魔王と勇者たちと闇の衣
ここではないどこか別の世界。
とある二層世界を裏から支配している【大魔王】は、すべての攻撃を無効化する【闇の衣】をその身に纏っているという。
邪悪な瘴気が変じたその無敵の鎧は何者にも傷付けられることはない。かの大魔王はその圧倒的な力を持って人々を恐怖に陥れて支配している。
だが一筋の光明は存在した。『闇』と対を成す『光』の属性によりその無敵の鎧を貫き、打ち消すことができるのだ。【光の戦士たち】の存在である。
しかしすべての闇を打ち払うには、四本のか細い光線だけではまだ足りない。もっと強い光が必要だ。
【光の玉】
闇の衣を完全に剥ぎ取ることができる伝説の宝玉は、そう呼ばれている。
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魔王ソルレオンが片腕を薙ぎ払うと、その軌跡から生み出されたように闇が出現する。
同時に放たれたはずの勇者の雷撃と魔法使いの火球は、その闇に飲み込まれて無効化された。
「くっ、みんないったん下がって体勢を立て直すんだ!」
勇者の号令で三人の仲間たちは集合して防御の陣形を組んだ。パーティーを組んで長いのか、その動きは実に鮮やかで隙がない。
前列に勇者と戦士が並んで壁役になる。その後列では魔法使いが詠唱を始めて強力な魔法を放つ準備をしている。そして最後列の僧侶が各自を回復、その合間に補助魔法で支援をする。
その陣形もさることながら、とてもバランスのとれた安定感のある優秀なチームだ。個人で突出した部分はないが、それを差し引いても十分に強い。
だがそれだけでは【魔王】にはまだ届かない。
「フハハ、どうした勇者たちよ? このままではこの我に傷ひとつ負わせることはできぬぞ」
魔王は悠然としている。勇者と戦士の連携攻撃も魔法使いの呪文もほとんど効いていない。むしろあえて勇者たちの攻撃を受けることで、その実力と手札を見極めようとする余裕のある戦いぶりを見せつけている。
「オイ、このままじゃヤベーぞ。どーすんだよ、ユウ!」
「男が簡単に弱音を吐くんじゃないの! アタシの魔法はいつでもいけるからね、ユウ!」
「……僕の加護魔法は全員にかけ終えました。準備は万端です」
「よし! セン、マホ、ソウリ、もう一度だ!」
「フハハッ! 無駄である!」
魔王はその身に宿る魔力を解放した。
その魔力はいつぞやの身を焦がして暴れ狂う黒炎のようではなく、高熱で揺らめく陽炎のように肉体から溢れ出してくる。
魔法のように外側に放つ類のものではなく、自身の内側を駆け巡らせて肉体を強化していく魔力の使い方である。
魔王は極限まで高めたこの奥義を『暗黒闘気』と呼んでいる。
闇黒闘気を纏った両腕は剣刃と同じだ。
斬り込んできた勇者と戦士の波状攻撃を素手で受け止め、いなし、振り払う。その軌道は美しい円を描いては戻り、そしてふたたび円を描く。
魔王はその場に陣取って、左右から攻めてくる勇者と戦士を同時に相手にしても一歩も引かない。
「ここだ! マホ、撃てぇぇええ!」
魔法使い渾身の大火球が撃ち込まれた。魔王の顔面に直撃し、爆散する。
火の粉がばらまかれて、もうもうと煙が辺りに立ち込める。
「やったか!?」
堅牢な防御を左右にこじ開けて、真正面からの極大呪文を撃ち込む。直撃すればもっとも生命力の強い【竜】でも一撃で仕留められるはず。
だが――――――
「フハハハハハッ!!」
――――魔王には通用しなかった。
「チクショウ! ピンピンしてやがる!」
「そ、そんな……アタシの切り札の特大火球が効かないなんて……」
「……あれの直撃でも無傷なんて、どういうことだ?」
「みんな落ち着け。まだあきらめるな!」
勇者たちの動揺は明らかだ。攻撃前と同じ陣形を組み直しているはずなのに、所々で噛み合っていない歯車のような隙間が見受けられた。
その隙を突けば、あっという間に蹂躙できるだろう。
だが魔王はそんなことはしない。
「我が名は【闇と炎の魔人王 ソルレオン】
闇と炎は我が眷属よ。
我に『闇属性』と『火属性』は効かぬぞ!!
――――――――――――――つまり『光属性』と『水属性』が弱点なのだ」
「えっ?」
「えっ?」
「……光?」
「水属性が? 弱点?」
聞き間違いかと判断に困る勇者たち。魔王がぽつりと漏らした言葉は、それくらい聞こえるか聞こえないか微妙なものだった。
「おっと、どうやら我が弱点を知ってしまったようだな。だがしかし、これを見よ――――」
魔王が右の腕をゆっくりと持ち上げる。そこには最初の雷撃と火球を飲み込んだ闇が生まれた。
その深淵のような闇は腕だけではない、しだいに魔王の全身にじわじわとへばりつくように広がっていく。やがて輪郭が曖昧になるくらいの薄い『衣』のような形状に変化した。
防御に特化した暗黒闘気が形を変え、すべての攻撃を無効化する防具になる。
【闇の衣】
魔王ソルレオンはそう呼んでいた。
「この闇の衣がある限り、何人たりとも我を傷付けることはできぬのだ! フハハハハハ!」
闇の衣のせいで闇や火属性の攻撃はおろか、弱点である光と水属性でさえ通じなくなる。さらに打撃や斬撃などあらゆる攻撃も無効化されてしまう『完全防御』。
闇の衣を纏った魔王を倒すには、まずその闇の衣をどうにかしなければ手も足も出せず、勝ち目もない。
「さらに貴様たちに絶望を与えてやろう。
この闇の衣をなんとかするには【光の玉】が必要なのだが、残念であったな。すでに我が手中にあって、この魔王城のどこかに隠してあるのだ!
フハハ、はたして貴様らに見つけられるかな?」
魔王の哄笑が響き渡る。
勇者たちは絶望になすすべなく、立ち尽くすばかりだ。
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
「…………………………ど、どうした? なぜ光の玉を使わんのだ?」
魔王はついに口を開いた。狼狽を隠し通せず、心なしかあせっているようにも見える。
絞り出すようにして言葉を紡ぐ。
「ま、まさか。持って、いない、のか……?」
「……」
「……」
「……」
「……ああ、持ってない」
いちおう勇者が仲間たちに確認してみたが、やはり一行は光の玉を持っていなかった。
魔王はもっとちゃんと道具袋をひっくり返して確認してほしいという要求を出す寸前で踏み止まった。
「なぜだ!? なぜ光の玉を持っていない!? あんなに目立つ場所に安置しておいたのに」
不満はちょっと声に出してしまった。
勇者はおずおずと手を挙げて質問をする。
「『目立つ場所に安置』ってもしかして、あのダンスホールのど真ん中に飾ってあった宝玉のことか?」
「ああそれだっ! なんだ、ちゃんと見つけてあるではないか。なぜ持ってこなかった?」
「いや、だって……なぁ?」
勇者たちは顔を見合わせる。三人とも勇者の意見に同意しているようだ。
「あんなあやしいモン、誰が持ってくかってんだ」
「あからさま過ぎて……ねぇ?」
「……どう見ても罠にしか」
「――――というわけで、みんな触れるどころか、近付いてもなかったよ」
魔王は絶句した。
部下の報告で『宝箱』はちゃんと全部開けられていると聞いていたので、てっきり光の玉も手に入れたのかと思い込んでいたのだ。
「ば、バカな……【勇者】たるもの、道端に落ちている物だろうと他人の家の物だろうと、アイテムならとりあえず拾って持っていくものだと――――!?」
魔王は混乱している。
そんな魔王の様子に同情したのか、「罠は無いから【光の玉】を持ってきて再戦しないか」という世迷い事のような提案を、勇者たちはやんわりと承諾した。
しかしいざ再戦してみれば、光の玉を使っても使わなくても魔王ソルレオンの強さは大して変わらなかったという。
むしろ「光の玉さえあれば……」という希望がなくなってしまった分、勇者一行の絶望はハンパではなかったという。