ヨルムン、膝をつく
目を開けるとそこは一面が紅だった。
いや、冗談とかそんな問題ではなく本当に紅いんじゃよな。
「一体何が起こったんじゃ?」
紅い雫を体のいたるところから零しながら立ち上がり。周りを見渡すと我と同じように真っ赤になりながら悲鳴をあげとる輩がちらほらと眼に入りよる。
「なんなんじゃこれは……」
「なんなんじゃこれは…… じゃないわ!」
「むっ⁉︎」
絶句して目の前の光景に立ち尽くす我の頭部に衝撃が走り、思わず前のめりになってしまった。
別に痛くもないんじゃがか体が反射的に衝撃が走った部分を手でさすってしまいながら我の頭に衝撃を走らした奴の顔を拝むべく後ろを振り返る。
振り返るとそこには最近知った真っ赤な食べ物であるトマトと同じくらい真っ赤な奴がいよった。
「…… 誰じゃお主? 昨日我が食べたトマトの知り合いか何かか?」
しばらく無言で顔を眺めてみたわけなんじゃが全くみたことがない奴じゃ。というかこんな真っ赤な顔をした奴なんぞ知らんのだがな。
「さっきまで話して奴の顔をもう忘れやがったのか⁉︎」
あ、よく見れば真っ赤になっただけで先ほど我に話しかけてきた冒険者のようじゃな。
「顔が近くにあれば流石にわかるわい。じゃったらなんでこんな周りを真っ赤にしておるかわかるのか?」
我はただ百足イノシシを手刀で切り裂こうとしただけなのに……
我が再び手で作り上げた手刀に不備がなかったかをまじまじと眺めていると冒険者の男は深々とため息をつきよる。
「あのな百足イノシシが希少だということは知っとるのか?」
「うむ、あやつに聞いたぞ」
我は両手と膝をつき蹲り、血の匂いにむせたかのようにえづいている元天使であるブリューフルを指差してやる。指さされた張本人たるブリューフルは音にするのも憚れるようなえづきを繰り返しておるわけなんじゃがそこはあえて触れぬ方がいいだろう。
「肉については何か聞いたのか?」
「非常に美味であるということは聞いたぞ?」
そのためにぶち殺したんじゃからな。
「ということは知らなかったんだな」
む、またバカにされたような顔でため息をつかれたんじゃが?
「いいか百足イノシシの肉は非常に美味しく、そして非常にに手に入りにくい、希少価値がついてる。これは知ってるみたいだがな」
「うむ」
「ならなんでこんだけの巨体にも関わらず希少価値がついてると思う?」
「ん?」
そりゃ現る頻度が少なかったり倒すことが難しかったりするからじゃないんじゃないのか?
「なかなか現れないというのもあるが一番の理由はこの巨体の割に取れる肉の量が少ないからだ」
「……なんじゃと?」
こやつは今なんと言った?
この巨体から取れる肉の量が少ないと?
「それもすごく少ない」
少ないではなくすごく少ないと⁉︎ あの巨体で⁉︎
その言葉に驚愕し、先ほど我が手刀にて切り裂いたはずの百足イノシシを探し、周りを見渡す。
「なん…… じゃと⁉︎」
そして眼に飛び込んできた物を見て大きく瞳を見開き、自然と体から力が抜けたために膝をを地面についた後に両手を付くとうな垂れた。
我の目に飛び込んできた百足イノシシは皮だけの姿となり我が作り上げた大穴にたまった血の湖にプカプカと浮かんでいる姿じゃった。
「なんなんじゃあれ……」
「百足イノシシはな、絶命した瞬間に体の大部分の肉が血に変わるというわけのわからん特性を持っていてな」
「なんなんじゃ⁉︎ そのわけのわからん特性⁉︎」
死んだら大半の肉が血に変わるとかよく食べる者代表としての我に言わせれば嫌がらせにすぎんぞ。
「しかも取れる肉の量は嬢ちゃんの拳一つ分くらいだな」
「あの巨体で我の拳一つ分⁉︎ 一口サイズではないか⁉︎」
い、いかに美味という話でも少なすぎじゃないじゃろうか? そんな物では晩御飯になりやせんぞ!
「さらにいうとその肉を探すのがまと難儀なわけなんだが」
「……」
男を見る我の目はきっとどんよりとしたやる気のない瞳をしていることじゃろう。だってあの真っ赤な泉に浮かぶ川の中から一握りの肉を探し出すというのはもうすでに聞いてる段階でいやなんじゃが……
「先生」
「……なんじゃルー」
緩慢な動作で後ろから声をかけてきたルーの方へと振り返る。
「僕の宝剣の折れた方を知りませんか⁉︎ さっきの血の波に攫われた時にどっかに流れていったみたいなんですが……」
「知るわけないじゃろうが⁉︎」
我の気なぞ知らぬ自称弟子はどうやら二本目の家宝もなくしたようじゃった。




