第三章 人質にとられる
達男たちが夕食を済ませた後、塾長から小会議室に集まるよう言われる。
小会議室にいってみると、五人の「能力者」たちがそろっている。
「この模型は町全体をミニチュア化しているものだ。なかに赤く点滅しているものがあるだろう」
達男たちは模型を覗き込む。ホテルから少し離れたところに、赤い点滅が見られる。
「これは、魔術師イーノックが出現したことを示している」
「なんでそんなことがわかるのですか」と達男が訊く。
「うむ、この街には、大きな魔力感知システムが存在している。十年前、きみたちのお父さんが亡くなったとき、魔力を魔石に封印したのだ。その魔石を私が保管していた。今回、私の夢の中にイーノックが現われた。そのため、私は魔石の力を解放することにした」
「そうなんですか」と達男が驚いた様子で言う。
「その魔石の力で魔力監視システムを動かしている。私はこのホテルにいて、魔力監視システムを維持しなければならない。だから私は戦闘に加わることができないのだ」
「いよいよ、きみたちとイーノックが戦うときが来た」塾長は厳かに言った。
「まずは装備を整えよう。ありさ、恵美、由香里。きみたちにはこの白いローブを着てもらう。自分の部屋で着替えてこい」三人は各自の部屋へいったん戻り、着替えてからまた小会議室にやってくる。
白いローブには魔力を強化する働きがあるらしい。
「そして恵美、きみには自動で魔法円を描くこの杖だ」「はい」
「ちなみに、ありさ、由香里の魔法は、魔法円は必要としない。魔力の源泉が違うからな」と塾長が説明してくれる。
「それから、達男、良隆。きみたちはこの白いTシャツとハーフパンツだ。特殊繊維で織られていて、物理ダメージをある程度防いでくれる」
男性たちは小会議室にあるパーテーションの陰で着替える。
「そして全員、カラーコンタクトをしてもらう。これは『能力者』としての能力を発揮してもらうために必要なのだ」
達男はメガネをかけているが、コンタクトはしたことがない。眼の中になにかを入れるのがこわいのだ。しかし今はそんなことを言っている場合ではない。達男は勇気を出して
コンタクトをつけた。
「さらに、きみたち全員に聖水をかける」塾長は霧吹きを用意して、一人ずつ、霧を吹きかけていく。
「そして、これは瞬間移動のお札だ。どうしてもピンチの時は、このお札を使えば、一瞬にしてホテルに戻って来られる。このホテルは魔石の力で、魔法防御がなされている。このホテルにいるかぎり、イーノックに攻撃されることはない。最終手段として使うのだ」
五人はお札を渡される。
「では、健闘を祈る」塾長の言葉を後に、五人はホテルから外に出る。
「たしかイーノックがいたのはホテルから東の方角だったな」と達男が言い、率先して
歩いていく。
今は午後八時だ。まずホテルを出るときに、恵美の魔法で「暗視」を全員にかけてもらう。これであたりの様子がはっきりとわかる。
三十分ほど歩いた後、達男はありさに「『魔力感知』の呪文を唱えてくれないか。イーノックをみつけるのだ」と頼んだ。
「はい」ありさの顔は真剣そのものだった。「あまねく人間に備わる潜在意識よ、今、集合体となって我に力を貸したまえ。魔力の感知を念ずる」とありさが呪文を唱える。「こちらに強い魔力を感じます」と、みなを誘導する。
そこにはあの、黒いローブを着た男がいた。また家に火をつけようとしている。
「恵美、『魔法防御』の範囲魔法を使ってくれ」達男が頼む。
「わかりました」恵美が応える。「聖なる、そして偉大なる神よ、今、この身の口を借り、汝の力を解放する。あらゆる魔力から守る空間をここに出現させたまえ」恵美は杖で魔法円を描き、半径5メートル以内に「魔法防御」のエリアを作り出す。
ありさが「私が『魔力強化』で『魔法防御』のパワーを強くしますね」と言い、呪文を
唱え始めた。
五人とも「魔法防御」のエリア内にいる。
「イーノック、おまえを倒しに来た」達男が叫ぶ。
黒いローブを着た男が振り返る。
「おやおや、五人の『能力者』の方々ですね。あなた方の存在は私にとって邪魔です。憎くはありませんが、戦わざるをえないでしょう。これも運命だと思ってあきらめてください」
イーノックは家に火をつけようとしていたが、達男たちのほうに向かって「炎の矢」を
打ってくる。
達男たちは熱さを感じるが、「魔法防御」の魔力のおかげで、「炎の矢」はみな跳ね返される。
「なるほど。『魔法防御』ですか。なかなかやりますね」
「よし、おれからいくぞ」と良隆が「加速」の力を使ってイーノックのほうへ間合いをつめる。しかし、見えない壁に、はじきとばされてしまう。
「な、なんだ」
「『物理防御』ですよ。そうやすやすと近づかれては困るのでね」とイーノックが応える。
「では良隆さん、あなたには眠ってもらいます」
良隆は魔法防御のエリアの外にいる。イーノックの魔法にかかり、その場に倒れてしまう。
「それでは細工をさせてもらいますかね」とイーノックが言い、注射器を取り出して良隆の腕に注射をする。
「なにをしたんだ」達男が叫ぶ。
「なーに、もうしばらくすればわかりますよ」とイーノックがにやりと微笑む。
ありさが「私が攻撃するわ」と言い、呪文を唱え始める。「あまねく人間に備わる潜在意識よ、今、集合体となって我に力を貸したまえ。光よ、矢となれ」
イーノックに向かって光の矢が放たれる。イーノックは呪文を唱える。
「私も魔法防御させていただきますよ」イーノックに向けられた「光の矢」は闇に吸い込まれてしまう。
「くそう、どうしたらいいんだ」達男たちは考え込む。
「さて、そろそろ注射が効いてきたようですね」とイーノックが言う。
「服従」イーノックが呪文を唱える。すると、良隆が起き上がる。
「良隆、気がついたか」達男は良隆のほうを見る。しかし良隆の目はうつろだ。
イーノックが言う。「私が良隆に服従の呪文をかけたのですよ。これで良隆は私の言うことならなんでも聞きます」
「なんだって?」達男たちは驚く。
「まずは、ありさをこちらに連れてきてもらいましょうかねえ」イーノックは歌うように言う。
良隆が「加速」を使って、魔法防御のエリア内にいるありさのところに、音もなく駆け寄る。ありさの腕を後ろ手にひねる。
「きゃあっ」ありさが悲鳴をあげる。良隆が加速しているので、周りにいるだれも良隆を
止めることができない。
良隆はありさの腕をねじり上げたあと、向き直って、当て身をくらわす。イーノックの服従魔法で身体能力が強められているのだろう、ありさは気絶してしまう。
そして良隆はありさを抱えて、イーノックの元へ移動する。
「ありさは人質にさせてもらいますよ。さあ、これでも攻撃を続けますか」とイーノックは不敵に笑う。
ちょうど達男たちの方に向かって、ありさを盾にする。
苦悩する達男。これでは攻撃ができない。
「しかたない。いったんホテルへ引き返すぞ」と達男は言い、「瞬間移動のお札」を使ってホテルに戻る。恵美、由香里も達男の後を追い、ホテルに引き返す。
その夜は、達男は部屋で一人、眠ることになった。戦いの緊張感が続いている。精神的にもダメージを受けてしまったようだ。なかなか眠れない。「とにかく明日の朝いちばんで塾長に報告しなければ」と達男はひとりごちて、タオルケットを頭からかぶった。
そして一夜が明け、三日目に入る。
達男たちは塾長に、ことのなりゆきを説明しに行く。
「なんだって? ありさが人質にとられただって?」塾長は目を丸くする。
「はい、そのうえ、良隆もイーノックに『服従』の能力をかけられました。いまやイーノックの言うことしか聞きません」
「うーむ……」塾長は目をつぶって考え込む。
「では作戦を考えよう」と塾長はおもむろに言う。「残念ながら由香里のアタルヴァ・ヴェーダには攻撃の呪文がない。攻撃呪文を使えるのは恵美だけだ」
「はい」と由香里、恵美がうなずく。
「よし、まず達男に『加速』の能力を与えよう。これで良隆と同じく高速で動作をすることが可能になる。ここにある魔石のパワーを分け与えるぞ」
「わかりました」と達男は応える。
「達男には麻酔銃を持たせよう。これで良隆を打てば、マヒさせることができる。くれぐれも慎重に扱うようにな」と塾長が言う。
「塾長、ぼくに射撃の訓練をさせてください」達男が塾長に言う。
「そうだな、今のうちに念入りに訓練しておくがよい」
そして塾長は小会議室の模型の前で、達男にゴーグルを着けさせる。
「仮想空間に射撃の訓練場を作ったから、そこで訓練をするのだ」塾長の声がひびく。
達男は訓練用の拳銃を手にする。五メートルほど離れたところに、人の形をした的が並んでいる。まず一体をめがけて拳銃を打つ。反動とともに、「パシッ」と乾いた音をたて、
拳銃の弾が的に当たる。
「つぎは加速しながらの射撃だ」と塾長の声がする。
達男は加速の能力を与えてもらい、通常の人間の目では追うことのできないスピードで銃を抜く。そして的めがけて発射する。
「急所をはずして撃つんだぞ」塾長の声が聞こえる。
達男は拳銃を手にするのは生まれて初めてだった。ずっしりと重い。しかしいまでは、まるで腕の一部になったように、ぴったりとおさまっている。
そしてこれも能力者として開花したせいか、拳銃の腕が相当あがっている。初めてとは思えないぐらいに、正確に弾を当てている。
「よし、これで今夜の戦いに備えるぞ」と達男は自信をつけた。
第四章につづく
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
全五章で完結する予定です。お楽しみに。
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