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2.アクナート、明るくて埃っぽい部屋に入る

「君か、『熱血天使パーマ』とかいう奴は」

 製作科へのお手伝い権をもぎ取った翌日、意気揚々と工作室に入ると、歴戦の傭兵みたいなガタイのよいおっちゃんから声をかけられた。木と埃のにおいでいっぱいの工作室には、大きな机がいくつかと大掛かりな工具が設置してあって、10人ほどのやはりガタイのよい男の人たちが黙々と作業をしている。

 ネッケツテンシパーマ――一体どういう意味だろう? オレの知らない舞台用語かな。

「えっと、オレ、一年のアクナート・コントラルトって言います。クーンツ先生に言われて、大道具の手伝いに……」

「ああ、じゃあやっぱり君だ。昨日クーンツ先生から『金髪の髪の毛がくるくるの天然パーマで天使みたいな顔した美少年だけど、オツムが非常に残念な直情系がそっちに行くから。せいぜいこき使ってくれ』と言われているんだが、間違いないよな」

 先生、オレに言い負かされたのが悔しいからって散々な言い方だよ! 結構子どもっぽいところがあるんだな、知ってたけど。

「俺は製作科で主に舞台美術・装置を作っている、研究生のリヒトという。よろしくな」

 ガタイのいいおっちゃん――リヒト先輩はそういうと、オレに手を差し出してきた。先輩の手は大きくて厚くてごつごつしていて、なんか強そう。今朝、竜を一頭仕留めてきたと言われてもおかしくない。

「もしかして先輩、投石器だけで巨人を打倒した英雄の石像の役で、全身白塗りになって美術館とかに立ってたことありませんか?!」

「……君が俺にどういう第一印象を持ったのか、よくわかったよ」

 そう言うと先輩は、腹の底から深い深いため息をついた。



「ここに来るまで、道に迷わなかったか?」

 先輩の強そうで怖そうなところは見た目だけで、実はとっても優しい人みたいだ。口数は多くないけど、オレにいろんなことを話してくれている。それに思ったより若いらしい、まだ22だからオレと7歳違いだ。

「ううん、全然迷わなかったよ。製作科の建物に入ったのは初めてだけど、学園は一通り探検したから!」

 学園の正門から入ってすぐ左手のところに一年生の教養棟、右手には学園劇場がある。製作科と舞台効果科はもっと奥まったところに位置していた。オレは歌声の女神がいるかもしれないと思って一度探しまわってみたのだけれども、やっぱりいなかった。あたりまえだ、きっと彼女にはもうちょっと静謐な室内っぽいところが似合うと思う。

「それで、オレは何をお手伝いしたらいいの?」

 一年生向けの実習で簡単な作り物をしたことはあるけど、難しいものは作ったことがない。

「まだこの時期なら、難しい作業は任せられないからな。材料運んだり、木材切ったり、掃除したり……まあ、雑用をお願いするよ。簡単な作業だけど、集中しているときにはこれが意外と億劫になる」

「うぅ……ごめんなさい、オレがもっと魔術上手だったら、作るのもお手伝いできたのに……」

 演劇科の中でもオレは魔術が下手な方で、基礎的な音響魔術もまともに使えない。オレは声が大きいから音響魔術が上手じゃなくてもセリフが言えるけど……やっぱり練習しないとだめだなぁ……。

「いや」

 先輩は小さいけど、でもしっかりした深い声で、オレの言葉を否定する。

「ここにいる奴ら――製作科の奴らはみんな魔法が苦手な奴ばっかりだぞ」

 製作科の先輩たちも作業をしながらこっちの話を聞いていたみたいで、手は止めないがこっちをちらちら見ながら、うんうんとうなずいていた。なんとなくじいちゃんがオレを見る目つきに似ている気がする。

「そもそも製作科で求められる魔術と、演劇科の理想とする魔術じゃ方向性が違うんだ」

 これを見てみろ、と言いながらリヒト先輩はひとつの造花を手渡してきた。

「これは以前、ある作品の小道具として使った花だ。観客から見えない花弁の内側にルーンやら魔術文字なんかで細工してある。ちょっと魔力を通してみろ」

 オレは言われるままに、精巧につくられた一輪の花に魔力を通す。

 そのとたん、くすんだ紅色だった花が、淡い桃色の光を放ちだした。

 優しい桃色の靄がゆらゆらと、造花の周りを漂っている。何となくいい匂いがする、そんな気持ちにさえなってしまった。

「その造花は少しの魔力を流すだけで光魔術と幻惑の魔術が発動するようになっている。小さい道具だがな、物語のキーアイテムだったからちゃんと作ったんだ。……たしかそれひとつに一週間かかってるはずだ」

 作ったのはあいつだ、とリヒト先輩が指さした先では、巨体が背中を丸めてちまちまと細工をしていた。手元に集中しているみたいだけど、こっちの話も聞こえていたのかな。ちょっと照れくさそうに頬を緩ませている。

「役者が使う魔術は、セリフや身振り手振りに呪文を潜り込ませたり、あるいは呪文の詠唱を省略したりして使うだろ? だから希少な魔術が使える奴は、それだけで個性派俳優と呼ばれたりもする。呪文の効果はその時によって少しずつ違うし、その日の気分が良ければより効果が高くなるだろう」

 リヒト先輩は、一息ついて。そしてまっすぐな眼差しで――

「だが俺たちの、道具方の目標は違う。必ず毎回、どんな時でも、誰が使っても同じ効果が表れる。それが目指すべき理想だ」

 先輩は大人っぽい顔つきの、瞳だけを子どもみたいに輝かせて、また別の魔術具を持ってきた。オレの腰くらいまでの高さがある、大きな木箱だ。なんだか細工がしてあるみたいだけど外からじゃわからないな。

「これは、持ち運びができる昇降機だ。組み立て式の舞台のセリなんかに使う。ここに魔力貯め部分があって、理屈上は魔力がない人でも動かせるようになっている。わざわざこういう風に作っているのはだな、こういう人が上に乗る可能性がある装置は、ちょっとした誤操作で怪我人がでかねん。……国立劇場のシャンデリア落下事件もそうだな。それでだ、昇降機の操作者のミスや魔力切れなんかで事故が起こってはいけないだろう? そこで、この昇降機は基本的に……」

 あ、先輩全然無口なんかじゃなかった。きっと普段は口数が少ないけど、好きな事になると止まんないタイプだと思う。見た目おっちゃんぽいのに、結構子どもなんだなー。

 ちょっとーリヒトさん、ストップー! 作業しましょうよー、と近くで作業していた製作科の先輩が声をかけてくる。

 そうだ、そうだった。オレはお手伝いに来たんだよ!

「リヒト先輩! オレは何をすれば良いですか!」

「む、そうだな。じゃあ資料室から持ってきてほしいものがあるんだ。今リストを書くからちょっと待っててくれ」

 リヒト先輩はアイディアスケッチを書き損じたような紙を適当に裏返すと、ちびて芯もまるい鉛筆で何やら書きなぐっている。

 あ、そうだこれも聞いとかなきゃ。むしろこっちが本命、っていうのは黙ってた方がいいのかな。

「あと、先輩。製作科には、美人で声がキレーで歌が上手で、三年生以上のお姉さんはいますか!?」

「……君は、可愛い顔して意外とませてるんだな。いや、15歳ってこんなもんだったか……?」

 先輩はぶつぶつと呟いた後、ちょっとだけ変な顔をした。眉間にしわを寄せて、なんとなく苦しそうだった。

「いるぞ。製作科は比較的女性の少ない科だが、とびきりの美人がひとり、な」

 おーいルビー、と先輩が太く響く声で教室の奥の方へ声をかけた。工作室の奥の方にはオレが入って来たのとは違う扉があって、どこか別の部屋に繋がっているみたいだった。

 とびきりの、美人――。

 歌声の女神も、すっごく美人だった。遠くてちゃんと顔は見えなかったけど、見ればいっぱつでわかるとおもう。ああ、彼女だって。

 ついに。

 ついに、歌声の女神に会えるのだろうか。二年間ずっと追いかけていた、彼女に。はじめてきちんと会えるのだろうか。あったら、オレは――。

 どきどきして、頭が真っ白になって、なんて言おうかな、なんて考えていたりしていると、ほてった耳に、きぃ、と扉がきしむ音が聞こえた。

 奥の扉から、誰かが、工作室に入って来た。


書き貯めが尽きるまでは毎日更新するつもりでしたが、

少々予定が入ってしまったため次の投稿は2015年10月18日(月)の予定です。

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