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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
魔王城と最終決戦編 (一話完結)
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魔王と門番と大丈夫な装備

 魔王城の城門は常に開かれている。


 堅牢な城壁は背伸びした巨人の上背をも越え、壁上に設置されたバリスタや大砲は中空から襲来する怪鳥や飛竜をも撃ち落とす。その牙城を打ち崩すのは限りなく難しい。

 裏門は大岩で塞がれ、城内へと続く隠し通路も存在しない。

 魔王城の正門は、唯一の入り口であった。


 そして正門に立ち塞がる二体の強力な【門番】こそ、数々の勇者たちを退けてきた獣頭人身の怪物ゴズーとメイズである。


 勇者たちが魔王に挑戦するためには、必ずそこを突破しなければならない。

 魔王と戦うに値するか、勇者が試される最初の関門であった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 百年前に王国が魔王に占領された頃よりずっと、かつて王城を取り囲んでいた街並みはすべて廃墟同然となり果ててしまった。

 長い年月を風雨にさらされ、住む者を失った家屋はやがてばらばらに朽ち果てた廃材やなにも残っていない跡地になってしまったところも少なくない。わずかばかり壁と屋根が残っているだけの廃屋では、とうてい日常生活など送れはしない。

 その地域を縄張りとした魔族でさえ、廃墟の街に近付くことは滅多にない。たまに巡回警備をしている魔王の部下がやってくるくらいだ。


 だからこそ、そこは身を隠すにはもってこいの場所であった。


「……どうやら事前に得た情報通りのようだな」


 ある廃屋の陰に身を潜めている者がいた。

 その男は身を低くして望遠鏡を使い、城門の様子をじっくりとうかがっていた。


『神は言っている、ここで行く運命だと――』

「ああ、わかっているさ。門番が一体しかいない今こそ最大の好機だ」


 男は立ち上がり、武器を手に取った。


 鈍色の片手剣である。それは無銘であったが、長年使い込んでも刃こぼれ一つしないなかなかの業物だ。逆の手にはこれもまた特徴の少ないありふれた丸盾を装備している。

 彼の装備はまるで(いにしえ)の剣闘士。動きやすさを重視したそのブロンズの甲冑は最低限の部位と急所だけを守っている。シンプルであるが悪くはない。

「ほかにはなにもいらない」と絶大な自信の表れだろう。男の表情からもそれは見てとれた。


『そんな装備で大丈夫か?』

「大丈夫だ、問題ない」


 それもそのはず、その男には【守護天使】が憑いていた。

 これまでの戦いも守護天使の囁きによって勝利を掴んできた。『守護天使の加護』によってすべてうまくいくという確信が彼にあった。

 彼の持つ『守護天使の加護』とは勝機を見い出す能力だ。対面した相手の動きや思考を読み取り、確実に勝利する方程式を組み上げる。すべて(・・・)を見通していれば、敵の攻撃を避けることも、こちらの攻撃を当てることも実に容易い。

 強いて弱点を挙げるとすれば、複数を相手にすると読み取る情報が混ざってしまい、混乱してしまうことだろう。だが今回、常に二人組であるはずの門番は一人しかいない。

 一対一ならば必ず勝てる。そう、勝利は盤石のはずだ。



「門番よ、大人しく道を開けてもらおう」



 男はその【門番】に相対した。

 意外なことにその相手は魔王城門番として有名なゴズーとメイズ、そのどちらでもなかった。

 全身を頑強な大鎧に身を包んでいるが体格は人間と大差はない。大盾とハルバートを構えたその姿は王国であった頃の門番を彷彿とさせた。

 燻した銀色の鈍い輝きの面当てのむこう側で男を注視したのがわかった。

 わずかな呼吸音から生きて動いていることがわかるが、大鎧の門番は不気味に棒立ちしたままそれ以上動こうとしない。


「……立チ去ルガイイ、ソノ程度ノ装備デハ、我ヲ倒スコトナドデキヌ」


 門番が面当ての奥からくぐもった声を発して警告をした。

 男はその警告を聞かず、自信過剰に笑った。


「大丈夫だ、問題ない」

『焦る必要はないさ、時間はいくらでもあるんだ』


「……此処ヲ通リタケレバ我ヲ倒シ、ソノ力ヲ示スガイイ」


 門番は大盾を持ち上げて防御の構えを取った。ハルバ-トを突くように構え、完全に『待ち』の姿勢だ。見た目どおりの防御型で、本来の門番である牛頭馬頭とは真逆の戦法だ。


『っ!? 神は言っている、ここで死ぬ運命ではないと――』

「ああ、わかっているさ」

『違う、待て――』


 男も盾を構えた。

 門番を中心に円を描くように移動して攻撃を誘い出す。ハルバートのような長物は振り回した後の大きな隙が弱点だ。

 門番の突きを盾でいなす。

 そのまま盾をぶつけるように突進した。

 一度その懐に入ってしまえば長いリーチが仇となる。

 男の優位は揺るがない。 


「もらったっ!」


 大鎧の継ぎ目に剣先を突き刺す。

 だが、皮膚とは思えない堅い感触が刃を拒んだ。


「……」

「な、なにぃ!?」


 門番はハルバートを手離した。

 そのまま動揺している男の胴体に堅い拳を叩き込む。

 彼の装備していた甲冑は一撃であっけなく砕け散った。


「ぐえぇぇぇええ」


 続けて顔面を撃ち抜かれ、男の意識は寸断された。

 


『あぁ、やっぱり今回もダメだったよ、あいつは人の話を聞かないからな』



 勝敗を決したことを悟り、門番は兜を脱いだ。燃えるような炎髪が風にさらされる。


「ふう……だから言ったではないか。その程度の装備では我には勝てんと」


 今度は中空にむかって語りかける。


「守護天使よ、こいつが目覚めたらちゃんと伝えよ。今度は『一番いい装備で来い』とな」



【門番】に扮した魔王ソルレオンはそう言い放った。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「――――ということが、先日あったのだ」


 休暇を言い渡した門番ズの代わりに、魔王自らが【門番】を務めた時のことだ。


「その身にわずかばかりの力を宿しただけの矮小な存在で、この魔王ソルレオンに立ち向かおうなどという(やから)が増えてきたとは思わぬか?」


 魔王が独白のように言葉を続ける。


「勇敢さは認めよう。挫けぬ挑戦心も評価に値する。だがしかし、それらと無謀無策な突撃とは明らかに別物である。戦いは遊びではないのだ! 怪我もすれば、死ぬ危険もある」


「あの、つまりは……どういうことなのでしょうか?」


 集められた幹部を代表してセラが問うた。

 ほかの面々もよくわかっていないように見受けられる。


「うむ、つまりは――――


 この魔王城に直行(・・)できないようにしようと思っているのだ」


 元・千年王国の王都であった魔王城周辺地域は、実は交通網が発達している。百年間ほとんど整備をせずとも荷馬車が通る程度ならば十分に利用できるくらい立派な道路が残っていた。

 そしてそれゆえに比較的簡単に魔王城に辿り着けてしまうのだ。


「これまでは別にそれでもよかったのだが、今までに戦った勇者たちのことを考えると、やはりもう少し鍛えてから魔王城に挑戦してくれたほうが良いのではないかと思う」

「どうやって勇者たちを鍛えるのですか?」

「それなんだが、『回り道』をさせようと考えているのだ」


 魔王城に最短距離で辿り着かせず、あえて辺境や他国を冒険させることで経験を積ませ、勇者たちを強化していこうという案である。

 時間は掛かるが、これならば良い経験を積ませるのに最適だろう。


「では魔王さまは『量』より『質』を取るということなのですね?」

「そういうことであるな」


 それを聞いたセラは小首をかしげた。小さな口元に手を添えて、形の良い眉をひそめる。


「……どうやって『回り道』をさせるのですか? まさかとは思うのですが……」

「フハハ、その辺りに抜かりはない! もちろん強力な装備の数々をばら撒いて――――」

「――――絶対にダメですっ!!」


 セラは噛み付くように叫んだ。


「いったいいくら掛かるとお思いですか!? なんのために普段から松明の消費を抑えて節約していると思っておられるのですか!」


 意外なところから魔王軍の台所事情が判明した。魔王城の内部がいつも薄暗いのにはちゃんと理由があったのだ。


「いや、だって……」

「『だって』ではありません! ダメです!」

「もう…………作らせてしまったし……」



「――――っ!? ま・お・う・さ・ま~~~!!」



 魔王は周囲に助けを求めるように視線を投げた。もちろん誰も視線を合わせようとしない。ゴズーたちがお土産にと持ち帰った『迷宮饅頭』を夢中になって頬張っている。

 魔王とは孤独な存在である。


「魔王さま、三カ月間『お小遣いなし』です」

「なっ!? そんな、あんまりではないか!」

「口答えしましたね。『おやつも抜き』です」

「~~っ! ~~っ!?」


 魔女は非情な存在である。


 セラは魔王の分の饅頭をひったくると、一口で呑み込んでしまった。ろくに味わいもしない。

 噛まずに強引に呑み込んだせいか、途中でつっかえてしばし悶えていたが、やがて平静を装うように咳ばらいをした。

 一緒に溜飲も下がったのか、落ち着いた表情に戻っている。


「すでに作ってしまったものは仕方ありません。その装備品はどうするのですか? ただ単純にばら撒いてしまうのですか?」

「…………いいや、この前のように【六魔将】やそのほかの領地の支配者どもに守ってもらうのだ」


 魔王たちの目の前に用意された武器・防具一式は、素人目でもはっきりとわかるくらい神々しい魔力を放っていた。すべて『光属性』である。



「【伝説の武器】と【伝説の防具】を各地域にばらばらに配置するのだ。そしてこれが大事なのだが、


『伝説の装備を揃えなければ、魔王は倒すことができない』


 と大々的に宣伝するのだ。そうすれば勇者たちは伝説の装備を集めるために各地を回ってそこのボスとも戦い、自然に強くなっていくはずなのだ」



 立ち直りが早い魔王はいつもの調子に戻っていた。


「さらに――――」

「なんですか? その錆びた剣は?」


 魔王はよくぞ聞いてくれたとばかりに嬉々と話す。


「実はこれは封印を施してある剣なのだ。このままでは饅頭ですら満足に斬れぬナマクラよ。

 だがしかし封印を解けば【ソルブレード】に匹敵する――いや、それ以上の強力な【力】を秘めた史上最強の剣に変化するのだ!」


【覇者の剣】

 そう名付けた、今は錆びた剣。真の所有者の手に渡ることを願い、いつかその封印を解かれることを待ち望んでいる。


「その封印された錆びた剣はどうするおつもりで?」

「フハハッ! これは『始まりの町』の武器屋に売ることにしたのだ」


『始まりの町』とは多くの冒険者が最初に訪れる町の通称である。もちろんまだ見ぬ勇者候補も一度はそこへ必ず訪れる場所だ。


「まさか最初の武器屋で売っている錆びた剣が『最強の剣』だとは誰も思わぬだろう。だがその意外性が面白いと思うのだ。どんなことにも遊び心は必要である、フハハハハ!」


『天に采配を任せる』とはこのことだろう。

 だがひょっとしたら【伝説の武器】とこういう出会い方をする者こそが【真の英雄】【真の勇者】なのかもしれない。



「…………三カ月分ではぜんぜん足りないようですね」

「え”っ?」


 だが魔王を窮地に追い詰めるものは、意外に武器ではないのかもしれない。



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