魔王と勇者と七日目戦争・2
勇者とその仲間と冒険者たち、その全員が一斉に攻撃を仕掛けてきた。
謎の変態がまだセリフをしゃべっていた時だったので、ほとんど不意打ちのようなものだ。十発を超える攻撃が彼に直撃する。
「ぐわああああああああああ!!」
爆発、爆発、爆発、また爆発……。
攻撃が命中するたびに変態の肉体が大げさにはね回る。ただの矢じりや攻撃アイテムを投げつけられただけなのにそれが不自然に爆散していた。なぜか斬撃も爆発している。
勇者たちはそのおかしなことに気付かなかった。余裕がなく、一心不乱だったからだ。
総勢十三人の勇者や冒険者たちが手を休めることなく攻撃を続けていた。
しかし全員が変態に近付くことなく遠距離攻撃を撃ち込み続けている。その弾幕が苛烈を極めたこともあるが、最大の理由はやはりただ変態に近付きたくないからだ。いつの間にか船からも援護射撃が加えられていた。
「――っ!? きゃああああああああああっ!」
冒険者の一人がなにかに気付いて叫んだ。
その恐怖に染まった声を聞いた仲間たちが、なにごとかと攻撃の手を止めた。
もうもうと立ち込める砂煙。
変態のあの恐ろしい姿は見えなくなっていた。いや、あれほどの一斉攻撃を食らっては、いかに変態とはいえどもはやチリのひとつも残ってはいないだろう。
「――――フハハハハハハハハハハッッ!!」
だが、そんな砂煙の向こう側には人影があった。しかも余裕の高笑いをしている。
「――っ!? ば、バカな……っ!?」
「そんな、ウソだろう……っ!?」
「なん、で…………」
「あ、ああ…………うああ……っ」
そしてうねる砂煙を吹き飛ばし、邪悪な笑みを張りつけた魔人がそこにいた。
「ぎゃああああ! ふざけるな、ふざけるなよ!?」
「ええ、きっとこれは夢よ。これは悪い夢……」
「やっとあの変態を倒したと思ったのに……」
「…………俺、もう帰っていいっすか……?」
【闇と炎の魔人王 ソルレオン】があらわれた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
勇者たちからすれば、これは悪夢のような連戦だ。
自分たちが持っている最大火力を瞬時に発揮し、あっという間に変態を討滅した。これはなかば本能からくる怖気と嫌悪感により手加減がぶっ飛んだだけなのだが、普通の相手なら明らかにオーバーキルだ。
始めから魔王がいることは知っていた。だがさすがに海獣島に魔王だけしかいないものとは考えておらず、どこかに部下の魔族魔獣が潜んでいるものなのだろうと勇者たちは想像し警戒していた。
案の定、上陸してすぐに邪悪な(性癖の)化身ともいえる変態が襲ってきた。即座に撃滅した。
そして続いて【魔人王ソルレオン】が出現する。
これまでが島の中央遺跡付近で出現していたため、エンカウントするならそっちだろうとタカをくくっていたのだが、まさかまさかで予想を裏切り上陸してすぐにあらわれた。
「……貴様ら、あれは……さすがにひどいのではないか?」
ソルレオンの顔は真っ黒に汚れている。わざわざ巻き上げられた砂塵をかいくぐって登場したのだから当たり前なのかもしれない。
だが、それよりも見慣れない防具の存在感が、勇者たちの目を吸いつけた。
【闇の衣】
ありとあらゆる攻撃を無力化するこの無敵の防具。以前に闇の衣を見たことがある者たちならば首を傾げただろう。その禍々しく濃密な瘴気が本物の衣服のようにカタチを得ていた。
その闇の衣は、まるで暗殺者が着る漆黒のロングコートのように魔王の全身をきっちり包み込んでいる。潮風に裾がなびく様は本当に布製の衣服のようだ。
魔王は襟を立てて顔を隠した。
「危なかったですわ。服を着てらっしゃるように見えますわ……」
ぽつりと漏らした呟きは誰のものだったのか。
「ううむ、下半身のコンブだけはぎりぎり焼け残ったか。危うくポロリするところであった……」
こっちは誰の呟きだろう。
そういえば装備が全壊しても、鉄壁以上の防御を誇る部位があるという。根も葉もないうわさ程度の話だが、主に股間周辺の衣服はぜったいに壊れないという不思議な伝承だ。
というか長いコートと、その下に身に着けた一枚のコンブ……変態は、まだ消滅していない。
魔王は咳払いをして勇者たちを見た。
「フハハハハハ、なかなかの猛攻であった。だがしかし、まだ足りぬ! この魔人王を倒すには、まだまだ足りないのである」
勇者たちも、冒険者たちも、みな青ざめている。ここにいるほとんどの人物が最低一度は魔王と戦って敗北を喫しているのだ。
いくら勇者たちが数で圧倒しているとはいえ、魔王ソルレオンの圧倒的な力の前には躊躇せざるを得ない。
「どうした? こないのか?
ならばこちらから――――こちらから、あっ。貴様らが攻撃してくるまで、こちらは悠々と待たせてもらおうではないか、フハハ」
いつもの癖で真っ先に戦いを始めようとするが、途中で思い止まった。何度もいうが今回の目的は『時間稼ぎ』だからだ。
敵を目の前にしても、彼らから話しかけなければその場を動かないのはもはや伝統芸だ。
「ぼ、ボクが、魔王を足止めするよ」
震える声で自ら進み出たのは【勇敢なる者】勇者エレンだ。
一瞬、誰も彼もがエレンのその言葉を理解できなかった。一拍遅れて、全員がその自殺行為をやめさせようとエレンを説得し始めた。
「ああ、【勇敢なる者】よ。やはり、貴様は……」
そしてその意味に気付いた時、魔王ソルレオンの心は震えた。
一方の勇者たちは魔王の存在を忘れてしまったかのように説得を続けている。
「嬢ちゃん、さすがにそれは無茶だぜ」
「ああ、せめてわずかでも勝ち目がある人が戦うべきだ」
「ちがうよ。今は勝てなくてもいいんだよ。魔王をこの場に足止めするだけでいいんだ」
エレンの決意は固い。
「みんなは『竜化石』を採ってきて。少しでも強い人が中央遺跡に行った方がいいよ。なにが待ち受けているかもわからないし、だからこそちゃんと帰ってこれる強い人たちが行った方がいい」
それがエレンの判断だ。悪くはない判断だ。だが、
「ほほう。だがしかし、この我の力をいささか見くびり過ぎではないか?」
ソルレオンは面白がるような声で言う。
いかに勇者といえど、魔人王を一人で相手取るには力不足だ。
「――――ならばわたしが加勢しますわ」
「――――いいえ、自分たちが、です」
魔術師セラと聖職者ミカが前に出る。
ソルレオンは内心「しめた!」と喜んだ。セラと戦う振りをすれば、こっそりと変化の秘薬を受け取れるかもしれない。もっともその時はセラのどんくささが若干心配だが。
それにこの会話の流れならば、ひょっとしたら残る冒険者たちも次々に魔王と戦うことに志願してくれるかもしれない。時間稼ぎの足しになってくれれば、それはそれでいいのだ。
「セラ、ミーくん……ありがとぉ。
じゃあほかの人たちは『竜化石』を。あと『格闘家ソル』のことも、お願いします」
「…………わかった。必ず依頼は果たそう」
「チクショウ! かっこいいぜ、嬢ちゃん!」
「ぜったいに死んだりしたらダメよ。無理しないでね」
「パパッと行って、パパッと戻ってくるからな。それまで耐えてくれ」
勇者エレンの覚悟に心を打たれたのか、冒険者たちは移動の準備を始めた。
マズい。完全に想定外だ。冒険者たちが二手に分かれられると、ソルレオン一体だけでは防ぎ切れなくなる。囲まれるのならばまだしも、中央遺跡まで走られてはどうにもならない。
「おいっ!? 貴様ら、ちょっと待つのだ――――」
「お前の相手はボクたちだよっ!」
エレンの剣が魔王を遮った。
ソルレオンは斬撃をやすやすと受け止めるが、今はそんなことをしている場合ではない。
「彼らのところへは行かせません!!」
ミカの光の鉄槌が襲いかかる。
大振りの強打撃は難なく避けられるが、その後でミカたちがその身を挺して邪魔をしてくる。あくまで魔王の足止めが目的のようだ。
いつの間にか攻守が逆転していた。進む者と立ち塞がる者とが逆転していた。
追い込まれたのは魔人王の方だ。単純な腕力だけでは解決できない状況に、苦々しく顔を歪める。
隙を見て、冒険者たちが魔人王をすり抜けようとした。
その時だ。
「――――あ、危ない!」
冒険者たちはさっと避ける。
天から剣が降ってきた。
深々と地に突き刺さった大剣は、進もうとした冒険者たちの前に立ち塞がるように突き立てられたのだ。
天より飛来するものがあった。
巨大な翼が影をおとす。冒険者たちのはるか上空を飛んでいる。
「おおっ、あれはもしやガルーダではないか!?」
天空のガルーダがなにかを落とした。
魔王ソルレオンは「もしや秘薬では?」と期待したが、明らかに違うものだった。徐々に近付くにつれてその大きさがわかってくる。
それは巨大な鎧の騎士だ。
突き立てられた大剣の傍に落下した鎧の騎士。似たような重装甲の【大鎧の勇者】よりもさらに大きい。
長い柄に手をかけて、鎧の騎士がゆっくりと立ち上がった。冒険者たちと敵対したように、兜の奥で赤い眼光が光り輝いた。
その姿を見て、魔王ソルレオンが驚愕した。
「貴様は――――【悪魔騎士 デュラハン】!!」
主君の声に応えたように、デュラハンが大剣を抜き放った。




