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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
大海獣島物語編 (長編)
70/72

魔王と勇者と七日目戦争・4

『【 戦 か っ ち ゃ 、ダ メ で す 】

【 み ん な 憎 み 合 わ な い で 】

【 み ん な 殺 し 合 わ な い で 】

【 ………… お 願 い !】』


 マーちゃんこと、【人魚姫】の懇願は聞き届けられた。


 森の奥から姿を現した人魚姫は、眼前の戦闘を止めるために勇気を振り絞ってやってきたのだろう。彼女の目には涙の大粒がこぼれそうになっていた。

 美しい髪も、素肌も、鱗も、尾びれすらも汚れきっている。魔海王たちの制止を振り切って一体だけでここに来たからだ。走ることさえできない彼女は懸命に這いつくばってこの場に辿り着いたのだ。

 目には涙を溜め、華奢な体を震わせながら願い出るようにぐっと手と手を組む。自己犠牲も厭わない、美しく気高いやさしさがそこにはあった。


 彼女が見守る中、勇者・魔王両陣営ともすでに戦意を失っている。お互いを憎しみ合うような殺気も完全に消え去っていた。

 しかしそれは人魚姫の説得の言葉によって、彼らが自分の意思で戦いをやめたわけではなかった。

 勇者たちや魔族たちに彼女の必死の思いが通じたわけでも、身を挺して争いを止めようとする献身の姿勢に心打たれたわけでもない。


『魔力声』である。


 仲良くなったソルレオンでさえ初めて聞いた彼女の『声』。その『声』を聞いた瞬間に、肉体が勝手に戦闘態勢を解いたのだ。

 体が完全に動かないわけではない。だが戦意を持って拳を握ろうとすると、どうしても力が入らないのだ。まるで肉体が戦うことそのものを拒絶しているかのように。


「こ……これはもしや『言霊(ことだま)』なのでしょうか……?」


 勇者陣営の魔術師セラがそんなことを言った。その響きは驚きを隠しきれず狼狽している。

 セラだけでなくほかの者たちが驚いているのも不思議ではない。『言霊』は本来、暗示のようなものであり、これほどまで心身に影響を与えられるようなものではないのだ。



 人魚姫が【人魚姫】たる理由、それは彼女の『魔力声』に秘密があった。


【海の魔物マーメイド】の『(うた)』には魔力が宿っている。それは人々を魅了するような妖しい歌声、そして海を荒らして船を沈めてしまえるような危険な声音だ。彼女たちは輪唱・合唱することで魔力を絡み合わせ、天候まで変えてしまうような強力な『唄』を使いこなす恐ろしい魔物であった。


 そして【人魚姫】の『唄』はそれをはるかに凌駕する強大なものだった。彼女は唄のみならず『声』に、さらに『音』にも絶対的な強制力が込められているからだ。

 彼女の発する一音一音に膨大な魔力が込められており、意味の通る言葉を魔方陣の代わりとして強制力を発動させる。つまりは言霊の強力版である。



「この我にさえ、これほどの効果を発揮するとはな……素晴らしい。実に素晴らしいのである」


 今現在、世界でもっとも強いとされる【魔人王】でさえ人魚姫の魔力声の(とりこ)になっている。彼女の魔力声は「声が届く範囲」と限定的ではあるが、高い状態異常への耐性や強靭な精神力を備えていたとしてもかなりの効果があるらしい。


 ソルレオンの動揺は少ない。むしろ最悪の状況を脱することができたのだから、それを止めてくれたマーちゃんにいくら感謝しても足りないくらいだ。

 そっと目で感謝を伝えると、頬をゆるめた人魚姫はほっと一息ついた。


『【 よ か っ た …… 間 に 合 っ た の で す ね …………】』


 強制力のともなわない魔力声は、人魚姫の心の響きをそのまま伝える。彼女の安堵につられて、その場にいた全員の肩から力が抜けた。もうよほどのことがない限り、もう一度戦闘が始まることはないだろう。

 彼女はその思いのこもった『声』だけでひとつの戦争を止めたのだ。



 最悪の事態を回避できたことはとてもありがたい。だがしかし、まだすべて終わっていない。

 まだ目の前の(・・・・)戦闘を回避しただけなのだ。もたもたしていたら、今度は後方の中央遺跡でガルーダたち増援部隊の襲撃が始まってしまう。


「さて、とりあえず目の前の勇者たちをどうにかしてこの場から追い出すか……。あるいはデュラハンたちを説得してなんとか攻撃を中止してもらわねば……」



『ああーーーーっ! 間に合わなかったーーーーっ!!』



 人魚姫とはまったく違う魔力声が響き渡った。似た『魔力声』とはいえ、これは高位の魔獣が発するただの言葉なので、普通の人間の声と性質はほとんど変わらない。

 叫び声の先には森から姿を現した【魔海王クレイクロウ】がいた。

 クレイクロウさんも海魔らしく陸上では足が遅いのだろう、全力で走ってきたようだがけっきょく人魚姫に追いつけなかったのだ。


 彼と人魚姫はある儀式を行うのためにソルレオンと別れたはずなのだが、けっきょくこの海岸線沿いの広場に戻ってきてしまったようだ。しかもてっきりこの戦闘を止めるために戻ってきてくれたのかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。

 誰も彼もがわけもわからず戦うことをやめて、その影響でひどく混乱している。そこで唯一、魔海王たちに面識のあるソルレオンが代表して話しかけることにした。


「クレイクロウさん、これはどういうことなのだ? マーちゃんはいったいなにをしたのだ?

 それにさっきの『間に合わなかった』とは? マーちゃんは貴様の指示でこの戦闘を止めてくれたのではないのか?」


 矢継ぎ早に質問をする。そこにいた全員が気になっていたのか、これから語られようとする答えを聞こうと、みな一斉に魔海王と人魚姫の方をじっと見ていた。

 クレイクロウさんは勇者たち人間や魔人王の部下の姿を見てしばし考えていたが、やがて意を決して語り始めた。



『人魚姫の「魔力声」は特別なんです。

 その強力な効果や強制力に関しては、すでにみなさんが実感したことでしょう。しかも彼女の声の効果は人間や魔物だけでなく、物質や非生物など、ありとあらゆるものに対して発揮されるのです』


 やはりセラが推測した通り『人魚の唄』や『言霊』の上位・強力版だという。「止まれ」と言えば止まるし、「死ね」と言えば命令通りに死ぬ。その『声』を聞いたものは決して逃れることはできない。


『その声に宿る魔力が強大すぎるがゆえに、彼女は自由に話すことさえできない。

 しかし心やさしい彼女はそんな運命に嘆くことなく、己に課せられた役目を受け入れてくれたのです』


 その『声』は封印に使われていたという。敵が倒せないほど強大であっても、「眠っていて」と命じることにより封印し続けることができる。しかし【封印の唄】は消耗も激しいため、一度使うだけで声と魔力が枯れてしまうのだ。


『人魚姫が歌えるのは月に一度、満月の夜だけなのです。

 彼女が普段まったくしゃべらないのは、このために魔力を回復させて温存するためだったのです。しかし、今…………』


 勇者陣営と魔王陣営の戦いを止めるために『声』を使ってしまった。

 封印するためにとっておいた貴重な魔力を消費してしまった。


 これにより、魔王ソルレオンが想定していたこと意外の出来事が起こる。



 ――――大地が揺れた。



『ああっ、やっぱりこうなってしまった……っ!!』


 海獣島全体がグラグラと揺れていた。

 その震源地は中央遺跡――――いや、その真下にある『奇岩城』からだ。信じられないほど莫大な魔力の鼓動が脈打っているのを感じる。


『この海獣島は――いいえ、【魔海】はもうおしまいです……っ!

 みなさん、一刻も早く逃げてください。戦っている場合ではありません! 少しでも遠くへ逃げてください!』


 クレイクロウさんがこの場にいる全員に訴えた。

 そこには人間だの魔族だとのいう意識はない。今お互いの目の前にいる敵よりも、これから復活するモノのは彼らをはるかに超越した『恐ろしい大怪物』なのだ。敵味方の区別なく皆殺しになるだろう。


 人魚姫は自分がしてしまったことの重大さに気付いた。

 彼女は悪気があったわけではない。ただソルレオン(友だち)を助けたかっただけだ。


『【 …… あ 、あ っ 、わ 、私 は 、な ん て こ と を …… っ 】』


 彼女の動揺が『声』とともに伝わってくる。

 しかしもうすでに魔力が枯れ始めてしまったのか、先程のように同調してしまうほどの強制力はなくなっていた。ましてやこの天変地異を引き起こすような『怪物』を封印できるほどの魔力が残っているはずがない。


『人魚姫のせいではありません。いずれこうなってしまうことは予測できていました。その対策が取れなかった私の責任です。

 いいえ、そもそも私が「彼」を倒してしまったことが原因なのですから……』



 ――――大地が激しく揺れる。



 震源が動いたからだ。よりいっそう地面が激しく揺れているため、まともに立っていられなくなる。島全体が沈没してしまってもおかしくないほどの揺れ方だ。


 地面の揺れが収まると、今度は大海原に変化があった。

 巨大な水柱がいくつも上がった。いつぞや地底湖でソルレオンが水切りをした時のものと同じ大きさのものだ。それがいくつもいくつも立ち昇っている。

 少し前まで静かだった魔海は大荒れだ。まだ規模は小さいが津波まで巻き起こっている。



 ――――白く巨大な塊が水面から弾き飛ばされた。



 それは【魔海王の第一の家来クラーケン】の巨体だった。信じられないことに空を飛んでいる。



 ――――長く巨大な綱が水面から弾き飛ばされた。



 それは【魔海王の第一の家臣サーペント】の巨体だった。彼女もまたすさまじい力で吹き飛ばされている。


 海獣島の海岸に叩き付けられた二体の大型海魔は瀕死の状態だった。それでも最後の力を振り絞って主君に伝えようとする。


『……ク、クレイクロウさん……逃げて、くれ…………アイツが、復活しやがった…………』

『ア、アタクシたちでは……止められません…………人魚姫、も……は、はやく…………』



 ――――ひときわ巨大な水柱が立った。



 それは水柱ではなかった。大量の水を纏った胴体だ。

 サーペントにも似た体を持った巨大な海魔だ。しかもその巨体はクラーケンすらもはるかに凌駕している。


 その正体は古い伝説にもなっている怪物だった。

「海を司る大怪物」と呼ばれ、かつて【魔海の暴君】と恐れられた竜の亡骸。



『――――――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!』



【大海竜 リヴァイアサン】があらわれた。




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