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キス

巨神が光の塵となって霧散し、バザルタの町に本物の朝陽が差し込んだ。

崩れた広場に、心地よい静寂が広がる。

ルストは折れそうな予備の聖剣を鞘に収め、荒い息を整えながら空を見上げた。その隣には、共に死線を越えたリィンとバルガスが立っている。

「……終わったな、二人とも」

ルストの言葉に、バルガスがゆっくりと、しかし力強く頷いた。

彼は自分の大きな掌を見つめ、それからルストを真っ直ぐに見据えた。その瞳に宿っているのは、過去の罪に怯える影ではなく、未来を掴もうとする戦士の輝きだった。

「ルスト様。……俺は、あんたに謝らなきゃならねえ。そして、礼を言わなきゃならねえ」

バルガスは、かつてないほど清々しい笑顔を浮かべた。

「俺は今まで、ノア様の影を追うことで、自分を誤魔化してた。でも今日、あんたの戦いを見て……泥を啜ってでも、知恵を絞ってでも、大切なものを守り抜こうとするあんたの姿を見て、魂が震えたんだ」

バルガスは大剣を背負い直し、旅の荷物を肩にかけた。

「俺は、あんたの隣を歩くのに相応しい男になりたい。ノア様の代わりを求めて隣にいるんじゃねえ。……『ルスト・ランベール』という一人の男を、俺の主として、心から守れる最強の盾になりたいんだ」

「バルガス、君は……」

「修行に行ってくる。世界を見て、もっと強い奴らと拳を交えて、あんたが世界を驚かせるその時に、一番前で笑って立っていられるようにな」

バルガスは豪快に笑い、ルストの肩を力一杯叩いた。

「別れじゃねえ、これは投資だ! 次に会う時、あんたの『嘘』が本物の伝説になった頃、俺はあんたにとって最高の『真実の盾』になって駆けつける。……それまで、その不格好な予備の剣、大切にしておけよ!」

バルガスはルストとリィンに背を向け、高く手を振った。

「あばよ、二人とも! 最高の戦いだったぜ!!」

朝日に向かって歩き出す彼の背中は、誰の影も背負っていない、一人の自由な、そして誇り高い戦士のものだった。


バザルタの激闘から数日。ルストとリィンは、兄ノアの目撃情報があり、かつ強力な武具が眠るという「迷宮都市」への街道を歩んでいた。

ルストの腰にある予備の聖剣は、先の戦いで魔力の過負荷に晒され、刃には無数の亀裂が走り、今や鉄の塊に近い状態。二人は夜の帳が下りる頃、街道沿いの静かな森で野宿をすることにした


バザルタから迷宮都市へと続く、長く険しい街道。

激戦を越えた二人は、木々の隙間から差し込む月の光を道標に、静かな歩みを進めていた。

ルストの腰にある予備の聖剣は、先の巨神との戦いで極限の魔力負荷に晒され、今やその刀身に無数のひび割れが走り、見る影もなくボロボロになっていた。

「……さすがに、もう限界だな」

夜、街道沿いの森で野宿の火を囲みながら、ルストは月光に透ける剣先を布で拭い、ぽつりと零した。それは兄の余り物だったが、今の彼にとっては、自らの意志で仲間を守り抜いた「証」そのものだった。

パチパチと爆ぜる焚き火の音が、夜の静寂を深めていく。

隣でマントにくるまっていたリィンが、ふと顔を上げた。炎の揺らめきが、彼女のどこか切なげな、それでいて凛とした横顔を浮かび上がらせる。

「ねえ、ルスト。……私、お館様ノアに仕えていた頃は、自分が何者なのかなんて考えたこともなかったわ」

彼女の声は、夜風に溶けるように穏やかだった。

「あの方は完璧だった。誰も寄せ付けない高みにいて、私はただ、その背中を追いかけるだけの道具であればいいと思っていたの。でも……」

リィンは膝を抱え、ルストが手入れしているボロボロの剣を見つめた。

「バザルタでのあなたを見て、私の心は初めて震えたわ。あなたは無能だと蔑まれ、兄さんの影に怯えながらも、最後には自分の足で立って、泥臭く足掻いて、奇跡をたぐり寄せた。……完璧な神様のような兄さんには成し得ない強さが、あなたにはあった」

ルストが手を止め、リィンを振り返る。

火影に照らされた彼女の瞳は、これまでに見たことがないほど潤み、そして真っ直ぐにルストを射抜いていた。

「私、今はこの旅がとても愛おしいの。……あなたの『嘘』を一緒に守り抜くことが、私の本当の意志。ルスト……偽物のフリをしながら誰よりも必死なあなたのことを、私は今、心から尊敬しているわ」

リィンは吸い寄せられるように、ルストのすぐ傍へと寄り添った。

触れ合う肩から、互いの体温が伝わってくる。静かな森の空気の中で、ルストの心臓の鼓動だけが、やけに大きく響いた。

「……大好きよ、ルスト」

熱い吐息と共に零れた、偽りのない言葉。

ルストが驚きに目を見開いた瞬間、リィンの柔らかな唇が、彼の頬にそっと、吸い付くように触れた。

「……これは、私からの契約の印。迷宮都市でどんなに強い武器を手に入れても、私を頼るのを忘れないで。……約束よ?」

リィンは顔を赤らめながらも、いたずらっぽく、そして慈しむように微笑んだ。

頬に残る柔らかな感触と、リィンの確かな熱。

二人の「共犯者」という絆は、この夜、甘く切ない確信へと形を変えたのだった。

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