魔王と勇者と機械人形
機械人形の記憶は砂嵐の映像だ。
ざらざらとした砂粒に今まで見てきたことを塗りつぶされ、ざあざあと降るどしゃぶりのような音に今まで聞いてきたことを塗りつぶされた。
砂嵐が彼の記憶の至るところを塗りつぶしていた。長い年月の経過によるものだ。
だが彼は憶えている。彼を造った者が言った最初で最後の『命令』を。
『ここを守れ』
機械人形はそのために存在している。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ギギー ココハタチイリ キンシデス タダチニタイキョ シテクダサイ」
機械人形がついに動き出した。
長年その場で固まっていたためか、まだぎこちない緩慢な動きだ。鉄の体の状態をゆっくり調べて確認しているようにも見える。
「ケイコク ケイコク! タイキョシテ クダサイ ハイジョシマス」
内部で歯車がかみ合うような音が聞こえる。それもひとつやふたつではなく、とにかくたくさんだ。
すぐに襲いかかってくるわけではないが、徐々に戦闘態勢を整えていっているのは明らかだった。
「はわわ……どうしよう、ねえソルどうしよう!」
こん棒を構えながらも腰が引けているのは【勇敢なる者】、金髪の勇者エレンだ。
以前はこれほど情けない表情を見せたことなどなかったのだが、奇怪な機械人形が突然動き出したことに心底驚き戸惑っているのだろう。妖精族にも似たきれいな顔が台無しだ。
「ふむ。しゃべっている言葉は同じなようだが……なにを言っておるのかさっぱりなのである」
勇者の隣には赤毛の大男ソルが立っている。
彼も一応格闘家らしく両の拳を構えているが、動揺は全く見られない。いや先程まではエレンと同様に驚いていたのだが、今は機械人形に対する興味が勝っていた。
「ケイコク、ケイコク……『警告』か。タイキョは、たぶん『退去』であるから、『ここから立ち去れ』と言っておるのか?」
「ねえソル逃げようよ。さっきからあの人形『ういん、ういん』言っているよ! ぜったい危険だよ!」
ソルはにやりと笑みを向ける。
「まあまあ、そう急くでない。攻撃を一発くらってみて、それから判断しようではないか」
「無茶はヤメてよ、死んじゃうよ! ほら、今度は『がっちょん、がっちょん』言い出したよ。逃げるならまだ間に合うって!」
言葉には出さないが、ソルは体力だけは自信があった。端的に表現すると『勇者たちとはケタが違う』。
「フハハハハ! かの【魔獣王】ならばいざ知らず、その手前の門番ごときにやられる我ではない!」
「その自信はどこからくるんだよぉ……もぉ……」
エレンはもはや涙目だ。だがソルを見捨てて逃げるという選択は存在しないらしく、足をがくがくとさせながらも一向に逃げ出す気配はない。
なんだかんだで遺跡から立ち去ろうとしない二人。
それを認識した機械人形はプログラムに従った。
「ギギー『セントウモード』ニ イコウシマス ヒセントウインハ タイヒシテ クダサイ」
部屋の中心に立つ機械人形の赤い眼光がより強く発光させる。
壁際のエレンはがちがちと鳴らした歯を食いしばって止める。
彼女の隣でソルは防御の構えをさらに固めた。
「さあ、くるがいいっ!」
開戦の合図はソルがとった。
機械人形は二人に真っ直ぐ突進する。
意外なほど速い。
「避けてっ」
エレンの短い警告。
二人はそれぞれ左右にパッと避ける。
機械人形がちょうど真ん中に突っ込んできた。
凄まじい激突音と衝撃。
機械人形は分厚いはずの石壁をぶち抜いて、外に飛び出していた。
「おおっ、なかなかに重くて強力そうな攻撃ではないか」
「……あの人形って、遺跡を守っているんじゃなかったっけ?」
大の字にぶち抜かれた壁から顔を出す二人。ソルにはまだ余裕があるが、エレンはこの光景を見て思わずひきつった笑顔を作ってしまう。
「どれ、どうせなら広いところで戦おうではないか」
「あ、ちょっと、ソル!」
警戒もそこそこにソルは遺跡の外に出る。
機械人形は突進後に転倒したのか、ちょうど膝をついているところだった。
ギギギと、鈍い音とともに立ち上がる人形。
直線的な突進は速いが、それ以外の動作はかなり遅いと見える。
ソルは手を出さずに待ち構えた。楽しそうな笑みが、実に怖い。
ようやく立った機械人形の前にソルが立ちふさがる。
機械人形がより大きな危険を察知したようにソルに相対した。
「よしよし、では続きである」
ソルが構えて、撃つ。
機械人形の胸部に被弾。
しかしダメージはない。
「む? 軽すぎたか?」
次は腰を入れて胴体を狙う。
右の渾身の一撃。
だが、
「――ほう。これは」
ソルの拳は振り抜けずに胴体で止まっていた。
機械人形からは効いている素振りはない。
ソルはとっさに上体をうしろに反らす。
頭をかすめた人形の拳がうなる。
機械人形も文字通り鉄拳を振るって反撃してきた。
見立て通り、殴る動作自体は速いが、つなぎが遅くて連続ではこない。
それでも機械人形は疲れ知らずで、一方的に攻め立てる。
「……すごいっ!」
エレンは感嘆の声を上げた。
今まで目の前の格闘戦に勝る戦いを見たことがなかった。
殴る。避ける。
その単純な二つの動作だけで、ここまでの戦いが見れるものなのか。
ソルはいったん距離を置いて、呼吸を整えた。
苦戦からではなく、エレンに声をかけるためだ。
「――エレンよ、大事なのは敵の動きをよく見ることである。それは弱点を探るのと同じであるからな」
機械人形から目を離さずに声をかける。
だが気配からエレンが助言を受け取ったことを悟る。
ソルは改めて目の前の敵に集中する。
「それにしても堅い敵なのだ。人間大の金剛石を叩いておるようだ」
「ギギー ココモ シユウチデス タイキョシテ クダサイ」
機械人形の剛腕がうなる。
だが直線的な動きのためソルには当たらない。
敵の間隙をぬってソルは反撃する。
しかし鋼鉄の体はソルの拳を簡単には通さない。
「なんだか、お互いに手詰まりのように見えるんだけど……」
当たらない拳と効かない拳。
戦いをよく見ていたエレンが呟いた。
再び距離を置いて、ソルと機械人形は睨み合う。
「フハハ、実は我には秘策というか、奥の手があってだな……!」
「ロボチガウ! ロボチガウ!」
「聞こえてたんだ」
ソルは半ばあせっていた。
格好よく戦って、華麗に勝利を収めるつもりだったからだ。だが実際に戦ってみれば、変化の秘薬の効果なのか、魔力がほとんど抑え込まれていて、見た目だけでなく攻撃力まで人間に近付いていたことは想定外であった。
「この機械人形がいくら鉄のように堅かろうと、この攻撃ならば――――」
途中まで語っておいて、ソルは考え直した。
思わずエレンの方を見る。彼女は心配そうな表情のまま、こちらをじっと見詰めていた。
「この攻撃……ならば…………」
ソルの言う奥の手とは『熱線攻撃』だ。あの膨大な熱量で攻撃すれば、鋼鉄だろうとドロドロに溶かしてしまえる。抑えつけられている魔力でも十分に使えるくらい馴染んだ必殺技だ。
だが、
エレンを見る。ソルの視線は自然と胸元に下がった。
エレンは胸元を片手で抑えていた。彼女は不安になると無意識に胸元を庇う癖がついている。
『熱線攻撃』は、魔王ソルレオンが金髪の勇者エレンを初撃で瀕死に陥れたあの攻撃だった。しかもどうやら彼女の心の深い傷の原因になっているらしい。
そしてなにより、というかさすがに目の前で『熱線攻撃』を使えば、エレンに正体を知られてしまうだろう。
「すまぬ。やはり奥の手は使えないようである。フハハ、フハ……ハァ……」
ソルは珍しく力ない笑い方をする。
魔王ソルレオンとしてのことを含めても、滅多にない珍事だ。
ソルは思わぬピンチに陥っていた。




