第二章 戦闘シミュレーション
翌朝、午前七時に目が覚めた。良隆は熟睡したようだったが、達男はあまりよく眠れなかった。
朝食はバイキング形式だ。
食堂へ行き、料理を取りながら歩いていると、ありさの声がした。
「山上先輩、おはようございます」
達男は応える。「おう、おはよう」
「あれっ? 先輩、もしかして昨夜良く眠れなかったんじゃないですか」
「どうしてわかるんだ?」
「だって、目が赤いですもん」
「無理もないだろ、『能力者』なんて話を聞かされたんだから」と達男。「ありさはよく眠れたのか?」
「はい、ばっちりです。魔法が使えるなんて、なにか楽しそうじゃないですか」
「ファンタジー小説の読みすぎだよ。大げさに言えば、ぼくたちの命がかかっているんだからね」達男は心配性だ。
だが、ありさの屈託ない様子を見ていると、なんだか落ち着く。
「先輩、いっしょのテーブルで食事してもかまいませんか?」
「もちろんだよ」と達男は内心のうれしさを隠して、言った。
「わたしたち、異母兄弟って言われましたよね」とありさがパンを頬張りながらしゃべる。
「そうだな。にわかには信じられないが」
「そうだとしたら、これから先輩のこと『お兄ちゃん』って呼ばなければいけないのかも」重要なことを平然とした顔で言う。
「まてよ、『お兄ちゃん』はやめてくれないか」
「そうですよね、いきなりあんなこと言われて、驚きましたよね」
達男は声に出さず「この子が妹になるのか」と心の中で思った。なんだか気恥ずかしい。
「できればいままでどおり『先輩』って呼んでくれないかな」
「わかりました、先輩」
朝食が終わり、午前9時始業。
達男たち五人は、小会議室に呼ばれる。
塾長がおもむろに口を開く。
「さて、『能力者』たちよ、昨夜の話を聞いてどう思った?」
「にわかには信じられません」と達男が返す。
「まあ、無理もなかろう。しかし、おまえたちが戦いに巻き込まれるのは必至なのだ」塾長はやはり冗談を言っていたのではなかった。
「まずはこのビデオを見てもらおう」
塾長はスクリーンをセットした。
「魔力感知」の魔法を使い、イーノックが放火しているところを探して撮ったビデオだ。
火事のやじ馬の中に、背が高く、黒っぽいローブを着た人物が映っている。
「なんか教会の牧師さんみたいなかっこうですね」と達男が感想を述べる。
「そのとおりだ」塾長が応える。「これが敵の魔術師、イーノックだ。よく覚えておけ」
「わかりました」みな、口をそろえて言う。
塾長は「今日の午前中は戦闘シミュレーションをやってもらう」と言って、テーブルの上に置いてある街の模型を指差す。模型には透明なドームがかぶさっっている。
「これはこの街並みを再現した模型だ。これからきみたちにはこの中に仮想的に入ってもらい、イーノックとの戦いの練習をするのだ」
「どうやってこの模型の中に入るんですか?」とありさが尋ねる。
「うむ、簡単なことだ。それぞれがゴーグルをつければよい」と塾長は応え、五人にゴーグルを渡す。
達男はおそるおそるゴーグルをかける。
「あっ、このホテルの前にいる」達男を含めた五人の等身大の模型が、ホテルの前に立っている。時間は夜だ。
塾長の声がイヤホンを通じて聞こえてくる。
「イーノックは夜しか活動しない。恵美、おまえの魔法で『暗視』をかけて、
夜でも明るく見えるようにするのだ」
恵美の模型が手に持っていた杖で、地面を差す。すると、杖がひとりでに動きだし、魔法円を描いていく。
塾長の声がする。「恵美、おまえの魔法はこの魔法円の中でしか発動できないから、気をつけるようにな」
「はい」と恵美は自動的に描かれる魔法円を驚きながら見つめている。
黄道十二宮のシンボルが描かれている。
そして恵美は「暗視」の魔法を五人にかける。
ありさは「わあ、昼間と同じように見えますね」と声をあげる。達男も驚く。
「やっぱり『能力者』っていうのは本当だったんだ……」と達男がつぶやく。
塾長が「やっと信じたようだな。では、実際にイーノックに出会ったらどうしたらいいか、みなで考えてみろ」と言う。「ただし今回のシミュレーションでは、使える魔法は『暗視』だけだ。本来なら君たちに『聖なるローブ』を着せてあげないと、魔法は発動できないからな。いまの『暗視』も実は私の力でドーム内に起こさせたものなのだ」
「そうなんですか」達男が言う。
塾長からの声が聞こえる。「では仮想敵のイーノックを出現させるぞ」
達男たちの前に黒いローブを着た男の模型が現われる。
「まずは、良隆の『加速』を使って、イーノックをおびきよせる」と達男が言う。「うん」と良隆が応える。
「恵美は魔法円の中で待機。ありさに『魔力強化』の呪文を唱えてもらう。そして恵美が
パワーアップした『魔力防御』を発動させるんだ」恵美は達男の説明にうなずく。
「これでイーノックからの魔法攻撃の影響は受けずに済むわけね」とありさが納得して言う。
「私は何をすればいいの」と由香里が尋ねる。
「あなたは『魔法防御』のエリアで待機してもらい、もし達男や良隆がケガを負ったら、
アタルヴァ・ヴェーダの治癒の呪文で治してあげて」とありさが言う。
「はい、わかりました」由香里は小さくうなずく。
「そしてイーノックにありさが『石化』の呪文をかけて、動けなくした後に、ぼくが銃で銀の弾を打ち込む。これでとどめだ」と達男が説明する。一同「了解」と声をそろえる。
「どうやらシナリオはできたようだな」と塾長の声が聞こえる。「では今のシナリオを再現してみせるから、おまえたちは動かずに模型の人形が戦うところを見ていろ」
実際に戦うところを見て、「うん、これなら何とかなりそうだ」と達男はみなに言う。
塾長の声が「よし、ゴーグルをはずせ」と聞こえる。
はずしてみると、元の小会議室のテーブルに五人ともついている。なにをしたわけでもないのに、精神的な疲れが残っている。
「ご苦労だったな」塾長のねぎらいの言葉がみなに伝わる。「疲れただろう」
「はい」とみなが口々に言う。
「シミュレーションをするだけで、精神的なエネルギーを使うからな。では午前中の残りの時間は勉強をして、午後は特別に自由行動とする。戦いの前に英気を養っておいてくれ」と最後に塾長が言う。
「ありがとうございました」とみな一礼して小会議室を出ていく。
クラスの他の生徒に達男たちの行動がばれないように、五人は塾長主催の特別コースの勉強をしている、と説明をする。生徒たちは納得する。
そして昼食。大広間で全員が昼食をとる。
ありさが目ざとく達男のことを見つけ、近くに寄ってくる。
「先輩、午後、一緒に散歩しませんか」
「そうだな、気分転換に外に出るのも悪くないな」
「じゃあ午後一時に玄関で待っています」とありさは告げた。
「お待たせ」と達男がありさに言った。
「じゃ、行きましょう」
「どこから行く?」
「近くに神社がありますから、まずそこへ行きましょう」
「なるほど、『必勝祈願』というわけだな」
えへへ、とありさが笑う。
道すがら、達男は「ぼくはまだ半信半疑なんだ。ほんとうにぼくたちは『能力者』なんだろうか」とつぶやいた。
ありさは、「だって、シミュレーションまでしたじゃないですか。塾長がからかってあんなことをするなんて思えません」と反論する。
「もっとも、ゆうべ『能力者』について聞かされたときは、わたしも信じられなかったですけどね」とありさが付け加える。
「だろ? いきなり『能力者』とか『ゲートキーパー』って言われてもなあ」
「でも、だったらあのシミュレーションはなんだったんです? 五人で集団催眠にかかったとでもいうんですか?」とありさは唇をとがらせる。
「ごめん、ごめん、ありさの言うとおりだよな」
そして神社に着く。二人で手を合わせる。
達男が「なにをお願いしたの?」とありさに訊くと、「秘密です」といたずらっぽく応える。
「先輩は?」「もちろん、戦いがうまくいきますように、だよ」
「あ、それも大事ですね」とありさは言って、「私もそれをお願いしなきゃ」ともう一度
お賽銭を入れて、手を合わせる。
しばらく歩こうかとも考えたが、夏の陽射しは容赦ない。達男が「どこか喫茶店に入って、涼もうよ」と提案する。
「いいですよ」とありさが応える。
「ふーう、クーラーがきいている部屋に入ると生き返るなあ」と達男。注文を取りに来た
店員に、「ぼくはアイスコーヒー」「あたしはアイスミルクティー」とオーダーする。
アイスコーヒーは、冷やされた銅のマグカップに入って出された。
達男はマグカップに直接口をつけてコーヒーをすする。ありさはストローでアイスミルクティーを飲む。
「図書委員会って楽しいですよね」とありさが口火を切る。
「そうそう、貸出窓口は別の人に押しつけちゃって、ぼくたちは奥の部屋でお茶してるんだもんね」
「それで、学校の外にあるドーナツ屋さんからドーナツを買ってきて、一緒に食べましたね」
「うん、ぼく甘いもの好きだから。おみやげは温泉まんじゅうにしようかな」
「あはは」とありさが笑う。この笑顔が達男は好きなのだ。
「先輩って好きな人とかいるんですか?」
達男はいきなりの質問にむせかえる。
「な、なんでそんなこと訊くの?」
「いえ、深い意味はないんですけど……ごめんなさい、ヘンなこと訊いちゃって」
達男は心の中で「好きな人はありさだよ」と応える。
しかしそれは言葉にだせず、ちょっぴり赤くなりながら、「まあ、いるというか、いないというか」と口にだす。
「そういうありさはどうなんだよ」と達男は逆襲に出る。
「あたしも、いるというか、いないというか」
「なんだよ、それ」達男は吹き出してしまう。
結局、散歩といいながら、ほとんどの時間を喫茶店で過ごしてしまった。
ホテルまでの帰り道。達男はありさに「ねえ、お願いがあるんだけど」と言う。
「なんでしょう?」とありさが訊く。
「一緒に、手をつないでくれないかな」そう言った達男の胸はどきんとした。返ってきた答えは「いいですよ」だった。
柔らかな手だった。女の子の手を握るのは、初めてだった。
第三章につづく
連載小説、第二章です。第五章まで執筆する予定です。
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