31枚目 テムステル湖にて
色々とあったが、何とか冒険者証明書を無事に手に入れた琴花。
出身地はオクジェイトと書かれている。
オルガンが融通を効かせてくれたおかげだ。いきなり人様に処女ですかと聞いた変態なのだから、それくらいしてもらって当然。むしろまだ足りない気がするが、それ以上は辞めておくことにした。
「これが冒険者証明書か……」
証明書の大きさは、琴花が持っている免許証とそんなに大差なかった。
違いと言えば顔写真がないことや、固有スキルの有無、種族などが記入されている。
ちなみに冒険者はRankはE。
Eガールである。
「うぅー固有スキル 無……」
何回見てもそこにはそうとしか書かれていなかった。
ウリエルに言われて知っていたけど、改めてこうやって文字として書いてあると、やはり自分はスキルがないんだとガックリとくる。
何かあるだろうと淡い期待を抱いていたのだが、それは粉微塵と化した。
「装備もいいのが合って良かったわね」
そんな落ち込む琴花にエルが天使のように優しく微笑んだ。
琴花は皮の胸当てとマントを装備している。
だが皮の胸当てがズシリと重たく、中学や高校のときにした剣道の授業のことをなぜか思い出した。防具が見た目と違い、重たくて動きにくいかったことも同時に思い出した。
まぁこれで琴花も見た目だけなら冒険者として見られる姿となった。
元の世界で着ていた服だけでは、この世界では妙に浮ついたものとなってしまうからだ。
「動きにくい……」
これで走れと言われても走れる気がしなかった。
回避率は確実に低下だ。
「まぁそれもそのうち慣れるわな、防具があるとないとでは戦いもだいぶ違うからなぁ」
「とにかく慣れよコイロちゃん」
「むしろ今まで防具なしでよく生きてたな、それに感心するぞコイロ」
「う……」
ノイッシュの厳しい指摘。
それまで防具をつける生活とは真逆の平和な生活をしていたのだからそれは無理というものである。
それに初期装備が汚れたコイン5枚と大事に使うのじゃのメモだけだった。しかもそのうち2枚は勝手に使われてしまっている。
RPGですら初期装備に剣と皮の鎧があるというのに……。
「さぁ〜さぁコイロちゃん行くわよ」
テンションの高いエルが琴花の手を引っ張っていく。
「サクサク行こうじぇ」
レイそしてノイッシュがその後に続く。
異世界生活3日目の昼。
いよいよオクジェイト村から魔物が出現するフィールドへと足を踏み込んだ。
☆
「おっしゃ〜楽勝だぜ」
道中、複数のジャンピン達を薙ぎ払い、ガハハと笑うレイ。
「あらよっと」
「はい、おしまい」
ノイッシュもエルも苦戦することなく、複数のジャンピン達を倒して行く。
変異種ではなく、通常種なので実戦経験を積んだエル達の相手ではない。
「コイロちゃんどう?」
エルが視線を向けると、ジャンピンに蹴っ飛ばされてよろける琴花の姿があった。
「ヨレヨレじゃねぇかコイロ。エル、助太刀したほうがいいんじゃねぇのか」
駆け出そうとするノイッシュをエルは手で制する。
「ダメよ、固有スキルが発動できないジャンピン程度倒せないようじゃこれからやっていけないわ。何事も経験が大事なのよ」
「やばくなったら本気で助けに行くからな」
「まぁノイっち。なんだかんだとやれてるような気がする。暖かく見守ってやろうぜぃ」
琴花が相手しているジャンピンは何も持っていない。種族スキルである一閃は発動しない。だからこそ琴花に戦闘を参加させている。
さすがに負けることはないとエルは思っている。
本当は助けてあげたい。
今すぐ駆けつけたい。
むしろ誰よりもその気持ちは強い。
だが今、手を出してしまっては琴花の為にならないことも同時に理解している。
もちろん本格的に危ないと判断したら、ノイッシュよりも速くエルはジャンピンを仕留めるつもりではいる。
ジャンピンの蹴りを羽織ってるマントで防ぎながら対応していく。
後方にジャンプし、ジャンピンとの距離を取る。ジャンピンが琴花にめがけて駆け出す。
「やあぁぁぁ」
琴花は迫ってくるジャンピンに、一歩踏み込んでナイフで獲物を斬りつけた。
斬られたジャンピンはそのまま地面に転がっていく。
「おーし、今だ行けぇコイロっち」
レイの掛け声を背中に受けて、琴花はとどめをさすべくジャンピンにナイフを突き立てた。琴花の勝利が確定した。
☆
オクジェイト村から、しばらく進むと目の前に大きな湖が見えてきた。
テムステル湖。
ダムサス地方の中で一番大きな湖だ。
「わぁ〜大きい」
湖の近くまで駆け寄っていく琴花。
琴花が過ごしていた地域周辺に琵琶湖というのがある。イメージ的にそれと近い。
「あまり近づくと危ないぞコイロ」
「危ない?」
ノイッシュの声に振り返って、首を傾げる琴花。今のところ穏やかな風景にしか見えない。危険があるようには見えない。
水も透き通っていて、そんなに深くはない。
「あぁダムサス地方の中で一番デカイ湖で、色んな魔物がこの水を飲みにやってくる。今のところ陸からの魔物の気配はなさそうだが……」
ノイッシュが念のために辺りを警戒する。
それにレイは気にし過ぎだぜと笑う。
「グワッパは水の中だとちょいと面倒だから、戦うなら湖から少し離れたところがオススメね」
「へぇー」
「おっと噂をすれば魔物の登場だぜぃ」
気配を察知したレイが大剣を構える。
それに続き、ノイッシュやエルそして琴花もそれぞれの武器を構える。
「グワッパなの?」
「残念、コイロっち。あれは予約外のお客様って奴だぜ」
陸の方からそいつはこちらに駆け寄ってくる。
見た目は琴花が住んでいる世界で言うところのハクビシンという動物に似ている。
敵は5匹。
そのうち3匹が速度をあげて先行してくる。
明治あたりに毛皮用として中国などから持ち込まれた一部が野生化したとの説が有力な小動物だ。
「おほぉ、ありゃ〜ハクビーだな。小型だがジャンピンより凶暴だせ」
飛びかかってくる小型の魔物ハクビーをレイは斬り捨てた。ジャンピンより凶暴だという魔物を簡単に倒していく。
「こいつらは噛む力が半端ない。まだ相手にするには厳しい。コイロは今回は引っ込んでたほうがいい」
ノイッシュも負けじともう一匹斬り捨てる。
長年冒険者として培ってきたからこそできる技だ。とてもじゃないが今の琴花では一撃で沈めることはできない。残りはハクビー3匹。
「でも私達の敵ではないわ。だから安心してコイロちゃん」
ハクビーの攻撃をステップで回避し、ナイフを振るう。これで残り2匹。
先行した3匹がやられたのをみて、2匹が鳴き声をあげる。
すると後方より5匹援軍としてやって来る。
合計7匹。
「ありゃ〜やっぱいたかぁ〜」
「え……仲間を呼ぶんですかアレ」
「あの魔物は、1匹見かけたら10匹はいると言われてるからなぁー」
「ゴキブリみたいですね」
ちなみにゴキブリは1匹見たら30匹はいると言われている。自分でゴキブリと言ってから琴花は身震いした。
思い出してしまい、背筋がゾクリとした。
「だが、数は多くても敵じゃねぇよ」
「オラオラオラオラ」
ノイッシュとレイがそれぞれ2匹ずつ斬っていく。エルも負けじと1匹斬っていく。
だが、3人の攻撃を掻い潜った1匹が琴花に向かっていく。
「しまった」
エルが琴花に向かっていくハクビーの後を追う。だが速さでは残念ながらハクビーの方がわずかに速い。
「コイロちゃん避けてぇぇ」
エルが叫んだ。
それと同時にハクビーが走りながら身体を丸めた。
そして丸まったまんま、琴花の脛に体当たりをした。
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