上から水が落ちてくるのを待っているような凡愚で愚鈍で鈍感な奴だ。そのことを悟った。死にたかった。泣きさけびたかった。だけど、僕に残された最後の矜持がそれを許さなかった。かっこ悪いところは誰にも見せちゃいけないんだろう。僕は何でもないように後じさり、逃げるように立ち去った。もう何もかも嫌だ。執着などない。どこへ向かうんだ僕の足は。

「図書館へ。」

 大地が答えた。

「図書館へ。」

 アスファルトが答えた。

「図書館へ。」

 靴が答えた。

 だから僕は図書館に向かった。知恵の宝庫であるここなら何か見つけられるんじゃないか。

「何もないよ。」

 看板が答えた。

「何もないよ。」本棚が答えた。

「何もない。」

 本が答えた。

「ここに何が残っていると思うの。」

 文が尋ねた。そこは廃墟だった。僕はそう感じた。心躍らせる物語も、誰かを好きになれる小説も、何言ってるんだかわからない評論もすべて僕にとって何物でもなかった。

「僕はどうすればいいんだ。」

 本に問いかける。

「そんなこともわからないの。」

 本は答える。

「もっと傷つけばいいんだよ。そしたら忘れられるよ。」

 はは。なんだ、簡単なことじゃないか。笑みがこぼれた。傷ついたなら、さらに傷つけばいい。古傷は新しい傷に上書きされるだろう。

 そうして僕は深い檻の中へ沈んでいった。誰の言葉も届かなかった。僕は動こうともしなかった。どうすればいいのかなんて誰も知っているはずがない。

「もうやめようよ、こんなこと。」

 誰かが言う。

「それが君の復讐なの。」

 誰かが叫ぶ。

「それなら私・。」

 誰かが黙る。

 俺は目を開きそこに誰もいないことを認める。当たり前だ。俺は自分の殻に籠ったのだ。誰が俺なんて気にかけるだろうか。一筋の涙が頬を伝う。なんで俺は泣いているんだ。

「吐き出しゃいいんだよ。そうすりゃ楽になる。」

 誰かが低く言う。

「てめえの不幸なんてたかがしれてるんだよ。」

 誰かが皮肉げに言う。

「馬鹿にするな。」

 そう言って目を開くとそこには誰もいない。僕は気が狂ったのか。それでもいい。こんな場所にいたくない。ここから逃れられるならいっそ。


「物騒なこと考えんじゃないわよ。」

 誰かが荒い言葉を投げかけてくる。

「あんたのために言ってるんじゃないからね。」

「ツンデレかよ。」

 そういいつつ目を開ける。

 誰もいない。僕には何かが足りない。何が。属性力が足りない。魔力が足りない。

 ステータスが足りない。勇気が足りない。意志が足りない。

「違うだろ。お前に必要なのは過去と向き合う力だろ。」

 誰かが勝手なことを言う。

「いや、未来を向く力だ。」

「いや、生きる力だ。」

 誰かたちは好き勝手に言い合う。

「違う。」

「何が違うって?」

 僕の言葉にそいつらが反応する。

「僕に必要なのは今立ち上がることだ。」

 そうだよ。何いつまでもぐずぐずしてんだよ。今行かなくてどうするんだよ。お前にできることなんてほとんどないけどな。自分の足で立つことくらいできんだろ。自らの内なる乱暴だがどこか優しい声に導かれて僕は立つ。そうだ。希望とか目標とか。そんなたいそうなものはなくていい。僕には足がある。一人で立って歩ける足がある。自分がいかにどうしようもないやつで救いようのないバカだって、自分の足で生きている限り人は死なない。絶望から還れる。


「死ぬんじゃないよ、このバカ。」

 誰かにそう諭されて、僕は立ち上がり目を開ける。屋上からは綺麗な空と虫みたいな人が見えた。こんな時に言う言葉は一つだろう。

「ふっははぁー、人がゴミのようだ。」

「開口一番それ?」

「引くわー。」

 僕の周りにはたくさんの人が集まっていた。老若男女が。全員僕を見ていた。

 僕は足を一歩踏み出した。まぎれもない、未来に向けて。


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