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第五章 最後の戦い

 翌日。今日は合宿四日目だ。

 達男は自分の部屋で目を覚ますと、全身に筋肉痛を感じた。


 それでも良隆と一緒に朝食を取りに食堂へでかける。

 食事をしていると、塾長が血相を変えて、「食事が終わったら小会議室に来るように」と言って早々と立ち去っていく。


「なんだろう? イーノックは昨夜倒したはずなのに」と達男が言う。

「さあ」と良隆も不思議そうな顔をする。


 小会議室に行くと、二人のほか、ありさ、恵美(めぐみ)、由香里の三人がそろっている。

 塾長がおもむろに口を開く。「実は、イーノックはまだ死んでいない」

「なんですって?」みな一様に驚く。

「たしかぼくの銃で倒したはずですが」と達男が言う。

 塾長は、「しかし、昨晩、私の夢の中にイーノックが出てきてこう伝えたのだ。『私を倒せたと思ったら大間違いだ。銃で撃たれる直前に、意識だけ別の肉体に転移したのだ』」と説明する。


「肉体への転移なんてできるんですか」と達男が尋ねる。

「うむ、もともとイーノックは別の人間の体を借りて行動していたのだろう。それがイーノック自身の肉体に戻ったということだと思う」


「まだ倒していなかったなんて……」達男たちは愕然とする。

「そして、今夜必ずイーノックが現われる。イーノックは私の夢の中でそう語った。こんどこそ奴を打ち倒すのだ」と塾長が言う。


 達男が訊く。「ところで塾長、今朝から筋肉痛がひどいんですけど」

「うむ、それは、『加速』能力を使ったためだ。『加速』は、通常の何倍ものエネルギーを使う。ふつうの人間が使ったら、回復するまでには一週間近くはかかる」

「じゃあ、今夜の戦いで『加速』は使えないんですか?」と達男がたたみかける。

 塾長は「そのとおりだ。良隆、おまえもひどい筋肉痛だろう」と良隆に話しかける。

 良隆は「……はい」と言葉少なに(こた)える。「歩くのがやっとです」

「うむ、良隆は『加速』能力を使いすぎたからな。もともと強い肉体を持っていたが、それでも治るには一週間近くかかるだろう」と塾長が告げる。


「さて、今夜の戦いだが」と塾長が説明を続ける。「合宿二日目に初めて戦闘シミュレーションをしたことを思いだしてほしい。良隆がイーノックにコントロールされ、ありさが人質にとられるというアクシデントがあったが、あのときは「石化」の魔法を使う計画をたてたはずだ」と思いださせる。


「そうでした」と達男が応える。


「それでは夜になったらまたこの小会議室に来て、『魔力監視システム』でイーノックの出現をとらえるのだ。昼間は横になって休んでいるといい」と塾長が告げ、みなは各自の部屋に戻った。


 達男が良隆に尋ねる。「そんなにひどい痛みなのか」

「……うん。おれはイーノックとの戦いのときだけでなく、一般人を襲撃するときも『加速』の能力を使っていたからな」と良隆が応える。「今夜の戦闘では役に立たないかもしれない」

「まあ、少しでも休んで、回復してくれ」と達男は言い、「ぼくは昼寝するぞ」と言ってベッドにもぐりこんでしまう。


 そしてその夜。一同は小会議室に集まる。

「どうやらみな集まったようだな」塾長が言う。「それではこの『魔力監視システム』を

よく見ていてくれ」


 じりじりと時間がたつのを待つ。

 午後八時、魔力監視システムに赤い点がともる。

「イーノックだ」と達男が叫ぶ。

「そのとおりだ」と塾長が言う。「みな、頼むぞ」

 戦闘用の服に着替え、カラーコンタクトをはめ、塾長から聖水の霧吹きをしてもらう。


 ホテルの外に出る。夜になってもまだ蒸し暑さが残っている。じっとりと汗ばむ感じに、

達男はいやな予感がした。


「恵美、『暗視』の魔法をかけてくれ」と達男が頼む。

「わかりました」と恵美が応える。


「では、イーノックのところへ向かうぞ」


二十分ほど歩き、イーノックの居場所をつき止める。


「イーノック、今夜こそ倒してやる」達男が銃を取り出す。

「私を倒せるものなら倒してごらんなさい」イーノックは余裕の表情だ。


「ありさ、『魔力強化』の呪文を恵美にかけてくれ」と達男が指示を出す。

「わかったわ」ありさの表情も真剣だ。「あまねく人間に備わる潜在意識よ、今、集合体となって我に力を貸したまえ。魔力の強化を念じる」


「そして恵美、『魔法防御』の呪文をかけるんだ」

「わかりました」恵美の杖が自動的に魔法円を描く。「聖なる、そして偉大なる神よ、今、この身の口を借り、汝の力を解放する。あらゆる魔法から守る空間をここに出現させたまえ」


 達男が言う。「恵美、由香里、『精神力転移』の魔法でありさの『石化』の魔法を強化してくれないか」

「わかりました」と二人は口をそろえて言う。

 達男は、「みんなは魔法防御のエリアで待機していてくれ。ぼくがおとりになってイーノックをひきつけるから、ありさ、おまえは『石化』の呪文をイーノックに唱えてくれ」

と言った。


 『石化』の呪文を唱えるには魔法防御の空間から外に出なければならない。魔法の効果を遮蔽(しゃへい)してしまうからだ。ありさは達男の陰に隠れるようにして、外に出る。


 「イーノック、こっちだ」達男が叫ぶ。ありさが呪文の詠唱を始める。呪文を唱え終わると同時に、イーノックの「衝撃波」の呪文が達男のほうへ向かって放たれる。

「先輩、危ない!」とっさにありさが達男の体をかばうように前に出る。「きゃあっ!」

ありさは「衝撃波」の呪文をまともに食らってしまう。魔法防御の空間が震えるほどの強力な魔法だった。


 イーノックの体が徐々に石化していく。「な、なんと……」イーノックは手も足も出ない。そこを狙いすまして、達男が銀の弾を銃で打ち込む。

「石化した肉体がばらばらになったのだから、今度こそ大丈夫だろう」と達男は考える。

 あわてて倒れているありさを抱き起こす。


「ありさ、だいじょうぶか」

「……」ありさはなにも答えない。

「おい、ありさ、しっかりしろ。由香里、おまえの治癒呪文でありさを治すことはできないのか」と達男は叫ぶ。

 由香里は悲しそうに首を振る。「残念ですが、私の力ではできません」


「ありさ、ありさ……」

「せん、ぱいっ……」ありさはか細い声で応える。

「ありさ、死ぬな」

「せんぱいに、会えて、うれしかったです……。せんぱいの、ことが、好きでした……」そういうとありさの首はがっくりと倒れてしまった。


「ありさ!ありさー!」

 達男の泣き叫ぶ声が、夜にこだました。


 みなはお(ふだ)の力を使ってホテルに戻る。

 塾長が待機していた小会議室へ行く。


「塾長、ありさが死んでしまったようです。生き返らせることはできないんでしょうか」と達男が言う。

 塾長は首を横に振った。


「ありさ、おまえ、ぼくのことを守ろうとしてくれたんだな。それで自分が死んでしまうとは、バカなことをしやがって」達男はありさを抱き上げる。涙がつつーと頬を流れ落ちる。


「ありささんには気の毒なことをした。さて、能力者の諸君。きみたちのおかげで、皆既月食に魔獣たちがこの世界にやってくるのを防ぐことができた。礼を言う」塾長は温かいまなざしでみなに言った。


「最後に大事な作業がある。このヘルメットをかぶってくれ」

 達男たちは言われるままに塾長からヘルメットを受け取り、頭にかぶる。


 すると突然頭の中に七色の光が浮かび、目がくらんでしまう。

「わあーっ」達男は叫ぶ。


 気がつくと自分の部屋のベッドに寝ていた。

 朝になって、達男が目をさまし、腕時計で日付を確認する。

 合宿の五日目だ。


 達男は合宿の間、なにをしていたのか、まったく思いだせない。


「朝食の時間ですよ。起きてください」とホテルの担当者がドアをノックする。

 達男と良隆はキツネにつままれた様子で、食堂へ向かう。


 達男は「そうだ、ありさもこの合宿に参加していたはずだ」と思いだす。

 食堂の中を探すが、ありさの姿は見つからない。


 達男は塾長のところへ行く。

「塾長、ぼくたち、合宿の間なにをしていたのか、まったく記憶にないんですけど」

「ははは。勉強のしすぎかな」塾長は笑って応える。

「それから、木下ありさというぼくの学校の後輩が、この合宿に参加していたはずなんですが、見つからないんです」

 塾長の顔がひきつったように見えた。

「ああ、ありささんか、彼女は行方不明になった」

「行方不明ですって? どういうことです? 警察に捜索願は出したのですか?」


「うむ」と塾長の口は重い。

「私もどういういきさつでありささんが行方不明になったのかはわからない。とにかく合宿期間中にホテルからどこかそとに出てしまい、それきり帰らなくなってしまったのだ」

「そんなばかな……」達男はとうてい信じられない。


 達男は懸命に記憶を取り戻そうとする。激しい頭痛。

 腕の中で、ありさが息を引き取るシーンが、断片的に浮かぶ。それ以上は思いだせない。


「塾長、ありさはぼくに抱かれて息をひきとったのではありませんか」

「……そんなことはないよ」塾長はぽつりと言った。


「くそう、なんで思いだせないんだ」達男はぎりぎりと歯噛(はが)みをする。


 同室の良隆が言う。「おれも、合宿中の記憶がない」

「なんだって?」と驚く達男。


「塾長、いったいどういうことなんです、説明してください」と達男は、つかみかからんばかりに塾長に詰め寄るが、塾長はされるがままになって、なにも答えない。


 達男はありさと過ごした学校生活を思いだす。いっしょに図書委員会に属していた。毎日放課後、他愛のないおしゃべりをして時間を過ごした。楽しかった。


 達男はホテルの外に出て、「ありさーっ」と大声で呼んでみた。

 どこからもなんの返事もなかった。(了)


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

初の連載小説で、苦労もありましたが、なんとか仕上げることができました。

ご感想をお待ちしております。

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