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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
魔王城と最終決戦編 (一話完結)
2/72

魔王と魔王軍と千年王国

 ~ 百年前 ~


 魔王ソルレオンは国境に足を踏み入れた。

 そこは国境ギリギリとはいえ魔族の生息地が近いため、人が住む近隣の村までは距離がある。なにもないだだっ広い荒野があるだけだ。

 だが今宵、その荒野を異形の者どもが埋め尽くしていた。

 魔人王の軍勢である。


 その数はゆうに三千体を超えていた。広大な大陸に散らばっている魔人王の直属の配下、そのほぼすべての魔族がそこに集結している。

 その怪物どもは魔族の中でも特に戦闘好きな選りすぐりの精鋭だ。


 魔王軍の主力は人型の魔族である。

 左翼には猿頭ゴブリン、犬頭コボルト、猪頭オークなど亜人族の突撃部隊が整列している。彼らは集団戦を得意としていて、普段は同種で戦列を組むのだが、今回は各部族のエリートを集めた特別混成部隊である。

 右翼には悪魔やアンデッド族が蠢いていた。半人半獣の悪魔たちは頭数こそ少ないものの各個が非常に強力で、数が足りていないところは死を恐れぬアンデッドが埋める隙のない陣形を成している。悪魔の賢しさで従順なアンデッドを率いている編成だ。

 中央にはもっとも凶暴で攻撃的な巨人とそれに匹敵する強靭な肉体を持つ大型の亜人獣人らが連なっている。単眼巨人サイクロプスを筆頭にギガース族、巨鬼のオーガ、半獣人のワーウルフやワータイガーの姿もあり、もちろん牛頭馬頭コンビもそこにいた。


 跳梁跋扈する人ならざるモノどもの群れは真っ直ぐ前方を見据えていた。『獲物』のいる方角である。

 これから起こることに狂喜して低いうなり声を発てる。興奮のあまりガチガチと歯牙を鳴らす。ドシドシと足を踏み鳴らし、身に着けた鎧や武器をガチャガチャと打ち鳴らす。

 進撃の時を今か今かと待ち望んでいた。


 そして魔王が歩を進めた。


 最後尾から最前線まで一直線に分かたれた軍勢は『道』となる。

『道』を悠然と歩く魔人の王。魔族らがいっせいに直視するも、まるで動じることなくただただ前方を見据える。

 ざわついた声はしだいに小さくなり、魔王が最前線に辿り着く頃には沈黙と暗闇だけが辺りを支配していた。三千体もの魔族が集結しているにも関わらず物音ひとつ生じることがない。

 魔王は紅のマントをひるがえして振り返った。


「よくぞ集まった。我が忠実なる(しもべ)たちよ」


 その声は夜の闇を駆け抜けた。

 魔女の魔法で拡声された魔王の言葉は軍全体に心地よく響き渡る。男性的な魅力に富んだバリトン――渋みと深み、そしてわずかな甘さを併せ持つ魔性の声だ。

 魅了された魔族たちは静かに次の言葉を待った。



「――――貴様らにとって【終焉】とはなんだ?



 我ら魔族には寿命が存在せぬ。


 ほかの生物は百年も生きられぬが、我らには千年生きることも容易である。


 我ら魔族は永遠を生きることも可能なのだ。だが、



 だがそれほど永く生きて、どうするというのだ?



 ほかの生物は『死』という命の期限があるからこそ、『生』に対して真摯であり、生きることに全力を傾け、その短い命は強く輝く。すなわち、



『死にゆくものこそ美しい』



 残念ながら我らにそれはない。


 終わりなき我らが果てに行き着くは永劫の退屈。あまりに永すぎる時間に耐えきれず、本能のままに生きるケダモノに還る魔族すらいる。


 我はそのような『終わり方』を望んでいない。



 あれを見よ!



 あそこには我らを『殺せる者たち』がいる。


 我らには寿命がない。しかし我らも不死ではない。殺されれば(・・・・・)死ぬ(・・)のだ。


 だが『死』を恐れることはない。



 戦え! 恐れず、戦うのだ!



 我は『本当に生きるため』に戦うことを決意した。貴様らはどうか?



 我は()く。彼らの元へ」



 魔王はその手を差し向けた。





「進軍せよ。我らの【終焉】は其処にある」







 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「なぜだ……なぜこうなった…………」


 魔王ソルレオンは深く、深く(こうべ)を垂れた。すっかり意気消沈した様子で、大戦前夜に堂々と演説をした魔人王とはまったくの別人のようだ。

 場所は王都――いや、『元』王都・『元』王城の玉座である。

 その玉座の間は人間たちの最高の建築技術、最大規模の敷地面積、そして莫大な費用を惜しげもなく注ぎ込んだ大陸最大級を誇る巨大建造物である。

 だが現在その場所は魔王の心境を表すかのようなぽっかりと空いた薄暗い空洞にすぎない。

 いまだ騒がしい外に比べて、玉座の間は寒々しい空気に包まれていた。



 大陸最大の王国は魔王の手によって滅ぼされた。



 大陸最大にして最古の国であった千年王国は、わずか三週間で陥落した。しかも驚くべきことにそのうち二週間は移動期間である。

 その事実に世界は震撼した。


 しかし世界中の国々は知らなかった。千年王国は大戦以前からすでに滅亡寸前であったことを。

 支配者層の腐敗により国力が低下し、さらに各地で内乱が頻発していた。王国末期には支配者層がさらに分裂し、対立し、誰もが我こそが新しき王になろうと野望を抱いて、国内は混乱の頂点に達していた。

 醜き争いで疲弊した王国はいつ自壊しても不思議でなかったのだ。


 魔王もまた、そのことを知らなかった。最大の誤算である。


 お互いの軍勢がまともにぶつかり合ったのは、一度きりだった。

 国内への魔族の侵入を許してしまった王国はただちに全軍に招集をかけた。決戦の場は王都からわずか三日の距離にある大平原であった。

 集結した王国軍は一万。全軍の半数にも満たないが、それでも魔王軍三千の三倍以上の数だ。

 しかし王国軍は、魔王軍にあっさり敗退した。

 誰もが予想していた以上に王国軍は弱体化していて、それに対して魔王軍は異様なほど高い士気で強化されていた。

 誰もが予想していた以上に王国軍はお互いに足を引っ張り合い、それに対して魔王軍は種族の垣根を越えて結束していた。


 そして【魔王】の存在だ。


 彼は立場もわきまえず最先端で王国軍に突撃し、初撃で王国一の騎士を戦闘不能に、追撃で二番目の剣士と三番目の戦士を吹っ飛ばした。そのついでに数百人の兵士たちを巻き込みながら。

 人間たちから見たその姿はまさに『恐怖』そのものであったという。



 魔王は倒した王国軍の者たちの顔を思い出す。


「最初に倒した騎士はそれなりに強そうであったなぁ……自ら先陣を切るなんてまねするくらいであるからなぁ、もうちょっと戦えばよかったのだがなぁ、たった一撃で終わらせてしまったからなぁ……」


 ついテンションが上がってしまい、初っ端から『極大呪文』を使ってしまったことを後悔する。


「その後方にいた剣士と戦士もそこそこ強そうだったのだがなぁ……思えば、最初の三人をあっさり倒してからすぐに王国軍の雰囲気が変わったのだよなぁ」


 事実、王国軍の兵士たちはトップスリーが真っ先にやられてしまったことに動揺し、恐怖が伝染した者たちから我先にと敗走したのであった。

 幸か不幸か、そのせいで両軍の死者はなんとゼロ。戦闘不能を含めた負傷者(主に王国軍)も数百人程度で済んでいる。

 魔王は戦意を喪失した者は放っておいて、王城で待ち構えているであろう『最後の砦』の存在に期待しながらそのまま軍を進めた。

 しかし王城はすでにもぬけの殻だった。

 期待を裏切られた魔王は怒り狂うこともなく、汚い言葉で罵ることもなく、茫然とその場に立ち尽くしていただけだった。



 魔王は手に入れた玉座に腰掛けた。

 その姿は介護されている病人のように弱々しかったが、そういう機微に疎い魔族たちは誰一人として気付くことはなかった。

 やがて勝鬨を上げていた魔族たちは勝利の余韻に浸るように、『自分たちの国』を眺めるために城の外へ出ていった。

 その頃になってようやく放心状態から回復した魔王ソルレオンは、ぽつりぽつりと今回の大戦のことを思い返すのだった。



 そもそも今回の大戦、そのきっかけこそしょうもないものだった。


「【人魔大戦】って、なんか響きがカッコよくね?」(注・原文のまま抜粋)


 戦いに生き、戦いに死ぬ。

 それが戦闘民族である【魔人】の矜持である。

 魔人王ソルレオンが考えた【人魔大戦】とは、『人』と『魔族』の総力戦だ。


 突然の魔族による襲撃。

 その国家の危機に立ち上がる騎士や兵士たち。しかし死力を尽くして戦い抜くも強大な魔族たちの前に傷付き倒れていく。

 逃げ惑う弱き民草、泣き叫ぶ子供たち、身を挺して子を守る両親、無力な老人たちは天に祈ることしかできない。

 そんな窮地に颯爽と現れる【英雄】。

 英雄は仲間たちとともに次々と凶暴な魔族を撃破していき、ついには魔王の前に辿り着く。

 大戦の決着をつけるのにふさわしい激闘を繰り広げる英雄と魔王。

 そしてついに――魔王の――――(以下略)。



 つまりは魔王の妄想が発端だったのである。

 律儀に最終決戦のセリフまで考えていた魔王。だがすべては無駄だった。虚しさだけが残る。


「我はただ【人魔大戦】という大舞台で、強き者たちとカッコよく戦って、華々しく最後を飾りたかっただけなのに……」


 その時、玉座の間の扉が開いた。

 黒一色の大鎧を鳴らしながら玉座の前で跪いたのは首なしの【悪魔騎士 デュラハン】だ。幹部の一人で悪魔たちの部隊を指揮している立場にある。

 デュラハンは『首なし』と呼ばれるがこれは間違いだ。彼の本体にはちゃんと首も頭もついているが、ただ見えにくいだけだ。左腕に兜を大事そうに抱えているが、実はからっぽだったりする。

 彼は黒煙のように実体があやふやな頭部?の口?らしきところからなんとも言えない言葉?を発する。


「魔王サマ、城下町ノ制圧ガ完了シマシタ」

「うむ。ご苦労であった」

「人間ドモハ、アノママ逃ガシテ良カッタノデスカ?」

「よい。戦わぬ者など捨てておけ」


 浅ましくも王侯貴族が真っ先に国を見捨て、敗北した兵士たちも這う這うの体でその後を追った。

 無血開城し終えた頃、まだ城下町に大勢の国民たちが残っていたが、魔王は特になにもしなかった。優しさでも憐みでもなく、ただもうそんな気分になれなかったからだ。

 今回の大戦で魔王の思惑通りにいったことは、なにひとつなかった。


「――逃げた人間どもは放っておけ。追撃する必要はない。見逃してやれ」


 魔王は深く考えずにそう厳命した。もうなにもしたくない、そんな物憂げな調子で言っただけだ。



 が、その一言で周辺諸国(・・・・)の運命が決定した。


 十万人規模の大量難民が流入した周辺の国々も、国内情勢・治安が極端に悪化していく。特に千年王国の腐敗貴族たちを受け入れた国は、あっという間に政治的にも経済的にも不安定な状態に陥った。

 千年王国が三週間で滅び、さらにその隣国四つが二年で転覆する。さらにさらに三十近い数の周辺の国家群に多大な損害を与えた。

 その一言が大陸全土に直接的・間接的に与えた影響は計り知れない。


 そうして【魔人王 ソルレオン】は、本人の知らぬ間に『人類最大の敵』『世界の完全なる悪』『恐怖の権化』として認定された。

『元』千年王国のあった場所に鎮座する魔人の王が、そのことに気付くのはもう少しあとのことだ。





「――――そうか! この状況なら我を滅ぼそうとする【英雄】が現れるかもしれぬぞ。実に楽しみであるな! ああ、早く来てはくれまいか」


 魔王はいずれ来たるであろう【終焉】に胸を高鳴らせ、玉座で待ち続けていた。



 ただ残念ながら、本日も【英雄】が来ることはなかった。




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