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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
魔王城と最終決戦編 (一話完結)
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魔王と魔女と回復魔法問題

【魔女】と、そう呼ばれる者たちがいる。


 彼女たちは数々の魔法を使いこなし、様々な超常現象を引き起こす者。

 膨大な魔力をその身に有し、莫大な魔術の知識を有する者。

 そして人から蔑まれ、忌み嫌われる者。


 似たものに『魔法使い』や『魔導師』などがいるが、それらと【魔女】とでは決定的に違うところがある。

 それは人から魔に堕ちた存在、すなわち『魔族』であること。それこそが彼女たちが【魔女】と呼ばれる所以だった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 かつて千年王国の王族が住んでいた城は、現在【魔王城】と呼ばれている。


 人が住んでいた頃の面影はもはや消え失せ、その所々が朽ち荒れて崩れている箇所すらあった。

 魔族の放つ瘴気がなせる業であろうか。

 そこに住まう者が変われば、建築物の表情も大きく変わる。魔族の根城に変貌した王城はかつての静謐とした美しさを失い、他者を近づけぬ刺々しい威圧感を纏っていた。


 城の内部もまた不気味だ。

 まるで従えた闇に喰われてしまったかのように常に薄暗く、場所によっては昼間でも松明の灯りが必要になるほどだ。


 そこは人の領域ではない。



 ――――暗い廊下を歩く者があった。


 ねじくれた杖を頼りにゆっくりと進み、ずるずると黒いローブの裾を引きずっている。腰は曲がっていないようだが、ずいぶんと小柄だ。

 そもそも彼女は老人ではなかった。

 うつむいて両目を閉じている顔は若い。まだ年端もいかない小娘だ。とても穏やかな表情でまるで眠っているようだ。


 彼女が向かっていたのは自室のベッドではない。

 城の地下にある鍛錬場だ。


「魔人王ソルレオンさまはおられますか?」


 心が休まるようなやさしい声音だ。泣き叫ぶ赤子でもこの声を聞けば、安心してたちまち泣き止むであろう響きと魔力が含まれている。


 だが今、この場所にはそぐわない声だ。

 鍛錬場は死屍累々たる有り様だった。いや、誰一人死んではいないが、うず高く積み上げられた魔族たちはみんなボロボロで散々な状態だ。


「セラか? ちょうどよい、やつらに治癒魔法をかけてやってくれ」


 この鍛錬場で唯一平然と自らの足で立っているのは、もちろん魔王である。この惨状を創り上げたのも、もちろん魔王だ。

 セラにとってこれは想定内の出来事だ。

 勇者たちが現れないと魔王は大体ヒマであるため、よく鍛錬場で自分自身と部下の魔族たちを鍛えている。すでに習慣化されていることだ。

 そして魔王とほかの魔族たちでは実力差がありすぎるため、たびたびこういうことが起きる。


「はい。お任せください」

「うむ。では頼む」



【魔女 セラフィム】


 彼女は魔王軍の幹部であり、魔王の側近でもある。

 比類なき膨大な魔力を有し、莫大な魔術知識によりほぼすべて(・・・・・)の魔法を使える者。

 そしてかつては『人』だった者である。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 本日の鍛錬と治療は終わり、魔王の部下たちは持ち場へ戻っていった。

 広い地下鍛錬場に残っているのは魔王とセラだけである。


「うむ、ご苦労であった。セラよ、いつもありがとう」

「いいえ、これがお役目ですから……感謝の言葉などもったいのうございます」


 セラは恥ずかしそうにフードで顔を隠してしまう。ほんのり赤みが差した白い肌が覗いた。

 並んで立つと二人の体格差が特に際立つ。小柄な魔女は大柄な魔人の胸の高さほどの身長しかない。横幅も彼が回り込めばすっぽりと完全に隠れてしまうくらい華奢だ。


「感謝の念はすぐに伝えねば意味がないのだ。でなければすぐに薄れてしまう――――というわけで」


 魔王はおもむろにセラの頭を撫でた。

 小さな子供を褒めるような感じだ。しかしやがてごわごわした感触が気に入らないのか、フードの隙間から手を挿し込んで髪を撫でようとする。


「きゃっ、ちょっと、魔王さまっ」

「フハハ、よしよし。なかなかよい撫で心地ではないか」


 フードが外れてセラの長い黒髪が露わになる。黒曜石のように光沢のある髪からは、さらさらと流れる音が聞こえてくるようだ。

 髪がかかった赤い頬や整った美貌も露出する。年の頃はちょうど少女から大人に差し掛かるくらいだろうか。なんにせよ、一見しただけでは彼女を【魔女】だと思う者はいないだろう。


「んもう! いいかげん子供扱いはやめてください」


 激しく身をよじったセラはなんとか魔王の手から逃げ出した。

 身を守るように肩を抱き、瞳に涙を潤ませながら顔を真っ赤に上気させている。


 魔王に向けられた瞳は不可思議な色をしていた。


 その瞳の色は鮮やかに変化していた。明かりのちょっとした加減や反射、見える角度、瞳に映ったものなどで刻一刻と変化し続ける。その色は『虹色』と表現されている。

 この『虹色の瞳』こそが彼女を【魔女】たらしめんとする最大の要因であった。


 魔王はそのふたつの宝玉をずっと眺めていたい衝動に駆られる。だがセラがそのことに気付き、さっと目を伏せることで魔王の自制はようやく可能になる。


「フハハ、すまぬ。少し興が乗ってしまった。ところで、我になにか用事でもあるのではないか?」

「……そうでした。失礼いたしました」


 セラが着ているローブを正し、再びフードをかぶり直す。自分が魔王の側近であり【魔女】であることを改めて確認する儀式のようなものだ。



「単刀直入に申しますと、魔王さま、



 ――――『治癒魔法』を覚えませんか?」




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「これまでの勇者たちとの戦いや、今回のようなことでも、魔王さま自身が治癒魔法を使えれば色々と便利ではないかと思うのです。

 わたしがずっとお傍にいればいいとは思うのですが、万が一という場合もございます。いかがでしょうか?」


 魔王の脳裏に真っ先に浮かんだのは【勇敢なる者】である金髪の勇者だ。

 たしかにあの時は危なかった。危うく勇者を死なせてしまう(・・・・・・・)ところだった。結果的にセラが間に合ったが、魔王がすぐに応急処置できていればもっとずっと安心だったであろう。

 今回の部下たちとの鍛錬でも同じだ。わざわざセラを呼ばずとも、彼らの傷を魔王自身が癒せれば手間も少なくて済む。しかもこっちも万が一の場合に対応できる。


 だがしかし、


「いいや、我は治癒魔法を覚えたくない」


 魔王ソルレオンはきっぱりと断った。


「なぜなのですかっ? もっと御身を大事にしてくださいませ!」


 セラは悲痛な声を出す。

 魔王は「おんみ?」と疑問符を浮かべただけだ。


「【猛禽の勇者】との戦いのことですっ。あの時魔王さまは一度倒されかけたではありませんかっ」

「あー、あの時のー」


 みっともなく手を抜いて戦った時の話だ。自らの愚劣さにより一度は(わざと)窮地に陥ったが、最終的には『変身』をして返り討ちにした。猛禽の勇者のカムバックを期待したい。


「あの時は気が気でなかったのですからねっ! もうあんな無茶なことはやめてください!」

「す、すまぬ……我が悪かった……」


 セラは小さな体で懸命に訴えかける。

 魔王はそれを見て本格的に後悔しはじめるのだが、どこかでなにかが噛み合っていない気がしていた。


「……いえ、もういいのです。魔王さまが治癒魔法さえ覚えていただければ、すべてが解決するのですから」


 治癒魔法を修得できるかどうかの適性に関しては問題ない。誰しも得意な属性、不得意な属性はあれども修得できない魔法は存在しない。

 つまりは『詠唱を覚えられるかどうか』、『実戦で使えるかどうか』ということが肝要になる。

 魔王ソルレオンも不得意な属性であるが治癒魔法の修得は可能である。さらにいえば膨大な魔力をふんだんに消費すれば『最上級』の魔法も使用できる。


 しかし! しかしだ。



「――――やはりダメだ! それは絶対にやってはいけない! げに恐ろしき『禁忌の所業』なのである!」



 勇者の視点で考えてみよう。

 長く辛い激戦の最中、とても強く堅い魔王からやっとの思いで体力の半分を削ることに成功する。このペースなら残り体力と魔力、回復アイテムもなんとかギリギリもつことだろう。

 さすがは最強・最後の敵【魔王】。勇者の持てる力のすべてを使い切ってようやく倒すことができるのだ。がんばれ勇者! 負けるな勇者!

 そして、そんな勇者を嘲笑うかのような魔王の『最凶の攻撃』が繰り出される。



『 全 回 復 呪 文 』



 魔王は体力が全回復した。


 勇者の体力は残りわずかだ。

 勇者の魔力は残りわずかだ。

 勇者のアイテムは残りわずかだ。


 勇者は絶望した。  ~ fin ~



「そんな……そんな恐ろしいこと…………我にはできぬ…………絶対に……」


 そこに到るまでの努力と忍耐、そして貴重な時間をすべて無に帰す、最も凶悪な行為である。

 想像するだけで恐ろしい。そんな絶望を味わった勇者は、二度と魔王に立ち向かえないだろう。


「魔王が勇者を殺すのではない。絶望が勇者を殺すのだ」


「ならば魔王さま自身には、治癒魔法を使わなければよいのではないですか?」

「……それでは本末転倒なのではないか。それに我の性格ならば必ず(・・)使ってしまうであろう。持てるすべての力を出さずに戦うことなど我が流儀に反する」


 ただ戦って負けることだけが、魔王ソルレオンが渇望するものではない。あくまで全力を出し切って戦い、その結果として負けて滅びることこそ彼の望む【終焉】なのだ。

 要は『魔王にふさわしい恰好の良い死に様』でなければイヤなのである。

 セラはそのすべてを承知して、静かに語りかけるようにある提案をする。


「魔王さま。では、このようなものはいかがでしょう……?」


 セラがフードの奥から視線を絡ませてくる。虹色の瞳は妖しく輝いた。

 彼女の提案は治癒魔法を使えることを前提としたある演出のことだった。



 勇者たちは魔王の元へ辿り着く。

 長く危険な旅路と難易度の高い魔王城攻略に疲弊し、勇者とその仲間たちはすでにボロボロだ。

 彼らの目の前には最後の敵【魔王】。たとえ消耗して全力を出せずとも勇者たちの選択に『退却』の二文字は存在しない。

 せめて万全の態勢ならばと、そう頭をかすめる考えもある。しかし此処まで来て戦わずに帰ることなどできない。

 覚悟を決めた勇者たち。そんな勇者たちに魔王がこんな言葉を放つ。



「全力の貴様らと戦えなければ意味がない。



 『 ど れ 、 回 復 し て や ろ う 』」



 ――――それを聞いた魔王ソルレオンはあまりの衝撃に言葉を失った。


 思わずセラを見る。こいつ天才か、と。

 セラもどこか満足げだ。魔王の様子でこの提案を気に入ったことが一目瞭然だったからだろう。

 魔王の性格をあまりにも的確に見抜いたうえでの魅力的な提案だった。


「素晴らしいっ! 我もやってみたい。我もそんなこと言ってみたい!」

「ご満足いただけたようでなによりですわ」

「ではセラよ。さっそく治癒魔法を我に教えるのだ!」

「うふふ。では最高の治癒魔法をお教えしますわ」


【虹の魔女 セラフィム】は妖艶に微笑んだ。



 こうして勇者たちの知らぬ間に、魔王はさらに強化されてしまった。


 最終戦の時、事前に治癒魔法を封印する約束をしていたが、セラはなぜか(・・・)それをよく忘れてしまうドジっ子魔女ぶりを発揮することになる。

【魔女】の悪魔のような甘い言葉に誘惑され、魔王はさらなる高みへと昇華する。決して『人』では倒すことのできない究極の存在に。


 魔王を倒せそうな勇者はいつか現れるのだろうか。




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