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日常忌憚 おばあちゃん

作者: フジツボ庵

 僕はおばあちゃんが大好きだ。優しい笑顔、温かい言葉。おばあちゃんは僕にとって、太陽のような存在なんだ。


 その日も、僕はいつものようにおばあちゃんと他愛もない話をしていた。学校で出来た新しい友達の話、最近流行っていることや物。おばあちゃんは僕の話を笑顔で、頷きながら聞いてくれた。

おばあちゃんは僕と一緒にいる時、本当に嬉しそうな顔をしてくれる。僕はそんなおばあちゃんの顔を見ると、嬉しくなって、喋りたい事が次々と湧いてくる。

 暫くして、おばあちゃんは突然、僕にこう言った。

「良いかい。おばあちゃんは何時もお前の傍にいるからね…。何か困った事が有ったら、ばあちゃんに言いな―。」

僕はその言葉を聞いて「うん!」と元気良く返事をしたのを憶えている―。

 ある日突然、おばあちゃんが喋ってくれなくなった。

僕が何を問いかけても、呼びかけても、おばあちゃんはただ、ニコニコと微笑みかけてくれるだけ。返事も何も無い。

それでも、僕はおばあちゃんに毎日話しかける。返事が無くても、微笑みかけてくれるだけで良いから、おばあちゃんの温もりを感じていたかった。


‐‐‐


 暖かい日差しが、僕たちの腰掛けている縁側に差し込む。木々はほんのりと色づき、花の蕾は、外界を拝める日を今か今かと待ちきれんばかりに膨らんでいる。

「おばあちゃん、今日も良いお天気だね!あ、綺麗な鳥!ほら、あそこ。見て見て!」

おばあちゃんは僕の後ろで、柔らかい笑みを浮かべながら佇んでいる。

春の温かい日差しを浴びて、僕はそっと目を閉じる。沢山の音が僕の耳に入ってくる。風がふわり、と僕を撫でる音。鳥達の賑やかな囀り。忙しそうに走る、自動車の排気音。犬の心地良さそうな鳴き声。近所のおばさん達の話し声―。

―また…の…かわ…に。

―そ…ね…。まだ…から…。

近所のおばさん達は噂話が大好きだ。今日もやっぱり、飽きもせずに話している様だ。

僕は目を開き、おばさん達の方を見た。おばさん達と目が合った。彼女達は僕の視線に気付くと、気まずそうにそそくさとその場を立ち去った。

「…?」

一体何だったのだろう。僕は気を取り直しておばあちゃんに話しかける。この間描いた絵が、賞をとった事。一人で買い物に行ったこと。沢山の話を聞いて貰った。


‐‐‐


 次の日。僕は隣の智君と公園に遊びに行った。おばあちゃんも笑顔で一緒に来てくれた。

智君は不思議そうな顔をしていた。智君は、おばあちゃんと一緒に住んでいない。おばあちゃんが珍しいのかな…?


 それから、僕たちは、既に公園にいた友達と一緒に、遊んだ。

おばあちゃんは大きな大きな木の下で、微笑みながら僕達を見守ってくれていた。僕はおばあちゃんの方を向いて笑顔を返した。


‐‐‐


 暫く遊んで日も暮れてきた頃。友達と別れ、おばあちゃんと僕は一緒に公園から出た。

夕暮れの帰り道。空は綺麗な夕焼け。空気は少しだけ冷たくて気持ちが良い。

僕は何となく、おばあちゃんの手を握った。少しだけ、硬くて冷たかった。おばあちゃんが昔、「冷え性で困るんだよ」と僕に言ったのを思い出した。


 僕とおばあちゃんは薄暗くなってきた歩道を歩く。

何時もより、少しだけ歩く速度が速い気がする。

T字路に差し掛かった時、おばあちゃんはおもむろにその角を曲がった。

僕は慌てておばあちゃんに声を掛ける。

「おばあちゃん?僕達のお家はこっちじゃないよ?何処に行くの?」

僕の呼びかけに答えることは無く、おばあちゃんはただ、微笑みながら僕の手を引いて進んでいくだけだった。


‐‐‐


 気が付けば、僕らはひっそりと静まり返った田んぼのあぜ道を歩いていた。

家の近くにこんな所があったなんて知らなかった…。おばあちゃんは何でも知っているんだなぁ、と僕は感心した。

でも、薄暗くて、僕らの歩く音しかしないここは、正直に言って不気味でたまらない。それに、歩くのに疲れてきた。僕はおばあちゃんに言った。

「ねえ、おばあちゃん。僕、もう疲れちゃったよ…。お家に帰ろうよ」

僕の言葉を聞いて、おばあちゃんが立ち止まる。そして振り返って僕を見る。

おばあちゃんは、いつも通り、にこやかな笑顔で僕を見つめていた。

辺りは段々と暗くなってくる。青白く輝く月。僕達の他には虫位しかいないこの空間。

じじじ…と遠慮がちな音が鳴り、申し訳程度に灯りが点く。おばあちゃんの顔が半分程照らされ、更にもう半分が影で覆われる。明るい光と暗い影がおばあちゃんの顔を、まるで能面のような、無機質なモノに彩る。月明かりと暗闇、そして静寂がこの空間を包み込む。

 僕は何だかこの状態を怖いと感じた。何でだろう。目の前にいるのはいつもと変わらないおばあちゃんだというのに。僕は段々、この状況に耐えられなくなってくる。

「ねえ、おばあちゃん!帰ろうよ…!」

 僕は少し強引におばあちゃんの手を引いて、来た道を戻っていった―。


‐‐‐


 それから僕達が家に着いたのはすっかり暗くなった後だった。

「ただいまー…」

 僕は小さな声で言った。そうしたら、リビングの方からドタドタと音がしてお父さんとお母さんが出てきた。

「翔太!今まで何処に行っていたの!」「心配したんだぞ!」

 お母さんとお父さんが僕に抱きついてきた。心なしか二人とも声が震えている。

「ごめんなさい…」 僕は兎に角謝るしか無かった。

「もう…!心配掛けさせないでよ…!」

 お母さんがぽろぽろと涙を零している。


 暫くしてから、僕らはリビングの方へ向かった。

そしてソファに腰掛ける。おばあちゃんも僕の横に腰掛ける。相変わらずの優しい笑顔。

―さっきのはきっと気のせいなんだ。だって、おばあちゃんの笑顔は他の誰ものよりも素敵だもの。


「ねぇ、翔太。今まで何処に行っていたの?」

「うーんとね、田んぼ」

お母さんはそれを聞いてびっくりしていた。「そんな所まで行ったの?一人で?」

 僕は首を横に振る。

「おばあちゃんと一緒だよ」

お母さんはそれを聞いた瞬間、目を見開いた。

―どうしたんだろう?

 お母さんは青ざめた顔で、声を荒げて言った。

「翔太!ふざけた事、言わないで!」

僕はびっくりした。「え?何が?どうして?」

お母さんの目からは涙が溢れ出ている。


「おばあちゃんは1週間前に亡くなったでしょう!あなたもお葬式に出て、おばあちゃんにさよなら言ったでしょう!?」


―え?何でそんな事言うの…?

おばあちゃんは僕の隣にいるよ。

おばあちゃんは、何時もと変わらない、素敵で、不気味な笑顔で僕を見つめている―。

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