魔王と勇者と七日目戦争・3
「ドーモ。魔王=サマ。デュラハンデス」
「むむ? すまぬ、もう一回言ってもらえぬか」
【悪魔騎士 デュラハン】の声?はただでさえ聞き取りにくい。にもかかわらず珍しく兜を装着しているので、くぐもった声はさらに聞こえにくくなっていた。
「魔王サマ。コノデュラハンメガ来タカラニハ、モウゴ安心クダサイ」
「うーむ。なにを言っているのか、さっぱりわからぬ」
デュラハンは抜き放った大剣を冒険者たちに向けた。
「愚カナル人間ドモヨ。魔人王サマニ刃ヲ向ケタソノ罪、ソノ身ソノ魂デ償ッテモラオウ」
「えーとぉ……ごめんさない。もう一回お願いします」
デュラハンがその身を怒りで震わせた。
「――――キサマラァァァァ!! 許サヌ! ゼッタイニ、許サヌゾォォォオオオ!!」
赤き眼光が激しく明滅する。瘴気が渦巻く絶叫が鳴り響く。
デュラハンの激昂を合図に、上空から悪魔どもが次々に降り立った。
ここに魔人王配下の幹部と精鋭悪魔十体が集結した。
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悪魔騎士デュラハンの登場により、戦いは一度仕切り直された。
勇者陣営十三名。勇者エレンを始め、数名の元勇者という実力者がいるなかなかの陣営だ。さらに後方にはシドの船が控えており、艦砲射撃だけでなく船乗りたちが援護に駆け付けることもできる。
魔王陣営十一体。魔人王軍の大幹部であるデュラハンを始め、彼が直々に鍛えた強力な悪魔たちが脇を固めている。さらに彼らを空輸してきたガルーダたちが後方に控えていた。さらにさらに魔人王を加えれば総勢十二体となり、勇者陣営の数の有利はほぼなくなる。
勇者陣営は海側に、魔王陣営は森側に別れて睨み合っている。ちょうどデュラハンたちが中央遺跡に辿り着けないように通せんぼしているカタチだ。
そして魔王ソルレオンはそのド真ん中にいた。
「魔王サマドイテ! ソイツラ殺セナイ!」
憤激しているデュラハンは今にも襲いかかり、斬りかからんばかりの勢いだった。対する勇者たちは突然空から降ってきた悪魔たちに動揺を隠せず混乱している。
彼を怒らせた原因の三分の二は魔王なのだが、デュラハンは忠臣なので魔王に危害を加えることはない。むしろこのままの流れではデュラハンが八つ当たりで無双してしまう危険な状況だ。
「ええい! 静まれえええええいっ!」
「――――グボハアアアアアア!」
やむなく魔王はデュラハンにラリアットをぶちかます。吹き飛んだ兜がむこうまで転がっていった。
「【闇の六魔将】ともあろう者が、醜態をさらすでない!
我らはもっと、こう……ガツガツせずに、ちょっと斜に構えているくらいがちょうどいいのだ。『えっ、なに? 俺と戦おうっての? ホントいいの? 俺ってば超強いよ?』という感じでな」
「モ、申シ訳アリマセン。取リ乱シマシタ……」
「うむ。よいのだ」
部下に取ってきてもらった兜を小脇に抱え、デュラハンは素直に頭?を下げた。
きっと久しぶりに会った魔王を前にして興奮してしまったのだろう。しかもなかなかカッコいい登場の仕方であった。登場するタイミングもばっちり決まっていて、いかにも魔王がピンチのところを間一髪で間に合ったような熱い展開であった。
六魔将が一角【悪魔騎士 デュラハン】と、彼が率いる精鋭悪魔十体。彼らは頼もしいほど戦意にあふれており、相手が強敵の勇者であろうが英雄であろうが構わずに血に酔いしれて奮戦するだろう。
だが魔王ソルレオンとしては心中複雑なことに、彼らが戦意にあふれていてもらっては困る。このまま乱戦に突入してもらったら、非常に困る。
まずはいきなり全面戦争にならないように、双方ともに落ち着かせることが先決だ。
「それで、デュラハンよ。貴様がいったいどうしてこの海獣島に……?」
「ハハハ、サスガハ魔王サマ。勇者ドモニ堂々ト背中ヲ晒シテ、悠然ト会話ヲ続ケルトハ。ソレニ比ベ、私ハナントミットモナイ姿ヲ……。
エッ、私ガココニイル理由デスカ? ソレハモチロン『アノ伝令』ヲ拝見シタカラデス。イヤハヤ、魔王サマハ冗談モオ上手ダ」
「むむ? さすがに合点がいかぬぞ。たしかに伝令を頼んだのだが……」
「我ラ魔人王軍総員、準備ハデキテオリマス!
サア、始メマショウ『 世 界 征 服 』ヲッ!!」
『世界征服』。その言葉を聞いた周囲の悪魔たちが一斉に鬨の声を上げた。やる気満々だ。文字通りに血沸き肉躍るとこうなるのかと思うほど熱狂した声を上げ、目の前の冒険者たちにギラギラした視線を向けている。
ここにいる悪魔たちは本当にたった十体だけなのかと我が目を疑いたくなる光景だ。彼らの迸るような狂喜の渦と魔力の放射は、並みの魔物ならば数百体にも匹敵する力だ。
デュラハンはさらに笑いながら言う。
「コノ私メト十体ノ悪魔ハ、マダホンノ一部ノ尖兵ニ過ギマセン。
ガルーダガ率イテイル空輸部隊ガ、次々ニ我ラノ眷属タチヲ海獣島ニ上陸サセテオリマス。モウソロソロ中央遺跡ニ別働隊ガ直接乗リ込ンデ、スグニ魔海王ノ本拠地ヲ制圧スルコトデショウ」
「な、なんだと!?」
その宣言と彼らの様子に、魔王ソルレオンはさあっと血の気が引いた。
なんとこの場にいるデュラハンたちだけでなく、ガルーダ部隊が次々に増援を海獣島に送り込んでくるという。しかも彼らの目的は『魔海王を倒すこと』『海獣島を占領すること』なのだ。偉大なる覇業『世界征服』の第一歩として。
「……まずいまずいまずい、まずいぞおおおおおお!」
戦闘を回避したいソルレオンにとって、洒落にならないほどヤバい状況になっている。
勇者エレンを始め、冒険者たち勇者陣営には海獣島から出ていってもらえればそれで十分なのだ。最悪、ほどほどに足止めをしてから魔海王たちと一緒に追い返せればいい、それだけでよかった。
だが悪魔騎士デュラハンたちはどうだろう。
彼らはめちゃくちゃ殺る気だ。しかもデュラハンたち魔王陣営は、勇者陣営を全滅させるだけではおそらく終わらない。勇者たちを血祭りにあげた勢いで、そのまま魔海王軍を全滅させるだろう。一度戦いが始まってしまったら血気盛んな悪魔たちを止めることは難しい。
ソルレオンは魔海王と戦う気はない。それどころか一時的な協力関係になっている身だ。勇者たちを倒した魔王陣営がそのまま魔海王たちに戦いを挑んでしまえば、その長たる魔人王ソルレオンが裏切った形になる。義理や借りのことを考えれば、そんなことはもってのほかだ。
「ああっ! どうすればよいのだ……っ!!」
ひどくあせっているからか、思考回路がどうも『悪の魔王』っぽくない。そんなことにさえ気付かないソルレオンは本当に、本当にあせっている。
それでもぱっと思い付いたのは『力尽くで、両陣営を止める』という方法だ。実にソルレオンらしい。
しかし『力尽くで~』の問題は、魔王単体で二十を超える数の人間・悪魔を殺さないように手加減しながら戦わなければならないということだ。ただでさえ相手取る数が多いのに、厳しい条件が彼を縛ることとなる。
そしてさらに問題なのが、どうしても時間がかかってしまうということだ。時間がかかってしまえば、その間にガルーダ部隊が魔海王たちを襲撃してしまう。今の魔王には厳しい時間制限まで付いているのだ。
「せ、世界征服だと!? そんなことぜったいにさせんぞ!」
「魔王め、貴様の思い通りになどさせるものか!」
「今、ここには俺たちしかいない。いや、だからこそ――――」
「――――そうだ! ボクたちで魔王の野望を阻止するんだっ!!」
先程の『世界征服』という言葉に反応したのは、勇者たちも同じだった。
勇者陣営も威勢を取り戻していた。さっきまでの動揺がすっかりと消えさり、全員の目には決死の覚悟が宿っている。
ここにきて勇者たちまでもがやる気を出してしまった。さらに彼らにはほかにも『竜化石を採ってくる』『格闘家ソルを救出する』という立派な理由まであるのだ。そもそもぜったいに逃げるわけがない。
つまりソルレオンは、
『ぜったいに退くことはないであろう、やる気満々・戦う気満々の勇者陣営十三名+α・魔王陣営十一体の両陣営をなんとかして戦わせないように立ち回り、勇者陣営が求めている『竜化石』『格闘家ソル』をどうにかして手に入れて差し出し、魔王陣営には『まだ世界征服はしませんよ』となんとか説得して帰ってもらい、なおかつガルーダの別働隊が魔海王たちを攻撃・制圧する前にどうにかこうにかすべてを終わらせ、自分は『変化の秘薬』を受け取ってなに食わぬ顔で勇者エレンのところへ戻る』
と、いうことをしなければならないのである。
……これ、なんてムリゲ?
総員が戦闘態勢になった勇者たちに触発されたのか、悪魔たちも牙をむいて威嚇をし出す。両陣営の睨み合いがさらに悪化した。
魔王ソルレオンそっちのけで激闘が始まろうとしている。勇者陣営も魔王陣営も(魔王を除く)、もうお互いを完全に『殺すべき敵』として認識していた。
戦端を開くのは人か、魔か。
ソルレオンがやぶれかぶれで全員をぶん殴って気絶させようと、両の拳を固く握り締めた。
『【―――――――― や め て く だ さ い !】』
突然、魔力の声が響き渡った。
その制止を求める声に、その場にいたすべての生物が止まった。
勇者陣営も、魔王陣営も、誰も彼もが動きを止めた。その懇願の叫びを聞き届け、そこにいた全員の戦意と殺気が失われたように感じる。
魔人王ソルレオンもまた、戦うための拳をぱっと解いた。
その不思議な魔力声の出所――――森の奥を振り返って探す。
そこにはマーメイドの【人魚姫】がいた。
その時ソルレオンは、初めてマーちゃんの『声』を聞いた。




