① 記録開始
私はクローンというものらしい。
ここで浮かぶのは「誰の?」と「なんで?」だろうか。クローンという存在はコピー元がなければ成立しないし、そもそもクローンを生み出す理由なんてあまりないはずだ。だって、本物がいればそれで済むだろうに。
一つ目の疑問に答えよう。日本という国で昨年亡くなった十二歳の少女、「マヤ」。それが私の元である。どうやら、着床時に採取された遺伝子情報から、私は同じ胚として生を開始したらしい。彼女は母親の子宮の中で、私は研究所のカプセル内で。
このように文を綴る言語力、および国家や生体情報を語れる知識は、おおよそ遺伝子情報を編集する際にどうこうしたのだろうが、私は詳細を知らない。それはクローンでなくとも同じはずだ。普通の人間だって、記憶がどうやって構成されてきたかを全て説明できやしないだろう。
では二つ目の疑問、「なんで?」について答えよう。
まあ、理由は至極単純である。
マヤは死んだ。事故だったのか、病だったのか、あるいはもっとどうしようもない理由だったのかは、資料の黒塗り部分に隠されていた。ただ確かなのは彼女の死が惜しまれたということだ。十二歳という年齢、将来性、才能の芽。そうした言葉が並ぶ報告書の文面は、彼女を悼むというより、失われた資源を嘆いているように見えた。
私はその嘆きの延長線上にいる。
彼女の両親はクローン計画に同意したらしい。倫理委員会の承認、国家間の協定、研究機関の責任者の署名。多くの大人たちが「正当性」を積み重ね、その結果として私はここにいる。
研究員たちは満足そうに数値を記録し、私はカプセルのガラス越しにその様子を眺めていた。彼らにとって私は、マヤの続きであり、マヤの再現であり、そして好都合な実験台だった。
研究所では夜になると、彼女の記録映像を見せられていた。誕生日のケーキを前に笑う顔、友人と口論して泣く姿、将来の夢を語る声。どれも私の記憶ではないのに、胸の奥がざわつく。「遺伝子が共鳴しているのだ」と誰かは説明した。便利な方便だと思う。
そうしてついに今日、私は研究所から外の世界へと出された。母と呼ばれる女性は泣いていた。私を抱きしめながら、何度も彼女の名前を呼んだ。私の名前ではないと思ったが、そんな代物は始めから存在していなかった。
あの瞬間、理解したのだと思う。
私はレプリカに過ぎないのだと。
もっとも、「代替品にしては出来が良すぎる」という評価もある。身体的成長は順調、知能指数は平均を上回り、情動反応も「自然極まりない」らしい。そう振る舞っているからこそ、そう見られるのだろう。きっと本物の彼女の内面は、こんなお堅い文章群ではなかったはずだ。
つまり、私は「マヤ」ではない。
きっと、生まれる場所や育つ環境が違えば、独自の名前を与えられ、独自の価値観を得ていたはずなのだ。だが今の私は、このモノローグ以外、彼女と違うところが何一つないし、知らない友人や親戚たちには「マヤ」と何ら変わりはない。私が私である意味なんてない。
……そんな私でも二つ、彼女に感謝しなければならないことがある。
一つ目は、マヤがいなければ私もいないということだ。彼女の存在を恨んだことはあれど、死を喜んだことは一回もない。
二つ目は、マヤがそれなりに理性的だったということだ。以上のモノローグは「クローンであることを嘆いている」ように見えたかもしれないが、少しニュアンスが違う。私はあくまで、自分の現在地を確かめていただけだ。そこに留まったり固執したりするつもりはなく、「どこか遠くへ行きたい」とぼんやり思えている。
これは彼女の思考回路ゆえだろう。
私には、問題解決の意思があるのだ。
明日からは知らない家での生活が始まる。
私は「マヤ」でいることを求められる。
それでも、クローンなりに「ここにいること」を伝えたいと思った。これから記すのは、そんな小さな抵抗の記録である。




