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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
おいでよ、魔獣の森編 (長編)
19/72

魔王と勇者と魔獣王の使い

 彼女の短い悲鳴が届いたのはすぐのことだ。


 ソルは集めていた薪を放り出してエレンの元へと走った。

 彼女がいるのは魔獣の森の最深部、その入り口にあたる場所だ。門の遺跡から続く坂道を登ってすぐの木々が拓けたところである。

 深い森で迷う可能性があったため、野営に使う薪を拾っていたソルはあまり奥へは進んでいなかった。

 そのことが幸いしたのか、最悪の事態は避けられた。


 ソルが駆けつけた時、エレンはまだ生きていた。


 だがピンチであることは変わりない。

 エレンは戦闘不能にされ、野営地のちょうど真ん中に倒れていた。


「エレンッッッ!!」


 ソルは全力で叫んだ。それ(・・)の意識をこちらに向けるためだ。


 それは気絶したエレンに覆い被さるような体勢をとっていた。

 大きな前足で彼女の胸を抑えつけ、いつでもトドメを刺すことができる。大きな口からは舌が伸びていて、今はまだ荒い呼吸を吐いているだけが、いつ彼女ののどぶえを食いちぎってもおかしくない。


 それは巨躯のオオカミ――――いや、【イヌガミ】だ。

 姿形はイヌにそっくりだが、その体長はソルの倍ほどもある巨大なものだ。白と灰色の中間くらいの体毛に覆われていて、濃緑の目には知性の色が見える。


『お前は、この娘の仲間か?』


 イヌガミは口を動かさずに話しかけてきた。

 高位の魔獣や獣型の魔族にはこういった芸当のできる者が少なくない。直接頭の中に語りかけるのではなく、魔力を使って人語を操っているのだ。


「そうである。そこのエレンは我の仲間である。だからとりあえずその足をどけてもらおうか」

『そうはいかない。お前たちは【魔獣王】の縄張りに土足で上がり込んだ。その無礼をお前たちの命で償ってもらおう』


 イヌガミは目を細めて、牙をむき出しにする。笑ったのだ。


『まずはこの娘からだ』


 イヌガミは踏みつけている前足にじわじわと力を加えた。

 気絶したままのエレンは苦痛に耐えきれず、血を吐き出した。


「やめんかぁ!」


 ソルは飛び出した。

 真っ直ぐに突進して、思いっきり殴りかかる。

 しかしソルの激昂した一撃は、イヌガミのぶ厚い筋肉と体毛によって衝撃がほとんど殺されてしまう。機械人形とはまた違った質の防御力であった。

 それでも巨躯のイヌガミをぐらつかせる威力を残しているソルの殴打。エレンを抑えつけていた前足に当たった拳の一撃は、彼女を解放することに成功した。

 だが、そこまでだった。


 イヌガミは目標をソルに替えた。

 殴られた衝撃で一度は退いたイヌガミは、次の瞬間にはソルに体当たりを仕掛けていた。

 エレンを解放し、油断していたソルはそれをもろに食らう。

 盛大にふっ飛ばされたソルは樹木の太い幹にぶつかって止まる。


「がふっ……」


 背中を激しく打ちつけられ、肺の空気が搾り取られる。

 目の前が一瞬だけ暗転する。だが意識だけは途切れさせない。


 さらに追撃がくる。

 イヌガミの頭突きがソルの胴体にぶち込まれてくる。

 あまりの威力にソルの後ろにあった樹木までがなぎ倒された。


 さらに灌木のむこう側までふっ飛ばされたソルはぐったりと倒れた。


『なるほどあの一撃……男はなかなかのモノを持っていたようだが、どうやらここまでだな』


 イヌガミはゆっくりと首を巡らす。倒木からわずかに見えたソルの右腕が痙攣していた。

 宣言通りにまずはエレンの方からトドメを刺そうと、気絶したままの彼女に近付くためにくるりと反転した。

 ――――――――と。


『っ!?』


 イヌガミは反射的に身を低くし、四足で踏ん張った。最大級の警戒態勢だ。

 素早くソルの倒れた方へ視線を向ける。

 すると、そこには立ち上がっているソルの姿があった。


『なかなか頑丈な男だ。あの攻撃で立ち上がれるとは、さすがは機械人形を倒しただけあると褒めてやりたいところだ』

「……」

『だがそんなボロボロの状態で、この私に勝てると思っているのか? そこの娘もまだ気絶したままだ。たった一人になってもまだ立ち向かう気なのか?』

「……」

『いいだろう、その勝負受けて立とう。だがきっとお前は後悔するはずだ。大人しく倒れたままでいれば、これ以上苦しまずに死ねたものを』

「……」


 イヌガミは自分が饒舌になっていることに気付かなかった。

 まるで話し続けることで湧き上がる恐怖心を抑えつけるかのように。

 ソルは不気味に立ち尽くしている。


『私は【魔獣王の使い】。主君の命により、お前たちを排除する者だ』


 そう、イヌガミは【魔獣王】に仕える誇り高き魔族だ。ただの人間ごときに恐怖など抱くわけにはいかない。


『お前の名も聞いておこうか? 名乗るがいい』


 先程からふらふらと虚ろな表情のままだったソルは、ようやく目に光を取り戻した。

 いや、その瞳は『炎』が灯っていた。


「…………我は、ソルレオン」


 イヌガミの目の前で突然、ソルは発火した黒炎に包まれた。

 舞い上がる灰のように肌の色が一枚、また一枚とはがれて飛んでいく。

 燃え盛る黒炎からちらと見えたのは蒼白の肌――――魔人の肌だ。



「我が名は、【闇と炎の魔人王 ソルレオン】である」




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 勇者エレンは悪夢から目覚めた。


 突然、空から降ってきた大きな口の怪物に襲われる夢だ。エレンはなすすべなく倒され、あとは食べられるだけの状態に陥ったその時、目が覚めた。


「……っ、痛いっ」


 起き上がったエレンは痛みに顔をしかめる。体中にぐるぐると包帯が巻かれ、そこにはぽつりぽつりと新しい血がにじんでいた。


 あたりはすっかり夜になっていた。

 空には満月がのぼり、正面に焚火があったため周囲の様子くらいはよく見える。


「『お手』なのだ」

『わんッ!』

「次は『お座り』」

『ぅわんッ!』

「よしよし、では『チンチ 』……おお、エレンよ目が覚めたか」


「…………」



 ソルが、なんかでかいワンちゃんと遊んでいた。



「……その子、イヌなの?」


 エレンがこれまで見たことがないくらい大きさのイヌだ。『お座り』の状態でぺたんと腰を下ろしているはずなのに、それでも直立するソルよりも頭の位置が高かった。

 顔付きはオオカミのように精悍で、白い毛並と鋭い目からは賢さが感じられる。だらしなく舌を伸ばしても、どことなく気品が漂っている。

 なにもかもがエレンの知っている『イヌ』と違う気がしていた。

 そしてなにより先程の悪夢に登場した怪物に面影が似ていることが警戒を呼び起こす。


「エレンよ、もう警戒の必要はないのであるぞ」

『ああ、私にもう敵意はない。お前たちを殺す気はなくなった』

「なに殺す気って! てか今ワンちゃんがしゃべった!?」

『ワンちゃんと呼ぶんじゃない。私はイヌではなく、【イヌガミ】だ』


 巨大なイヌガミはごろんと横になって腹を見せた。

 服従の姿勢だ。いや、よく見るとただ服従しているのではなく、すっかりリラックスしているようだ。

 ソルはあいかわらずの怖いもの知らずで、存分にイヌガミのお腹を撫で回している。

 怖いほど巨大なのに、撫でられてうれしそうに身悶えしている仕草がやたらかわいい。


『……』


 そして時折、エレンを見つめてくる。


「……」


 目と目が合い、しばらく見つめ合う。


『……』

「……」


 その時、イヌガミが自分の鼻をぺろりと舐める。お鼻がツヤツヤになった。


「――っ! もう、しょうがないなぁ!」


 エレンはイヌガミのお腹を恐る恐る撫でてみた。

 張りがあるのに柔らかくて、とても温かい。このまま抱きついてしまいたい。

 野性動物とは思えないほどなめらかな毛並みも心地よい。さらさらの長い体毛に手だけでなく顔も埋めてしまいたい。

 両手だけでなく、全身でモフモフ、モフモフ……と。もうニヤニヤが止まらない。


「はふぅ……かわいいよぉ……」


 ケガの痛みを忘れるほど堪能しているエレンが正気に戻るには、もう少し時間が必要だった。




 ちなみにソルはまた「秘薬」を使って人の姿に戻ってます。

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