魔王と勇者と攻撃パターン
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「フハハッ、よくぞここまで辿り着いたな、勇者よ!」
決戦の場は魔王城、玉座の間。
巨竜の巣よりも広い空間に魔王の声が響き渡った。
黄金の髪を持つ勇者はまだ入り口付近におり、奥の闇に鎮座する魔王を睨みつける。だがその姿をはっきりと見ることはできなかった。
広間の松明が次々に灯された。
とっさのことに勇者は剣を構えて身構えるが、これはただの演出だ。玉座の間に照明が点けられただけにすぎない。
魔王の口元がにやりと歪んだ。
勇者の小心を嘲笑ったのではなく、その決して油断しない警戒心と一瞬で剣を構えた反応速度に満足したのだ。
見ればその勇者は一人でこの場に辿り着いていた。仲間も持たずに、たった一人でだ。
それは古い物語に登場する単独で魔王を討ち倒した【青の勇者】を彷彿とさせる。そんな伝承と重ね合わせて魔王は心躍らせた。
勇者が身に纏う装備は意外なほど軽装で、おそらく防御力よりも機動力を重視したのであろう。美しく舞う花びらのようにひらひらと回避するに違いない。
武器の片手剣も実に使い込まれている。長年の愛用武器なのであろうその剣は、ところどころボロボロになりながらも絶対に主人を裏切らない気高さを感じる。逆の手に装備した盾も同様だ。
遠目からでもわかる百獣王の鬣のような金髪、美貌の妖精族にも劣らぬ精緻な顔立ち、真っ直ぐを見据える眼差しと歯を食いしばっているような強い表情。
その姿はまさしく【勇敢なる者】であった。
「……面白い。褒美に、この我が直々に相手してやろう」
魔王は豪奢な玉座から立ち上がると、血の色のような紅のマントをはね上げた。
【闇と炎の魔人王 ソルレオン】
今、魔王の正体が露わになる。
その姿、人に似るが人に非ず。
闇夜に浮かび上がる亡霊を連想させる魔人特有の蒼白の肌。だが亡霊と違い、その肉体からは迸るような生気が満ち溢れている。四肢は魔人の名にふさわしく太く強靭に鍛え上げられていた。
全身には真紅と漆黒に染まった禍々しい鎧甲が装備されている。『呪いの防具』というイメージがこれほど似合う鎧甲がほかにあるだろうか。
さらに鎧よりもなお異彩を放つ昏き闇の底ような瞳。その邪眼は見た相手の心を握り潰すといわれ恐れられていた。
燃えるような赤灼の髪をなびかせ、剛毅でありながら優雅さを忘れない表情と仕草。そして威風堂々たる王者の風格はまさに【魔人の王】。
蒼白と真紅、そして漆黒。そのコントラストが織り成す印象は魔王のふたつ名である【日蝕の魔王(トータル・イクリプス)】【黒天魔(ダークネスオブザサン)】を想起させた。
「フハハ、ではゆくぞ勇者よ! この攻撃がかわせるかな?」
魔王は大仰に両の腕を掲げた。その中空、魔王の眼前に膨大な熱量が集中する。
魔王から熱線が放たれ――――――――――熱線はそのまま勇者の胸を貫いた。
「フハハハハ、ハハ……ハ?」
勇者は倒れた。
「…………………………えっ?」
魔王は勝利した。
魔王は五〇ポイントの経験値を手にいれ――――
「まてまてまて待てぇぇぇぇえいっ!!」
魔王は二四〇ゴールドを――――
「うおおっ! 死なせはせん! 前途有望な勇者をこんなところで死なせはせんぞぉ!! おい誰かはやく治癒魔法を……そうだセラ、魔女のセラはおらんかはやくきて――――」
~ 中略 ~
魔王とその直属の部下である幹部たちはある一室に集合していた。
とても広大な魔王城には様々な部屋が用意されている。今回、会議の場として使用されたのは普段魔王軍は使わない、勇者たちが魔王城の中でも安全に回復できるような、どこにでもあるなんの変哲もないただの『セーブ部屋』だ。
がらんとした室内には椅子とテーブルが用意され、奥に座る魔王は腕を組んだまま目を閉じている。
「して、今回のことであるが……」
魔王は重いその口を開いた。ちらりと目の前に立ったままの二体の【門番】に視線を向ける。
そこには巨人にも負けないほど立派な肉体を持つ魔族のコンビが、哀れなほどその巨躯を縮こまらせて申し訳なさそうに立っていた。
牛頭の魔族を【ゴズー】、馬頭の魔族は【メイズ】という。
「なぜあんなに未熟な勇者を我のもとへ辿り着かせてしまったのか? 本来、こういうことがないように【門番】がいるのであろう」
「も、もうしわけありません魔王さま」
「ご、ご、ごめんなさい、ま、魔王さま」
「うむ、よい」
魔王は手のひらで謝罪を制した。二体の反省の色は十分に見えている。
「それよりもなぜあの勇者を通したのだ? 我はその理由を聞きたいのだ」
「そ、それはなんだな――」
「――それはですね魔王さま」
メイズの言葉を遮ってゴズーが一歩前へ出た。こういう時はだいたいゴズーが話し役になる。ほんの少しであるが、メイズよりゴズーのほうが賢いからだ。
「あの勇者はたしかに弱っちかったんですが、ほら、けっこうなイケメンだったじゃないですか。だから魔王さまとの熱いバトルに華がそえられるかもって思ったんです!」
「い、いろどりは、だ、大事なんだな」
ゴズーはドヤ顔で言い放った。メイズもうんうんとうなずく。
そう、メイズよりゴズーのほうが『ほんの少し』だけ賢いのだ。だがしかし基本的にこの二体の門番は脳筋……もとい典型的なパワー型である。
最初はゴズーとメイズも門番らしく勇者の前に立ちはだかったそうだ。
「立ち去れ」という警告もたしかに発したのだが、どうやらびびって混乱した勇者には聞こえなかったようで奇声を上げながら襲い掛かってきた。
門番ズはさすがにその一撃で「こいつ弱え……」と悟ったが、同時に「こいつけっこうイケメンじゃね?」と気付いてしまった。
ついうっかり迷い込んでしまったようにしか思えない勇者(笑)だが見た目だけはいい。そして想像してみた。『魔王さまに立ち向かうイケメン勇者』の姿を。
だが同時に【門番】という自分たちの責務も思い出す。『たとえ勇者であろうと弱き者を決して通してはならない――――ただし倒されてしまった場合は除く』。
門番ズは足りないオツムからとても良い(ように感じた)アイデアをひらめく。そして行動力は無駄にあったためか、それを即座に実行に移した。
つまりは『死んだふり』だ。倒されたふりをして道を譲ったのだった。ついでに先回りをして巡回警備の魔族たちにこの作戦を伝えて回り、玉座まで素通りさせることに成功する。
かくして、弱い勇者はたった一人で魔王のもとへ辿り着いたのであった。
門番ズは嬉々として一部始終を臨場感たっぷりに語った。熱中して周囲が見えない二体は幹部たちの不穏な動揺に気付きはしない。
周囲の目は魔王ソルレオンに集まった。腕をがっちりと組んだままの恰好で、さきほどからぴくりとも動いていない。だが幹部たちにはこれ以上ないほど恐ろしく威圧的に感じられた。
そんな様子にまずメイズが気付くと、ゴズーにもそっと伝える。ようやく我に返った門番ズは一気に青ざめた。
「うむ、百歩譲ってイケメン勇者を通したことは許そう」
魔王は寛大だった。
「だがお前たちは倒される時にこの我の、『魔王の初手は必ず熱線攻撃だ』とちゃんと伝えたのか?」
「あっ」
「あっ」
「……やはりな。あからさまな『予備動作』をしても反応がなかったから、もしやと思ったが……ダメではないか。さりげなく、しかしちゃんと我の『攻略方法』を伝えなければ」
「も、もうしわけありません魔王さま」
「ご、ご、ごめんなさい、ま、魔王さま」
「うむ、わかればよい。次からはちゃんと伝えるのだぞ」
そして本日の会議――もとい反省会は解散となった。
「ううむ。やはり最終決戦はもっとドラマティックにしたいものであるな……あ、今ちょっと良い演出が浮かんだぞ。セラ、メモとって――」
あえて言おう、これが魔人王と魔王城の日常である。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
魔王ソルレオンは瀕死の勇者が運ばれた病室へやってきた。
勇者はまだ気絶したままだが、治癒魔法のおかげで命に別状はない。だが熱線が貫通した胸には火傷の痕が残ってしまったらしい。
寝息で上下する胸元に視線を送るが、毛布で隠れているため傷痕は見えなかった。あえて毛布をよけてまで見ようとは思わなかった。
今度は顔を見てみるが、こちらも野暮ったいほど長い金髪に隠れてしまっている。わずかに覗く口元からは驚くことにまだ幼さが感じられた。
「セラと同い年くらいだろうか……?」
ぽつりと漏らした独り言に導かれるように髪に手を伸ばして――その頭を軽く撫でる。
「……我は貴様のことを忘れない。
たった一人で我に挑もうとした者は貴様だけだ。しかもあんな初期装備で。
もっと強くなれ。もっと強くなってふたたび我のもとに辿り着くがいい。
我はずっと此処で待っているぞ」
魔王は薄く笑みを浮かべた。
「待っているぞ――――【勇敢なる者】よ」
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