共鳴する三位一体(トリニティ)――変幻自在の円舞曲
バザルタの中央広場。絶望という名の闇に塗り潰されていたその場所に、今、三つの「意志」が火花を散らした。
「……バルガス、リィン。作戦は一つだ。僕の合図に合わせて、全力を叩き込め」
ルストの言葉に、二人が力強く頷く。
影の軍勢は、獲物が「覚醒」したことを本能的に察知し、数千の影を一箇所に集束させ始めた。それは山をも飲み込む巨大な黒い津波となり、三人を圧殺せんと押し寄せる。
「……来るわ。実体のない影の奔流……普通に斬っても無駄よ!」
リィンが鋭く叫び、魔導書を空中に固定する。
「ああ、分かっている。だからこそ――リィン、今だッ!」
ルストの号令。
リィンの指先が、複雑な幾何学模様を空に描く。
「《理の外側に干渉せよ――反転する極光》!」
その光に触れた瞬間、霧のように実体のなかった影の軍勢は、パキパキと音を立てて硬質化し、物理的な肉体へと変質した。
「今だ、仕留めるわよ!」
リィンが追撃の魔法を放とうとした、その時だった。
実体化した数千の影が、互いを喰らい合うように一点へと猛烈に集束を始めた。肉と肉が軋み、骨が鳴るようなおぞましい音が響く。次の瞬間、そこに現れたのは、広場を埋め尽くすほど巨大な、**単眼の異形――「影の巨神」**だった。
「なっ……個体数を減らしたんじゃない、一つにまとまったというの!?」
リィンの顔から血の気が引く。巨神が放つ凄まじい風圧だけで、三人は後方へと吹き飛ばされた。物理的な質量を得た絶望は、先ほどまでの比ではない。
「……クソっ、こんなデカブツ、どうやって……」
バルガスが膝をつき、大剣を握る手が震える。全滅の予感が場を支配した。
崩壊しかけた三人の士気を繋ぎ止めたのは、一歩前に踏み出した「背中」だった。
ルストは、焼けるような恐怖を腹の底に押し込み、兄ノアと全く同じ――否、それ以上に毅然とした態度で、巨神を見上げた。
「……バルガス、リィン。顔を上げろ」
その声は、震えてなどいなかった。ルストは、兄が残した予備の聖剣を悠然と構え、不敵な笑みさえ浮かべてみせる。
「この程度のデカブツ、兄さんなら欠伸をしながら切り伏せる。……僕たちにそれができないと思うか?」
その凛とした佇まいに、二人の心に火が灯る。
(そうだ……この人は、絶望なんて最初から見ていないんだ!)
ルストが放つ「勇者のオーラ」――それは彼が血の滲むような努力で作り上げた最高の「演技」であり、今この瞬間、三人を繋ぎ止める唯一の希望となった。
「行くぞ! 奴の意識を散らせ! 一瞬でも止まれば死ぬと思え!」
ルストの鋭い号令が響く。巨神の振り下ろした巨大な拳が石畳を粉砕するより早く、ルストは横に飛び、リィンの結界を蹴って加速した。
「リィン、反射だ!」
「合わせるわ、死に損なわないでよ!」
リィンが掌をかざし、三つの光球を異なる軌道で撃ち出す。ルストは走りながら、予備の聖剣の腹を鏡のように斜めに構えた。
キィィィィィィィン!
一発目の光弾がルストの剣に当たり、鋭角に屈折して巨神の単眼を射抜く。眩惑に悶える巨神。そこへ、二発目、三発目がルストのステップに合わせて次々と剣の表面で跳ね返り、巨神の関節を、喉元を、急所を的確に穿っていく。ルスト自身が放つ斬撃ではない。リィンの魔法を「剣で操る」という、反射神経の限界を超えた不規則な長距離攻撃だ。
「次は直接よ、避けなさい!」
リィンが指を鳴らす。巨神の足元から無数の氷の棘が噴き出した。巨神がそれを回避しようと後退した先には、すでにルストが回り込んでいる。
「させない!」
ルストは予備の聖剣を逆手に持ち替え、氷の棘に反射したリィンの電撃を剣先で「受け流し(パリー)」、そのまま巨神の懐へねじ込んだ。
魔法が剣を伝い、剣が魔法を導く。
ルストの斬撃は、リィンの放つ火球や雷撃と複雑に混ざり合い、もはやどこまでが物理的な剣筋で、どこからが魔法の放射なのか判別できない。
「右よ!」「いや、上だ!」
二人の連携は、巨神の巨体を翻弄した。ルストが剣を振れば、そこからリィンの爆破魔法が誘発される。リィンが風を吹かせれば、ルストがその風に乗って重力無視の軌道で巨神の背後を取る。
「バルガス、スイッチだッ!!」
ルストの叫びと共に、最前線の二人が交差する。
ルストがリィンの霧魔法に紛れて後方へ下がり、入れ替わりでバルガスが巨神の懐へ飛び込んだ。
「おおおおお! 勇者様の背中は、一歩も通させねえ!!」
バルガスが大剣で巨神の巨腕を真っ向から受け止め、凄まじい火花を散らす。巨神がその「壁」を排除しようと意識を集中させたその瞬間、リィンは巨神の全周囲に数十の魔力回路を展開し、目眩ましと爆音の連鎖を仕掛けた。
巨神の全意識が、目の前のバルガスとリィンの猛攻に釘付けになる。
――それこそが、ルストが描いた「詰み」の盤面だった。
バルガスと入れ替わった瞬間に、ルストはリィンが作った風の足場を蹴り、崩壊した時計台の屋上へと跳躍していた。
「リィン! 全力を僕に預けろ!!」
地上からリィンが放った最大出力の極光が、夜空を裂いてルストへと向かって垂直に伸びる。
ルストは空中で身を翻し、予備の聖剣を、自身の存在すべてを乗せて鏡のように構えた。
「これは……僕たちの、あがき抜いた答えだぁぁぁ!!」
聖剣に集束し、増幅された極光が、巨神の頭上からその「心臓」目掛けて一直線に突き刺さる。死角からの、回避不能の一撃。
予備の聖剣は、リィンの魔力とルストの執念を宿し、巨神の硬質な外殻を紙のように引き裂いて、その核を完全に粉砕した。




