⑥ モノローグと私
五時五十五分。
アラームの振動が空気を震わせるより先に、私は机に向かっていた。
もはや「起床」と「活動」の間に境界線はない。睡眠とは、翌日のパフォーマンスを改善するためのメンテナンス時間に過ぎない。目を開けた瞬間に、私のシステムは最大出力で稼働を開始する。
私はまず日記を開いた。五時五十五分起床、遅延なし。
以前の私は、一日の終わりにその日の成果を記録していた。しかし今は違う。行動する前に予定を書き込み、行動した後にそれが正しく遂行されたかをチェックする。この双方向の記述こそが、私の存在を現実へ繋ぎ止める役割を果たしていた。
……書かなければならない。書くという行為が停止した瞬間、私の連続性は絶たれ、ただのマヤの形をした静止画に成り下がってしまう。
午前中の授業中も、私のペンは止まらなかった。ノートの余白には、教師の言葉ではなく、自分自身の状態が克明に刻まれていく。一般的には不健全と捉えられるかもしれないが、それは授業内容の把握という目的が達成されない場合だろう。私はすでに十分な知識を得ている。
《10時14分。心拍数72。集中力は維持されている。周囲の視線に対し、適切な学生としての振る舞いを継続中。隣の席の生徒が消しゴムを落としたが、それを拾うという動作によるタイムロス(約3秒)は、後の歩行速度の微調整により相殺可能と判断した。》
ふと、自分の書いている文章の異質さに気づく。以前の私はもっと簡潔な、事実のみを記す論理的な文体を好んでいたはずだ。だが最近の日記は、同じような確認事項が何度も繰り返され、一文が蛇のように長く伸びている。
……客観的記録だ。これは、精度の向上に他ならない。
私は自分に言い聞かせるように、震える指でペンを握り直した。「私は正常である」と書く。その一分後に、また「私は正常である。なぜなら、このように記述できているからだ」と書く。
放課後の図書室。私はいつものように、マヤの記録との差分を確認するために、彼女が残したとされる古いスケッチブックを眺めていた。そこには歪んだ花や、名前も知らない誰かの横顔が、乱暴な線で描かれていた。
《感情表現や主観的評価は不要である。私は彼女の混沌を、秩序によって上書きする》
私は日記にそう書きつけた。かつて私は、マヤが抱いていたであろう感情を軽蔑していた。しかし、今の私の日記には、どういうわけか、かつて否定していたはずの言葉が侵入し始めている。
《今日の夕食時、母の笑顔にわずかな違和感を覚えた。その違和感は、私の喉の奥を締め付けるような物理的な不快感として表出した。しかし、これは感情ではない。神経伝達物質の過剰放出による一時的なエラー反応である。私は悲しくなどない。ただ、記録の整合性が取れないことに憤っているだけだ。私はマヤより優れている。私はここにいる。私は消えていない。》
文字が以前より少しずつ大きく、乱暴になっていく。書けば書くほど、自分という存在が紙の上に吸い取られていくような感覚がある。それでも書くのをやめるわけにはいかない。
……わずかな歪みが生じていることは、自分でも薄々気づき始めていた。「演者」感が問題なのだろうか。私には人間らしさがないのか。それが現状を生み出しているのか。アイデンティティの "I" が確立していなければ、ただの模倣犯では、それを持ち得ないのだろうか。
ではもし、この数値を全て手放したら。もし、朝のアラームを無視して、一日中天井の木目を数え続けていたら。そこから「本当の私」が始まったりするのだろうか。それとも尚更「マヤらしく」なるだけなのか。
夜、十一時。
自室の明かりの下で、私は今日の最終報告を書き上げる。
ふと、ページを遡ってみた。一週間前の記述と、今日の内容が驚くほど似通っている。同じ語句の繰り返し。同じ不安の再確認。同じ結論への強引な着地。あまりに内容が薄い。今日、私は何を成し遂げただろうか。スケジュール通りに動き、マヤの模倣を完璧にこなし、そして……。
「……何もない?」
背筋に冷たい氷を押し当てられたような戦慄が走った。成果を積み上げているはずなのに、その中心にあるはずの「私」という中身が、スカスカに干からびている。
私は猛烈な自己嫌悪に襲われ、書き上げたばかりのページを塗りつぶそうとした。しかし、ペン先が紙に触れる直前で止まる。
――記録されない私は存在しない。
その言葉が、脳内で警報のように鳴り響いた。たとえ内容が空虚であっても、文字としてそこに定着させなければ、私の今日の二十四時間は「無」へと帰してしまう。マヤが死んだように、記録されない時間は、クローンである私にとっての死と同義だった。
私は吐き気をこらえながら、再びペンを走らせた。
《23時15分。存在証明の継続。私は今日、マヤとして呼吸し、マヤとして歩き、マヤとして食した。その全てを私は把握している。把握している以上、私は私を制御下に置いている。したがって、私はまだ壊れていない。壊れていない。明日も私は私を記述する。記述することによって、私は存在を更新する。》
日記の余白が黒い文字で埋め尽くされていく。窓の外では夜の闇が深まっていた。私は鏡も見ず、ただひたすらに、自分がそこにいるという証拠を紙の上に叩きつけ続けた。
明日、もし一行も書けなかったとしたら。
その時、私は、自分が自分であることをどうやって思い出せばいいのだろうか。
私は震える手で明日の予定を書き込んだ。五時五十分起床。今日より、さらに五分早く。書くべき時間を、一分でも長く確保するために。




