9枚目 星屑の涙亭
食事のシーンを修正しました 2014.9.11
大幅な修正や加筆をしました。
2014.10.29
2014.12.11
琴花が休んでいる宿屋は星屑の涙亭。
リーズナブルな宿泊料金と肝っ玉女将が作る料理が絶品なのが特徴の宿屋だ。
建物は2階立てだが、他のオクジェイト村にある宿屋と比べると部屋数が少ないのが欠点といえば欠点である。
その宿屋の一階にある酒場兼食堂でエルフの美少年エルと赤髪が特徴のレイ=ステンバーは、本日の打ち上げと今後の行き先についての相談をしていた。
レイは麦酒のグラスを傾け、グビグビと飲み干した。これで何杯目なのか分からない。
「変異種を討ち取った記念に、今日は呑むしかねぇぜぃッ!」
変異種とは分かりやすく説明すると、中ボスみたいな扱いとなる。まぁ中ボスといっても強さにピンからキリまであるが……。
レイは、かなり良い感じに出来上がりつつある。
ちなみに昨日は、ナンパして失敗したから今日は呑んでやるぜッ!とのこと。
何かと理由をつけて呑むのがレイの特徴である。
まぁ呑む人はだいたいそんなものだろう。
「ところでコイロちゃんの事なんだけどねレイ」
「あ?」
「私のことを、初めて見たって言ってたのよ。エルフなんてそんなに珍しくもないのに……」
琴花がエルを見て言った発言に、エルは何となく引っかかりを覚えていた。
その場では怪我人を長く起こしておくわけにもいかないと思い、スルーしたのだが。
この世界では生活している以上、エルフなんて見かけないほうが珍しいのだ。
大昔ならば、ほとんどエルフは森から出ることはなかったが、時代と文明が進み、エルフも外の世界で暮らすようになっている。
「んぁ? まぁそいつは妙な話だが。嘘言ってるんじゃねぇのか? その辺、コイロっちはどうなんだ?」
「まず嘘を言う理由が分からないわ。あと敵意はないかしら。年齢と見た目のギャップには驚いたけれど」
エルは、先程の光景を思い出してクスっと笑う。
まさか二人同時にハモるとは思っていなかった。
そしてそれにひどく落ち込む琴花。
悪いことをしたと思う。
「あーそれな。見た目マジ子供にしか見えなかったし。あれで俺っちより年上だもんな〜。年上っつたら、もう少しムンムンさが出てねぇとなぁ〜っと」
レイは椅子の背もたれにドカッともたれる。
そして近くを歩いていた給仕のお姉さんに、もう一杯同じの頼むぜと注文した。
「で、いつも通りに握手したんだろ? どうだった?」
「剣ダコとかそういうのは全くなかったわ。コイロちゃんは戦闘職という感じではないわね」
エルが初対面に握手するときは、友好的な態度を示すのと同時に、武器を普段から使いこなしているかを確認している。
「なら魔力の波動や流れはどうよ?」
エルフであるエルは、なんとなくだがそういう気配にも鋭い。レイは全くそういうのを感じ取れない。
「魔術師や法術士ってみたいな感じもなさそうね。魔力の念を飛ばしてみたけど、何も反応がなかったわ」
「鈍臭いだけじゃねぇのか?」
ひどい言われようだ。
「多少何かしらの反応はあるはずよ。例えば冷汗とか……瞬きとか……それすらも感じられなかったわ。まるで魔力とは無縁の生活をしてきたみたいな感じ」
「考え過ぎだエル。賢いお前さんは、難しく考え過ぎなんだよ。あぁ吐き気がすらぁ〜な」
「吐くなら、表に行きなさいよね。先日ご迷惑をおかけしたのだから……」
いつ吐いてもおかしくない酒量をレイは呑んでいる。動けるうちに自己処理してもらうしかない。
「でも、私がコイロちゃんを見つけた時に見たあの光は……」
「エルちゃーん、出来上がったよ」
と厨房のほうから声が聞こえた。
注文しておいたものが出来上がった。
「あ、はーい。ありがとう女将さん」
エルは立ち上がり、それを受け取りに行った。
☆
「お腹すいた〜死んじゃう」
ジャンピンにやられた怪我から回復すると、思い出したかのように琴花のお腹が鳴った。
何か食べるものないかと部屋を見回すも、全くない。
ベットから離れたところにあるテーブルを調べるも、そこにあるのは水差しとコップだけ。
【死んじゃうと言うてる奴が死んだ試しはないぞ琴花よ】
「あーあー旅館とかなら、お茶受けの一つや二つありそうなのにな〜」
帰りにお土産として買っていってくださいね的に置いてあるお茶受けは、旅館に着いたときの楽しみの一つである。
【腹が減ったなら、1階に行けば良いではないか。ここは酒場も兼ねておるから、メニューは豊富じゃぞ】
当たり前のことを言うウリエル。
「お金がないのよッ! この世界で使える通貨や紙幣が」
財布の中には残念ながら、日本でしか使えないお金のみ。かといって、ここは世界が違うので両替もできない。無料で食事ができるとは思えない。
さらに宿泊費を払うお金もない。
「このコインで何か買うことできるの?」
【そりゃ無理じゃ。このコインは流通貨幣じゃないならお金としての価値はないぞ。それに怪我人からはお金は取らんだろう、さすがに】
「残念な事に、あたしが住んでいた世界ではお金がなければ何もできないのよ。食事も治療も、寝る所さえも」
【うわぁ優しくない世界じゃの〜。ここはそんな事はないと思うのじゃが】
女神のくせに何を楽観的に考えているのやらと琴花は心の中で毒づく。
【まぁ、あとでエルやレイに頼んでみたらどうじゃ?】
「助けてもらっておいて、さらに頼み事って図々しくない?」
【困ってるときはお互い様じゃろ。どうしてもって言うなら後で返しますから貸してくださいと言えば良いじゃろ】
「うまくいくだろうか……」
【まぁ当たって砕け散るしかないのぅ〜】
「砕け散ったらダメじゃんかッ!」
しかも砕け散る前提で話を進めるなんて死んでもゴメンだ。
その時ドアがノックされた。
「は、はい」
琴花は慌てて眼鏡をかけて、ベットに戻る。
ガチャっとドアを開けて入ってきたのはエルだった。
「ごめんなさいねコイロちゃん、お腹すいたでしょう。女将さんにお願いして、身体に優しいものを作ってもらったわよ」
エルはベットの近くにあるテーブルに料理を置いた。料理のいい香りが、琴花の鼻腔をくすぐった。
「あの、すいませんエルさん」
「エルって呼んでいいわよ。さん付けはどうも性に合わなくて」
クスっと笑みを見せるエル。
わかったと頷く琴花。
料理はミルクスープだった。消化が良いように具は細かく食べやすい大きさにしてある。
「それじゃあいただきましょうか」
エルはスプーンでミルクスープをすくい、フーフーする。
そして……。
「はい、コイロちゃん。あーん」
「え、いや大丈夫です。一人で食べられますから」
「あーん」
「だ、大丈夫ですから……」
「はい、あーんして」
笑顔なのになぜか、エルから得体の知れない威圧感を感じた琴花。これ以上は逆らえないと判断する。
諦めて、エルがスプーンですくってくれたミルクスープを口に入れてもらう。
ミルクスープはまろやかで、優しい味だった。
「ふふ、美味しい?」
「は、はいとても」
「はい、次はお野菜いってみようかしら」
「あ、はい」
琴花は大人しくエルに食べさせてもらう。
そんな事をしてもらったのはいつ以来か、記憶にない。
小さい頃、熱を出したときに食べさせてもらったのが最後のような気がした。
「美味しいです、すごく」
「ふふふ。良かった」
「まさか、この年でそんなことしてもらえるとは思わなかった」
ましてや、ここは異世界。
しかも食べさせてくれているのがエルフの美少年。
口調だけがどうしてもまだ慣れないが……。
挿絵としてならぜひ書いて欲しいワンシーンだ。
「今日くらいは甘えたらいいわよ。はい、次はお肉にしましょうか。すごく柔らかく煮込んであるから美味しいわよ」
エルのおかげで食事が進んだ。
ジャガイモや玉ねぎ、肉も人参も柔らかく煮て……あって……。
肉……。
ジャンピン……。
人参……。
パープルヘイズ……。
「あ、あの……」
嫌な予感がした。
さすがにそれはないだろうと思うが、念のための確認である。
もしかしたら琴花のいた世界と常識が違う可能性もある。
「どうしたの?」
「そ、その……そのお肉と人参ですけど」
「ふふふ、柔らかくて美味しいでしょう」
「ま、まさかこれジャンピンとパープルヘイズ……ですか?」
キョトンとするエル。
だがすぐにクスっと笑みをこぼす。
「大丈夫よコイロちゃん。お肉は鹿だし、お野菜はこの村で収穫されたものだから」
その言葉を聞いて、ホッとする琴花だった。
オイラの住んでいる三重県では、現在ジビエを流行らせようとしております。
鹿肉美味いんだろうか……。
ご愛読ありがとうございます。感謝です。