another story
わたしの目の前に現れたのは、
ミイラ?
包帯で身体中をぐるぐるに巻かれて横になっている。
だんだん近づくにつれて、ミイラの周りに見覚えのある顔を見つけた。
あれは、わたしの母親と父親、弟。
あと、知らない男性がひとり。
「先生、なんとかならないんですか?」
母親が涙声で叫ぶ。
「脳死ってことは、無理なんだよ」
父親が小さくささやく。
「ねぇ、脳死って? お姉ちゃん死んだの?」
弟が言う。
「お姉ちゃんは、まだ身体は生きようって頑張ってるんだよ。ただね、お姉ちゃんの心はもう天国にいってしまったんだ」
見知らぬ男が話す。
この状況からして、医師だろう。
あのミイラは、なら、わたしなんだね。
「じゃあ、どうしたらいいんですか?」
母親の問いに対して、
「残念ながら、このまま見守るしかありません」
医師が話していたとき、誰かがノックした。
部屋に入ってきたのは…
元カレだった。
あいつは入ってくるといきなり土下座して、
「ぼくのせいで、すみません。ほんと申し訳ありません」
何度も、何度も謝る。
「頭を上げてください、あなたが悪いんじゃない。娘は病んでたんです。わたしたちの責任ですから」
父親が優しく語る。
なに?
この光景?
この違和感。
自分のミイラ姿を含めて、みんな現実感がない。
死んだから?
そのとき…
「違うよ」
後ろから誰かに肩を叩かれた。
小さな男の子が、そこにいた。
「違うって?」
「じゃ、聞かせてあげるよ」
男の子が、笑いながら言う。
(最後までこんなに迷惑をかけて、この娘は疫病神だよ)
母親の声、だよね?
(とりあえず別居したとは言え、父親として顔をだしたんだ。もう関わらなくていいだろな)
父親か。
(おれは悪くない。死んだのはこいつが勝手にしたことだし、頭を下げてたら大丈夫さ)
やつらしい発想だねー。
(このまま、入院されたら病室が一室、無駄なんだが…治療できない病人はいらないのに)
これは医師の声かな、お金、お金か…。
(あれがお姉ちゃん? 怖いよ。またぼくいじめられちゃう)
弟まで…
って。
なに、これ?
言ってるのと、全然、違うし。
「ね、聞こえたよね? 本心が」
「うん。愛情なんて、ないんだね」
「そういうこと」
薄々は、わかってたけど…
やっぱり悲しいね。
わたしは、包帯に巻かれた自分を見ながら思う。
「木になって長い時間かけて見る必要なんてないよ。これが今の人間たちの現実なんだから」
なるほど、それを伝えたかったんだ。
神様に声は届いてたんだね。
なら、この子が神様?
「もし愛情があるとしたら、それは自分への愛情。みんな、自分が一番」
「…」
「家族でも、恋人でも一番にはなれない。昔はそうじゃなかったんだよ。でも、人類は進歩することで道を誤った」
やっぱり、神様?
この世をたくさん見てきたから、言えるセリフ。
「たしかに、きみの人生は哀れだった。でも、結果、それが正解だったのかもね」
わたしは、コクリと頭を下げる。
「あのまま生きる必要もない。ぼくと一緒に、きたらいいよ」
「ねぇ、あなたは…神様?」
「当たりっ、ぼくは神だよ」
やっぱり、そうだった。
それから、ニコリと笑顔を浮かべ、
「ああ、ただ人間を憎む死神だけどねー」
…これが、死神?
なんかイメージと違いすぎ。
もっと仰々しいやつ、想像してたのに。
こんな子供だなんて…
ま、でも神様には違いないか。
「さあ、そろそろ始まったよ」
「え?」
死神が、人間たちを指さす。
「あの…この子の臓器を提供できませんか?」
母親が医者に突然、そう切りだした。
はぁ?
呆気にとられる、わたし。
母親に殺されてしまうの?
「たしか、本人の意志がなくても保護者の同意があれば…可能でしたよね?」
と、父親まで加勢してきた。
「病院の立場としてはまだ生きている娘さんの臓器を移植して他のかたに生かしたいのは事実ですが、ほんとにいいんですか?」
「えっと…彼女はとても心優しい女性でした。きっと本人もそれを望んでると思います」
お前まで言うか。
だいたいお前がなんで、そこにいる?
あのシナリオは完璧だった。
ただ、予定外だったのは、
あの彼女がバカすぎたこと。
やつから聞いた、取り憑かれたって話をみんな素直に信じるとは、ね。
笑っちゃうくらいのおバカ。
だけど、わたしも付き合ってた当時はそうだったのかもね。
なら、笑えないか。
彼女の証言もあり殺人罪は問えなかった。
つか、わたし死ななかったんだもんね。
結局…
このままじゃ、わたしみんなに都合よく消されてしまう。
「世の中って思い通りになんて、ならないもんだね」
死神が、他人事のように話す。
「あなたでも?」
「ぼくは死神だよ? そんなわけないでしょ。きみみたいに無力じゃないんだから一緒にしないでねー」
わたし、死神にもバカにされてる。
身体があのときみたいに熱くなっていく。
怒りが溢れてもう抑えきれない。
こんなやつらの思い通りになるなんて
いやっっ!
包帯で巻かれたわたしの身体が
ゆっくりと立ち上がる。
驚く医者の顔が見えた。
「意識が戻ったのねっ」
「お、お姉ちゃん!」
周りは驚きと歓喜らしき声をあげる。
「みんな…」
「無理して話さなくていいんだよ」
医師が言うのをさえぎって、
「うそつき!」
わたしは、叫んだ。
と、同時にわたしは身体にまとわりつく包帯をほどく。
火傷でただれた身体があらわになる。
腕なんて、骨までうっすら見えてるよ。
「おいっ、やめなさい」
医師が必死に止めようとする。
あなたは関係ない、だけど邪魔。
わたしはほどいた包帯を、医師の首に巻きつける。
そして、目一杯に力を込めた。
自分でも信じれない力。
家族は呆然とそれを眺めてるだけ。
そりゃ現実感ないだろうね。
ただ、前に似た経験済みの元カレだけは…
慌てて病室を出ようとドアを回そうとする。
だけど、ドアは開かない。
死神がドアを片手で抑えてくれていた。
医師がその場に倒れる。
「さあ、部外者はいなくなったね」
わたしは、病室を見渡す。
なんかここって、あまりモノがないなぁ。
何がいい?
両親がいなくなったら辛いよね、生きていくの…
病室にあった冷蔵庫を持ち上げ、弟の頭に振り落とす。
この力はなに?
死神にふと目をやる。
「その調子だよ」
これはわたしの意志?
それとも操られてる?
って、考えていた隙に背後から何かで殴られた。
振り返ると、手に持っていた鞄の角をわたしの頭に叩きつけたよう。
そんなのじゃ、ぜんぜんダメ。
わたしは、倒れていた冷蔵庫を投げつける。
腹部を直撃。
それから、父親の頭を抑えて
グキッ
軽く回しただけなのに一回転してしまった。
だんだんテンションが上がってる。
これは、わたしの意志なんだ。
今まで溜め込んできた気持ちを吐き出してるだけ。
あいつは、もちろん最後だよね。
母親が、手足を震わしながらかろうじて、声をだす。
「お、お願い。もうやめて」
「お母さん…」
わたしは、最後にそう呼びたかった。
色々あったけど、わたし、お母さんだけはって思ってたんだよ。
中学生のころは、一緒に買い物に行って、服を交換してみたり…友達みたいだったよね。
あの頃のままのわたしだったら、臓器を提供してくださいなんて、言わなかったのかな。
わたしが原因、そんなことはわかってる。
でも、お母さんには、どんなわたしであっても守ってもらいたかったんだ。
昔、お腹の中で繋がってたときみたいに。
わたしを見て、そんなに怯えないで…
わたし、少しだけ悩んでるんだから。
と思ったとき、母親がバッグから何かを取り出した。
身体中に電気が走る。
これって、いつだったか、最近は物騒だからって、わたしがネットで買って誕生日にプレゼントした、スタンガンだよね?
あのときは、笑われたけど…
ちゃんと持っててくれたんだ。
なんか、嬉しかったよ。
だけど、さっき殺意を感じてしまった。
やっぱり、昔には戻れないんだね。
苦しまないで一瞬で、死なせるから安心して。
わたしは、身体中に流れる電流を右手にあつめ、その手を母親の心臓に押し当てた。
手から放たれた電流は何倍もの力となって、母親の心臓を突き刺した。
一瞬で、心臓麻痺…
お母さん、苦しくなかったでしょ?
さて…
あとは、あいつだけか。
まだ、ドアを、開けようと必死にあがいてる。
そこは無理。
唯一、逃げ道があるとしたら…
窓の外だよ。
ただ、ここは9階だけどね。
わたしは、顔に巻かれた包帯をはずしていく。
自分じゃ見れないけど、きっと凄い顔なんだろうね、元が地味だったから、ある意味、派手顔になったんだろうけど…
やつはまともにわたしを見ていない。
当たり前か、外見か金。
興味はそれだけだしね。
「ねえ」
わたしは、彼に近づいていく。
「おれが、悪かったっ、許してくれ」
はぁ、情けない。
勝ち目ないからって、土下座して。
「なら、わたしにキスしてよ」
予想外のセリフに驚いた様子。
「昔みたいにキスしてみて」
「そ、それで、許してくれるの?」
せっかくのいい顔も、それじゃね。
涙に目が腫れて、鼻水が垂れてるし。
「今のわたしに、できるならだけど」
やつは立ち上がって、こっちに顔を向けた。
生きるために必死だね…
わたしはさらに近づいて、やつの射程圏内に入った。
いつもこれくらいの距離になると、あとは向こうの思うがまま…
だが、やつは目を閉じていた。
「なんで、目を閉じたの? 普通は逆でしょ?」
目をうっすら開くが視線を合さない。
「やっぱり、わたしみたいなブスとキスはできないよね」
やつは首を震わせながら、わたしの唇にキスを、した。
重なるふたつの唇。
わたしは、されるがまま。
だけど、やつの唇も微妙にしか動かない。
これじゃ、マネキン同士のキスと同じ。
何もドキドキしない、感じない、伝わらない。
でも、前にしてたキスもそうだったのかもしれない。
あのときは、わたしに気持ちがあったから、勝手にドキドキして、感じてただけ。
しばらくして、やつは唇を離した。
もういい?
目がそう訴えていた。
「それが、好きな相手にするキスだっけ? 彼女にもそんなキスしてるんだ」
また彼の顔が近づく。
唇が重なる。
そして、わたしの口に彼の舌が入ってきた。
いまだ!
わたしは、思いきり口を閉じる。
ぐぁぁぁあっ。
一発で噛み切ったよ。
口の中で彼の舌が動いてる。
まるでトカゲのしっぽが切られたときみたい。
わたしは、その舌を2回、口の中で噛んだあと…
つばを吐くように吐き出した。
鮮やかな血が病室の床に飛び散り、
その上に噛み切られた舌の残骸が、ピクッと動く。
やつに目をやる。
口を抑えているが、血が溢れて手から漏れていた。
あと、どれくらいで死ぬのかな。
一気に死ぬのも、可哀想だからね。
だって、あなたはわたしにとって特別だったんだよ。
最後までわたしが看取ってあげる。
…と思ってたら、もう気を失ってるの?
何しても反応なし。
心臓に手を当ててみる。
まだ、生きてるじゃない。
わたしは、やつの顔を思い切り叩く。
「おい、起きろっ」
目がうっすら開く。
「死ぬな、まだ死ぬなよ」
まるでわたしが助けてるみたい。
でも、こんなあっさり逝かれちゃったら…
わたしが焼け苦しんだときより、短いんだもん。
なんか納得いかないんだけど、こりゃもう限界かも。
わたしは、最後にやつの頭を思いきり蹴飛ばした。
ゴキッ、鈍い音がした。
頭が引きちぎれることを想像していたが、そこまでは無理だったか、残念。
でも、とりあえず、これでゲーム終了。
わたしは、死神に目をやった。
「なかなか派手に、やったねー」
「だって、わたしの人生のフィナーレなんだから」
「少しは、スッキリした?」
「今のとこはね。でも、今からがわたしの新たな人生なんだよね?」
死神は、ゆっくりと頷く。
わたしの心は死神に吸い込まれていった。
ここがわたしの居場所。
やっと見つけたよ。
薄暗くて誰とも関わらないで、でも自由にできた…
あのネカフェにいたときの空間に似ていた。
きっとたくさんの裏切られた人間たちの心が、この中にはいるんだね。
一人では、あれくらいしかできなかったけど、みんなと一緒なら…
わたしは神になれるんだ。
わたしは誓う。
わたしは死神になって…
この腐りきった社会を、人間を消していく。
死神は一人じゃない。
たくさんの自分勝手な人間たちの犠牲者たちの塊。
だから…
さっきみたいに、一人ずつ殺るみたいな野暮ったいことはしないよ、ね?
死神は、わたしの質問にこう返事した。
「当たり前だよ。人間なんてそのうち自分たち同士で殺りあってくれる。それが歴史。歴史は繰り返されるから」
「じゃ、わたしたちは何を殺るつもりなの?」
死神は笑いながら答えた。
「そんなの決まってるさ。神ってやつだよ」




