魔王と勇者と七日目戦争
ソルレオンの目的は戦うことではない。
十人以上いる冒険者たちを全滅させることも可能だが、かなり強引な力技になるうえに手加減する余裕はさすがにないと思われる。そもそも殺す気があれば一度目の遭遇の時にきっちりと命を奪っているし、彼らを海獣島から無事に生かして帰すはずがない。
さらにあの冒険者たちの中には【勇者エレン】がいる。
彼女のパーティーとは特に顔を合わせたくない。これまでもどこでボロが出るかわからない旅だったが、今回はその比ではないほど危うい。変身が解けて姿が違っているとはいえ、しゃべり方やちょっとした仕草で気付かれてしまう可能性が十分にある。ましてやオンナという生き物は勘が鋭い。
彼の中で『勇者 対 魔王』の戦いは時期尚早であった。
魔王としての流儀では全力を尽くしたいところだが、しかしながらここは最終決戦の場ではない。【魔人王ソルレオン】として戦うのならばやはり自分のところの魔王城で盛り上がりたいと思っていた。
ソルレオンの今の目的は時間稼ぎだ。
「ううむ、やはりわずかでも正体を隠した方が良いのだろうな……」
クレイクロウさんたちと別れたソルレオンは崖の頂上で難しい顔をしていた。
冒険者たちを足止めしようにも罠を仕掛けている余裕はない。なのでソルレオン自身が『壁』として立ち塞がるしかないのだ。
しかしそのままの姿で出ていくわけにはいかない。せめて顔を隠しておきたいところなのだが、手元には隠せるようなものがなにもない。
「そういえば、今着ている服は船から落ちた時と同じものなのであったな」
つまりは『格闘家ソルの服』だ。魔人であるソルレオンが着ているとややこしい。服装で正体が気付かれるかもしれないし、気付かれなくても『ソルを倒して服を奪った仇』と認定される可能性がある。
「…………脱ぐか」
ソルレオンは裸になった。
そして自分の姿を見る。
「素っ裸のままで立ち塞がるというのは……うむ、色々とダメな気がするのだ」
このまま立ち塞がれば誰も近付いてはこないだろうし、時間稼ぎという目的は果たせるだろう。だがきっとセラですらそれ以降、いっさい口をきいてくれなくなるだろう。
しかしほかに装備できそうなものがあまりない。
『シェルアーマー(上半身のみ)』『さんごのつるぎ』『こおりのゆみや』『ソルのふく』『ワカメ』『コンブ』『いしころ』……、ざっと周囲を見渡してもこれしかない。しかも半分は武器だ。
「シェルアーマーを装備したとしても、肝心な部分が隠れないのだな。顔も、下半身も……」
次に武器を手に取って考え込む。が、すぐに諦めた。
「ダメである。剣や弓矢を防具として使えるわけがないのだ。これが『ドリル』ならば、もしや――――いいや、頭に装備してもけっきょく顔が隠れぬか……」
もちろん下半身も隠れない。
ソルレオンは残った海藻をちらりと見たが、すぐに目を逸らした。
「……石ころなんてもっと使い道がないのである。いや、いっそ崖の上から投げつけて時間を稼ぐか? フハハハハハ」
魔王ともあろう者が嫌がらせで冒険者たちに石ころを投げつけて邪魔をする。
そんな場面を想像して、ソルレオンは悲しくなった。なりふり構っていられないとはいえ、超えてはいけない一線というものがある。
崖の下から気合いの入った声が聞こえてきた。
冒険者たちが全員上陸してついに準備が出来てしまったようだ。「進め」の号令が掛かるまであとわずかだろう。もはや一刻の猶予もない。
「――――うぬぬ! あーもう! 仕方ないのである!」
一度は脳裏をかすめ、即座に却下した案だ。
意を決してヌルヌルする大きな海藻を手に取った。
魔王ソルレオンは、『コンブ』を装備した。
みのまもりが1あがった。かっこよさが5さがった。せいしんにけいぞくダメージ。
「ぐわあああああああ! ヌルヌルするぅぅぅうううう! とってもヌルヌルであるぅぅううううう! 下半身が気持ち悪いいいいいいいっ!」
そもそもなぜ崖の上に海藻が打ち揚げられていたのか、本当にナゾである。
ソルレオンはそんなことにさえ気が付く余裕がない。勢いに任せて別の海藻を顔に巻きつける。
魔王ソルレオンは、『ワカメ』を装備した。
みのまもりが1あがった。かっこよさが10さがった。魔王はこんらんした。
「フハ、フハハ、フハハハハハハハハッ! 素晴らしい! これならばイケる! 誰もこの魔人王がこんな姿に身をやつしているとは考えまい、フゥーーハハハハハハハッ!」
というか、正体がバレたら後々大変なことになる。奇人変人としてさらに悪名が高まって、『伝説』として後世まで語り継がれることだろう。
ちなみにコンブとワカメはまったく違う種類の海藻だ。ヌルヌルしている方がコンブで、ヌルヌルしていない方がワカメである。
「あっ、いいことを思い付いたのである! シェルアーマーの貝殻部分をいくつか取り外して、それを装備すれば急所を守れるのではないか!?」
思い立ったら即、行動。
あっという間に貝殻を取り外すと、適当なところに装備していく。コンブだけではスカートのようにぴらぴらしてしまうので心配だったが、貝殻を装備すればもう安心だ。
魔王ソルレオンは、『貝殻』を装備した。
みのまもりが15あがった。かっこよさが50さがった。魔王はまだこんらんしている。
「そうである! この貝殻で眼帯を作ろうではないか! 眼帯を装備すればちょうど顔も隠れるし、なんか海賊っぽくてカッコいいのである!」
もはや誰も魔王の暴走を止めることはできない。
魔王ソルレオンは、『貝殻の眼帯』を装備した。
かっこよさが1あがった。めいちゅうが10さがった。魔王のテンションがあがった。
「――――――――フハハハハハッ!! フゥーーーーハハハハハハハハッッ!!」
狂ったように高笑いをするソルレオン。
いつの間にか崖の上に仁王立ちをして、堂々とその姿を晒している。下からはなにやら悲鳴にも似たざわめき声が聞こえてきた。
「ほほう。どうやら居場所が知られてしまったようであるな」
ソルレオンはにやりと凶悪な笑みを浮かべた。
先程までとはうって変わって喜色満面なのは、この変装に自信があるからだろう。もはや姿を見られることはソルレオンにとって弱点になりえない。むしろ見てもらいたいくらいだ。
「フゥーーハハハハハ、よかろう! 今そちらにゆくぞっ!!」
無造作に崖から飛び降りた。
崖下から「ああっ」と叫び声が聞こえたが問題ない。落下中にコンブが風でめくれあがろうとも、穿いているのは下着ですらないので恥ずかしくない。
ソルレオンが砲弾のように着地した時、目の前の冒険者たちはみな一歩も動けず彼に見入っていた。
普通なら即死する高さだ。足元には流星でも落下したような陥没が見られた。それにもかかわらず平然としているソルレオンに驚き固まっても不思議ではない。
のそりとソルレオンが立ち上がった。
それと同時に冒険者たちが――特に女性陣がざざっと後ろに下がった。彼のその危険度をいち早く察知して距離を空けたのだ。
恐るべき禍々しい威圧感がなせる業だ。常人ではその凶悪な姿をまともに直視することさえ難しい。
ソルレオンは両腕を大きく広げて、冒険者たちの、勇者たちの方へ悠然と歩み寄る。
「フゥーーハハハハハッ!! よくぞここまで辿り着いたな。この我が直々に――――」
――――特大火球。
――――電撃の嵐。
――――光の鉄槌。
――――爆裂魔法。
――――大剣と長剣。
――――投槍と手斧。
――――飛矢と石礫。
――――攻撃アイテム。
ありとあらゆる攻撃がソルレオンの視界を埋め尽くした。




