第四章 ぼくたちは勝ったのか
三日目、達男の射撃訓練が終わった後。
塾長が達男に言う。「どうやら、この魔力監視システムが故障してしまったようだ」
「え、ほんとですか」と達男は尋ねる。
「うむ、仮想空間を作ることはできるが、魔力の感知ができない」
「それは困りましたね」
「なんとか夜までには元通りに直すぞ」
達男は午前中射撃訓練を行い、お昼の時間になったので、食堂で昼食をとることにした。
食堂ではテレビがついている。
「それではここからローカルニュースの時間です。本日午前中、田上温泉街で、『見えない通り魔』事件が発生しました」
「『見えない通り魔』事件だって?」達男の目はテレビに釘づけになる。
ニュースは伝える。「では、防犯カメラがとらえた、事故の瞬間を見ていただきましょう」
映像が映る。
「このように、目に見えない誰かに、急に衝撃を与えられたようです。被害者がうずくまるのがわかります。このような事件が田上温泉街で、五件発生しています」
「相手が見えないため、警察としてもどう対処していいのか困惑している状態です。五人の被害者は、いずれも病院に運ばれましたが、命に別状はないようです」
ニュースはそれきりだった。
達男は塾長のところへ行く。
「塾長、テレビのニュースで『見えない通り魔』事件のことが報道されていました」
「うむ、わたしも見た」
塾長はビデオデッキを準備する。
「これがテレビで放映された、被害の瞬間の映像だ」
塾長は、映像をスローモーションで再生する。
一瞬、黒い影のようなものが画面に現れ、つぎの瞬間、被害者がうずくまるのが見える。
「これは、もしや……」
「そうだ、良隆のしわざに違いない」と塾長が応える。「イーノック自身は夜にしか活動しないが、良隆に催眠暗示をかけて、人々を襲わせているのだ。しかし魔力監視システムが働かないので、良隆がなんらかの魔力によって行動しているのだとしても、
こちらでは位置を把握することができない」」
「良隆が加速して、柔術を使っているのですね」と達男が言う。
「そのとおりだ。さすがに良隆は催眠状態でも最低限の意思は働いているのだろう、命にかかわるほどのケガはさせていない」
「それがせめてもの救いですね」
「しかしイーノックを倒さねば、また犠牲者が増えることになる」塾長は考え込む。「いよいよ一般人を巻き込む事件に拡大したか」と苦悩する塾長。
「夜になるまで、なんとか魔力監視システムを修理するから、きみたちの力でイーノックと戦ってくれ」
「はい、わかりました」
達男は午後を自室で過ごす。良隆のことも気になるが、やはり心配なのはありさのことだ。
「ありさは人質にとられてしまった。今頃どこでどうしているのだろう。無事でいるだろうか」
「せーんぱいっ」ありさの声がよみがえる。同じ図書委員として学校で過ごした生活のこと。温泉街でデート――と言っていいだろう――をしたこと。手を握った感触が、いまでもてのひらに残っている。そして、塾長の言ったことがほんとうなら、ぼくの妹……。
「ありさに万が一のことがあったら」達男は考え込む。「いや、悪い想像をするのはやめよう。必ず助け出してやるさ」
そして夕食の時間。達男は良隆とありさのことが心配で、ほとんど箸が進まなかった。
夕食後、達男、恵美、由香里が小会議室に呼ばれる。
「なんとか魔力監視システムが修理できた。今夜もイーノックは現れるだろう。きみたちはこの部屋で待機していてくれ」
「わかりました」達男たちは返事をする。
そして夜の八時。魔力監視システムに赤い点が浮かび上がる。
達男は「これはイーノックですか」と塾長に訊く。
「まず間違いなくそうだろう。では戦いに行ってくれるか」塾長は応える。
「もちろんです」
戦闘用の衣服に着替え、塾長から聖水を振りかけてもらう。カラーコンタクトをはめる。
達男は麻酔銃と、銀の弾をこめた銃の二丁の拳銃を手にする。
「では、無事を祈るぞ」塾長の声をあとに、達男たちは夜の街に出かけていった。
まず恵美に「暗視」の呪文をかけてもらう。
「魔力監視システムによると、この近くにイーノックがいるはずだ」と達男が言う。「恵美、『魔力感知』の魔法を使ってくれ」
「はい」恵美が呪文を唱える。「こっちです」と恵美が先導する。
達男と由香里が恵美の後につづくと、イーノックと良隆がいるのに気づく。
「恵美、念のため『魔力防御』の呪文を唱えてくれ」
恵美が「はい」とうなずく。「聖なる、そして偉大なる神よ、今、この身の口を借り、汝の力を解放する。あらゆる魔力から守る空間をここに出現させたまえ」
イーノックは「あなたたちもこりませんね。まだ戦う気ですか」
「あたりまえだ。必ずお前を倒してやる」達男は力強く言った。「人質はどこだ」
「さあ、私の口からは教えられませんね。では、良隆、達男を攻撃しなさい」イーノックが命じる。良隆の目は相変わらずうつろだ。
「恵美、『物理防御』の呪文をぼくにかけてくれ」と達男が頼む。
「わかりました」と恵美が応える。「聖なる、そして偉大なる神よ、この身の口を借り、汝の力を解放する。あらゆる攻撃から守る力をこの人に与えたまえ」
達男の回りがぼうっと明るくなる。
達男は「よしっ、行くぞ。良隆、ぼくが相手だ」達男は加速する。
良隆も加速して達男の懐に入る。達男が銃を構えるより早く、良隆が攻撃してきた。
「ぐっ」良隆の飛び膝蹴りが達男のみぞおちのあたりを襲う。加速して良隆の力も増強しているのだろう。
いくら物理防御をして、特殊繊維のシャツを着ていても、その衝撃力に耐えきることができない。
達男はろっ骨を折ってしまった。痛みをこらえ、後ろ跳びに達男から離れる。
「由香里、治癒呪文で骨折を治してくれ」達男が叫ぶ。
由香里はアタルヴァ・ヴェーダの治癒呪文を唱える。「古代の神よ、その偉大なる治癒力によって、ここにいる、み子のケガを治したまえ」みるみるうちに達男のケガが治っていく。
達男は、良隆との間合いを取り、加速した状態で麻酔銃を取り出す。
そして良隆に向かって銃を打つ。
「パシッ」乾いた音がして、麻酔銃は命中した!
良隆はその場で崩れ落ちる。
「よし、やったぞ」
「うぬー」イーノックがうめく。イーノックは油断していた。まさか良隆が倒されるとは予測しておらず、なんの呪文も唱えていなかった。
イーノックがあわてて攻撃呪文を唱えるよりも早く、加速状態の達男が、魔力の付与された銀の弾をこめた銃をイーノックに向けて撃つ。手応えがあった。
「ぐわあっ」イーノックが叫び声をあげる。「こ、これまでか」イーノックはその場にぐったりと倒れ込む。
「よし、やったぞ!」と達男が快哉を叫ぶ。「恵美、魔法で良隆の麻酔を解いてくれ」
「わかりました。やってみましょう」
しばらく時間がたち、良隆の麻酔が切れて、正気にもどる。「おれはどうしていたんだ」
「おまえはイーノックの催眠暗示にかかっていたんだよ。イーノックを倒したから、元に戻ったんだ」と達男が説明する。
「イーノックに操られていたのか。達男、すまなかった」
「いや、おまえが悪いわけじゃないよ」と達男は優しい声をかける。
「おれは一般人を傷つけてしまった」と良隆。
「おまえの良心が残っていたから、イーノックの催眠にかかっている間も、人を死なせずに済んだんだよ」と達男が応える。
そして達男が言う。「さあ、ありさを探そう。恵美、「探索」の呪文を頼む」
恵美は「聖なる、そして偉大なる神よ、この身の口を借り、汝の力を解放する。ありさの居場所を教えたまえ」と呪文を唱える。
闇の中に小さな光の玉が出現する。ゆらゆらと動いて、どうやら達男たちを案内してくれるようだ。
「この光についていけば、ありささんのところへ行けると思います」と恵美が言う。
「よし、わかった。みんな、いくぞ」達男は光の後についていく。
十五分ほど歩いたところで、光は止まった。
ありさが発見されたのは、以前イーノックが火事を起こした家の、焼け残った物置小屋の中だった。
「ありさ、わかるか」達男がありさの元に走っていき、声をかける。
「ありさ、ありさ」達男が肩をゆさぶるがありさは目を覚まさない。
「とにかくありさは見つかったんだ。みな、ホテルへ帰るぞ」と達男が言う。
「良隆、おまえ、ホテルに帰るお札は持っているな」
「ああ、持っている」と良隆が応える。
「恵美、由香里、おまえたちも持っているよな」
「はい」と二人は応える。
「よし、ぼくがありさをおんぶするから、みなでホテルに瞬間移動しよう」
そしてお札の力を使ってホテルに戻る。
さっそく塾長のところへ行く。「おお、イーノックを倒したか。でかしたぞ」塾長の顔がほころぶ。
「あのう、ありさの意識が戻らないんですけど」
「だいじょうぶだ。おそらくはイーノックの魔法で眠らされていたのだろう。一晩休めば、
もとどおり目をさます」と塾長が応える。
「そうですか、よかった」達男は心から安心した。
「みんな、無事に帰れてこれてよかったな」と達男が言うと、良隆は照れくさそうな顔になり、恵美と由香里は誇らしげな表情になり、そしてみなが笑顔になった。
「さあ、温泉に入って今夜は眠るとするか」達男は二十四時間入れる温泉に浸かった。「良隆も正気に戻ったし、ありさも助け出したし、まずは一件落着といったところか」
達男たちは戦いの緊張感から解放され、ぐっすり眠り込んだ。
深夜、魔力監視システムに赤い点がともるのを、達男はもちろんのこと、ほかのだれも気がつかなかった。
第五章につづく
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
次話「第五章」で完結の予定です。
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