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第4話

ポラリスの別名は北極星。小熊座のα星、2等星。直径は太陽の46倍もあり、光に至っては2200倍の光量で輝いているという。

未来のスターを排出すべく、芸能に特化した高校がポラリス学園高等学校だ。歌手コース、アイドルコース、俳優コースの三つのコースがあり、いずれからも時代を代表するスターを育んでいる。進学への倍率はほとんど宝くじ状態だというのがもっぱらの噂である。


全寮制のポラリスに進学するにあたり九十九は、百や一でも作れる簡単な料理や生活の知恵を書き記した一冊のノートを残してきた。心配や不安が拭えたわけではないが、それでも幼い双子たちは元気よく九十九を送り出してくれた。母親も涙ながらに、見送ってくれた。家族の期待に応えたいと改めて強く思った門出だった。

制服は多数選べる中、九十九は動きやすいハーフパンツタイプを選んだ。黒を基調とした制服はポラリスの中で珍しいらしく、仕立て屋のおじさんに随分と驚かれた。いつだったか、亡くなった祖父に「お前は黒がよく似合う」と言われたことを覚えていただけだったのだが。

周囲を見ると、確かに生徒たちは華やかな制服に身を包んでいた。時折見かける黒制服は口にピアスをするようなロックな男子や、あるいはゴシックロリータのような華美なデザインの女子だった。そのいずれかにも当てはまらない九十九の胸には校章と色違いのエンブレムがあり、それが個性を主張していた。色違いのエンブレム。それは特待生を意味している。当の本人は、学費免除ラッキーぐらいにしか考えてはいなかった。


入学式の三日前、新入生の入寮が開始された。九十九は少ない荷物を抱えて、女子寮に向かった。寮は学年の卒業で入れ替わる、先輩との2人部屋だ。寮の管理人室からカードキーを受け取って、部屋へと向かう。

「…華やかだな。」

行き交う女子生徒たちは、皆、キラキラとその身から光を発しているかのようだった。色が白くて、手足が長くて、髪の毛も艶々と真珠のように輝いている。同じ女子としては、大分と気後れする光景だ。きちんとエステやサロンで綺麗に、美しく整えているのだろう。

九十九は人を避けるように歩を進めて、階段を昇る。階段のあるエントランスは吹き抜けになっており、天井の窓からステンドグラスの色彩豊かな光が落ちていた。踊り場で立ち止まり、天を仰ぐ。目を細めてみると、ちらちらと埃が銀色に輝いて散っている。温かく柔らかな光を全身に感じたかった。

トン、と他の女子生徒と肩がぶつかり我に返る。

「ごめんなさい。」

九十九が謝り、頭を僅かに下げるとその女子生徒は何故か頬を紅く染めて、大丈夫、と手を振って応えるのだった。

「?」

女子生徒の挙動に首を傾げながら、九十九は今度こそ自分が生活する部屋へと目指した。

三階の角部屋まで辿り着き、何気なく扉をノックする。返事はなく、九十九はカードキーをスキャンして鍵を開けた。扉を開けて、入室する。生活感のない一方の学習机に鞄を置いた。扉の隣にある浴室から、水が流れる音と物音が聞こえるので同室の先輩とやらは恐らくシャワーを浴びているのだろう。シャワーを使用しているとどうしても外の音が遠くなるよな、と一人納得して九十九は荷物整理を始めた。下着を畳み、クローゼットに片付けていると不意にガチャリと音が聞こえた。反射的に音の方向へと顔を向けると、そこにはショーツ一枚を身に着けた人物がタオルで髪の毛を拭いながら立っていた。

「あれぇ?誰?」

明るい金糸の髪の毛は前髪が長く、後ろが短い前下がりのボブの髪型。口元に一つのピアスが銀色に輝いている。大きな鳶色の瞳は零れそうで、涙で潤むように輝いていた。そして何より驚いたのが、身長に比例したその手足の長さだった。すらりと伸びた腕と、きゅっと引き締まった脚がまるで彫刻のような現実離れした美しさで思わず見惚れしまいそうになる。肌の色は白く、まるで大理石のようになめらかで内側から発光しているかのようだった。

「あ、えーと。今日から一緒に生活する、天野九十九です。」

「ふーん?…ああ、新入生の入寮日、今日だったんだー。よろしくね。私、二ノ宮朱夏。シュカって呼んで。」

人懐っこそうにシュカは笑いながら、九十九に握手を求めるように手を差し伸べてきた。九十九はその手を取って、握手交わす。

「よろしくお願いします、シュカ先輩。そして、大変言いにくいのですが。」

「ん?」

「…服を着て頂けませんか。」

九十九は頬を紅く染めて、俯きながら呟いた。シュカの豊かな乳房は、同性すらも動揺させる作用があった。

「あは。ごめん、ごめん。すぐ着替えてくるね。」

シュカは笑いながらくるりと回転して、とたたっと脱衣所まで駆けていく。脱衣所に入る一歩前で立ち止まり、シュカは九十九を振り返り見た。

「九十九は、下着はかわいい系が多いんだね。」

「? …!」

ばっと後ろ手に、九十九は下着を隠す。その反応を見てシュカは大笑いしながら今度こそ、脱衣所に入っていった。いきなりの呼び捨てにも驚き、自らの下着を見られたことにも驚いたのだった。

数分後、きちんと身なりを整えたシュカが脱衣所から出てきた。九十九も荷物整理を終えて、一段落着いたところだった。そこで改めて顔を合わせる。

「私、朝が弱いからもしかしたら迷惑かけちゃうかもしれないけど、よろしくね。本当にいざってときは、放っておいて学校に行っちゃっていいから。」

「私も朝は弱い方ですけど、シュカ先輩はそんなに弱いんですか?」

「んー。まあね。去年の先輩には、大変お世話になったにゃー。布団をひっくり返されても起きなかった時は、さすがに呆れられました。」

「それは…壮絶ですね。」

フレンドリーで話しやすい先輩で良かったと九十九は、心の底から安堵した。それからも無理なく会話のラリーを続けた。

「九十九は何コース?俳優?」

「まさか。私は歌手コースに所属します。シュカ先輩は?」

「私も歌手コース!そうなんだー。えらい美形さんだから、てっきり女優志望かと思ったよ。」

「どんなお世辞ですか、それ。」

九十九がくくくと堪えるように笑うと、シュカはきょとんとした表情を作り小首を傾げた。

「ええ?九十九、綺麗じゃん。透き通った水みたいな感じ。さては自覚なしだな。この小悪魔ちゃんめ!」

そう言うと、つん、とシュカは九十九の頬を突くのだった。

「はあ…。あの、シュカ先輩は春休みですよね?何故、寮にいたんですか。まだ、新学期まで時間ありますよね。」

「いやん、話を逸らされた。まーいーや。シュカさんは実家が遠いので、春休み中、一人の寮暮らしを満喫していたんだよ。」

その名残で、風呂上りにショーツ一枚だったらしい。

「そうなんですね。実家、どこなんですか?」

「北海道はでっかいどう!」

「北海道ですか。確かに遠い。私は都内なんです。」

「いいなあ。都会っ子なんだね。いや、江戸っ子っていうの?私の家は田舎も田舎で、近所のショッピングモールに行くのに車で一時間ぐらいかかるよ。距離として、100㎞ぐらいかなあ。」

「…ん?一時間…?」

「もうねえ、森?山?とにかく、自然がいっぱいだった。」

懐かしむように、シュカは目を細める。その様子からシュカの生まれてから中学時代まで、しあわせな環境で育ったことが察せられた。

「夏は涼しくていいんだけど、とにかく短くて。その代わり冬は長いよー。雪もどんどん降り積もるし、雪かきが朝一の仕事だったんだけど辛かったなあ。学校に行く前に、もうくたくた。」

そういうシュカだけど、声には笑いが滲んでいる。

「でも、雪の白さは驚くほどきれいで、ダイヤモンドダストって見たことある?すごいんだよ。これが光の粒子か!なんて勘違いしたりして。」

「東京だと5㎝雪が積もったぐらいでニュースになりますけど、北海道の方々は力強いんですね。」

「うん。上京して、驚いた。これぐらいで電車止まるの!?って。」

「ああ、そうなりますよね。」

うんうん、と九十九は頷く。そして、シュカの故郷に想いを馳せてみる。

「一面の銀世界、見てみたいなあ。」

「じゃあ、今度遊びにおいで。」

「え?」

まるで隣の部屋に誘うかのような気楽さで言われて、九十九は驚いた。

「夏だけ民宿しているから部屋だけはいっぱいあるの、うち。おいで、おいでー。」

民宿の宣伝も兼ねてのことか、と九十九は納得する。

「ありがとうございます。機会があれば、ぜひ。」

「こちらこそ、ぜひ!」

にこ、とシュカに微笑まれて、九十九も笑い返すのだった。シュカの笑顔はまるでパッと咲いたひまわりのようで、場が明るくなった。

そうして、入学式までの三日間。シュカに女子寮のことについて、色々教わって過ごした。食堂のおばちゃんとは仲良くしておくと食事に関して何かとお得になるだとか、コインランドリーの使用が空く時間とか。生活で覚えておくといいことを、何でも教えてくれたのだった。


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