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4.アクナート、暗くて埃っぽい部屋に入る

 リヒト先輩の地図の通りに進んで行った先には、古ぼけた石造りの建物があった。がっしりと暗色の石で組まれた建物は見ているだけで圧倒される。

 図書資料室と書かれた看板の隣の扉を、力を込めて引き開ける。

 古ぼけた、本の匂い。じいちゃんの家で嗅いだ事のあるのと似た匂いが鼻から入って、オレの胸の所まで降りてきてつんと沁みる。オレ、なんとなくこの場所好きになれそう。

 薄暗い室内と静かな空気。小さな窓から差し込む光に照らされた石の床と、奥まった所にあるカウンターだけがぼんやりと照らされている。もし時を止める魔術があったらこんな感じかな、というくらいに空気がとろりと固まっていて、でも嫌な感じはしなかった。

 光魔法のぼんやりとした明りで照らされたカウンターにひとり、誰か座っている。

――青い人が、居た。

 別に例え話しなんかじゃなくて、本当に青い人だった。

 濃紺のフードで頭をすっぽりと隠し、同じ色のローブで身体もすっかり覆っていた。なにより、顔が青かった。青い塗料で描かれた複雑な模様が、びっしりと顔を埋め尽くしていた。遠くて見えないけど、きっと魔術文字か何かだと思う。

 なんとなく音をたてちゃいけない気がして、そろそろとカウンターの方へ向かう。

 青い人もオレに気が付いたみたいで、顔をあげた。

 やっぱり顔一面真っ青で、ところどころ黄色や緑の文字もいくつか、そして瞳だけが淡い紫。多分だけど、すっきりとした顔立ちの女のひとだと思う。ローブに隠された体格はそれほど大きくないみたいで、きっと身長もオレと同じか、オレよりちょっと大きいくらいかな。

 しっかりと目が合う距離。

 でも、なんとなく顔をきちんと認識することができないのは、変な模様が顔を多い尽くしているからだけじゃないと思う。きっと認識阻害の魔術か何かだと思う。

「……あの、資料室に、何か御用ですか」

 しわがれた、奇妙な声、だった。

 確かに女に人だとわかる、高めの声。でも、錆びた金属同士を無理やり擦り合わせている様な雑音に満ちた声だ。

 決して嫌な声じゃないけれど、どこかしっかり聞きとれないような――顔と同じでやっぱり認識阻害がかかっているんだろう。

 気付くと、青い女の人は眉根を寄せながら怪訝そうな顔でオレを見ている。ヤバい、ちょっとぼんやりとしすぎたみたいだ。

「あっ、ごめんなさい! オレ一年のアクナートって言います! 製作科の先輩のお使いで資料を借りに来たんですけど、えっと、ここに来るの初めてで……」

 ポケットの中から、借りる本のリストを出して……あれ、ない?! どこだどこだ!?あ、お尻のポッケだった。えっと、ええーっと、借りる時はどうしたらいいんだろう? 一年生でも借りられるのかな? 借りられなかったらどうしよう! と、頭の中がぐちゃぐちゃになりかけた時、ふふっ、と小さい笑い声が聞こえた。

 さっきまで少ししかめつらだった青い女の人が、口の端で小さく微笑んでいた。

「大丈夫よ、落ちついて」

 声はしわがれているものの、とっても優しい。

「それが、リスト、かしら。見せて、一緒に探そう」

 そう言って差し出された手には、青い文字は刻まれていなかった。当たり前なんだけど肌色のその手は、なんだかとても柔らかそうだった。




「私、カタリナっていうの。舞台効果科の研究生。音響効果の研究をしながら、ここで司書としても働いているわ。……この顔、恐いでしょう。ごめんね、自分の身体で効果を試している所だから」

 青い女の人は、カタリナさん、というらしい。

 本棚の間をふわふわと歩きまわる姿は、幽霊とか精霊みたいになんだか実態がないみたいに見える。身長はオレより少し高いけれど、ローブの隙間から見える首や手はとても細くて、儚げで、この静謐な空間にはぴったりだ。

「ううん、ちょっとびっくりしたけど、恐くないよ! オレこそごめんなさい、初対面なのにじろじろ見ちゃって!」

「……良いのよ。恐がられるのには慣れてるから」

 カタリナさんの声は、認識阻害の魔術ごしでも、少しだけ寂しそうだった。

「そうなの? 魔術の効果で顔とかは良く分かんないんだけど、カタリナさんはとっても良い人だと思うよ。オレ、じいちゃんに『アクナは人を見る目があるな』ってよく褒められてたから、間違いないよ!」

「ふふっ……、ありがとう。嘘でもそう言ってもらえると嬉しいものね。でも、いいの。私は使う魔術も特殊だし、研究分野もマイナーだから、人から疎まれるのは覚悟の上よ」

 嘘じゃないのになぁ、と思ったけど口には出さないでおいた。じいちゃんが良く言っていた。大人は時に善意を素直に受け止められなくなる、そんな人に必要なのは万の優しい言葉じゃなくて、行動でしめしてやることだって。

 きっとカタリナさんに必要なのも、オレの不器用な言葉じゃないんだ。

「……カタリナさんの研究ってどんなの? 疎まれる研究って、オレ、想像できないよ」

「私の専門は、音響や照明などの舞台効果魔術が人に及ぼす効果を抑える方法についてよ。疎まれているというよりも、単純に協力者とか同じ分野を研究している人が少ないといった方が正しいかも」

 ――効果を、抑える?

 音響にしても、照明にしても、基本的には人に効果を及ぼすための魔術だ。及ぼさないと、意味がない。

「抑える、ってどういうこと?」

「そうね……。簡単に言えば、魔術が効果を表し過ぎて、人に悪影響が出ない様にするのが目的よ。舞台効果は兎に角、もっと派手に、今まで見たこと・聞いたことの無い効果を……って言うけれど、それだけじゃダメなの」

 それまで柔らかく、ふわふわしていたカタリナさんの口調が、固くなる。

 認識阻害の魔術を突き抜けて、強い感情が伝わってくる、気がする。

「音響や照明は形がないわ。だから何か危険をはらんでいても、観客はそれに気付くことができない。気付く時は、既に問題が起こっている時よ。私はそれを防ぎたい」

 それ以降は、オレに向けれれての言葉じゃなかったと思う。

「防がなきゃいけない、絶対に。絶対」




 カタリナさんは、オレの差し出したリストをもとにあっという間に本を探しだした。もしかして本を探している時間よりも、お喋りをしている時間の方が長かったかもしれない。

「ありがとう、カタリナさん! オレひとりじゃ絶対に見つけられなかったよ!」

「……私の仕事ですもの」

「そっか、そうだね! お仕事と研究邪魔して」

 結構時間が経っちゃったから、早く届けないと。急ぐ資料じゃないって言われたけど、それでものんびりしすぎも良くないよね。よいしょ、っと荷物を持ち上げて図書資料室を出ようとするオレに、カタリナさんが声をかけてくる。

「あの……アクナート君」

 振り返ると、カタリナさんが目線を左右に動かしながら、指先でローブの裾をいじっていた。どうしたんだろう。

「……アクナート君、いつでもここに遊びにきて、いいのよ。あんまり資料を借りに来る人も居ないし、私も、暇だから」

「いいの? オレ騒がしいし、カタリナさんの邪魔にならないかな?」

「いいの! ……アクナート君は、明るいけど、うるさくなんて無かったわ。いろんな資料もあるし、勉強にもなるわよ」

 資料。

 何か、忘れている様な。

 ……あ、過去の公演資料見せてもらうの、忘れてた!!

オレ、一体どうしちゃってたんだろう!? せっかく歌声の女神の手掛かりがつかめた科もしれないのに!! でも、これ以上遅くなっても、リヒト先輩に悪い……。もう外も暗くなり始めてるし、製作科の先輩たちも帰っちゃうかもしれない。

 ……悔しいけど、本当に悔しいけど、また今度にしよう。いつでも遊びに来て良いって言われたし、今度、というか明日! 探しにこよう!

「……うん! ありがとう、カタリナさん、明日また来るね! オレ、昔の公演資料を見てみたいんだ!」

「明日? うん、待ってるわ。公演資料の棚も、明日案内するわね」

 じゃあね、とカタリナさんに声をかけて、図書資料室を後にする。

 歌声の女神の手掛かりを調べられなかったのは、本当の本当に残念だけど、でもカタリナさんと仲良くなれて良かった。

 また、明日。今度こそ、歌声の女神の名前を見つけてやる!


次は、明日(2015年10月21日)に更新予定です。

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