第3話
「初めまして、天野九十九さん。ミュージック・キャビネットの代表取締役、社長の坂本ジュリアです。」
本契約を終えて、Mキャビの社長に初めて出会ったのは二週間後のことだった。マネージャーの堀田も同席して、社長室に呼ばれた。
「初めまして。天野九十九です。」
「うん。活躍はよく聞いています。若いのにすごいね。頼もしい限りだわ。」
坂本は長く豊かな髪の毛を後ろでゆったりと束ね、スタイルの良い体躯をスーツに包んだ大人の女性という印象を受けた。九十九は自分の凹凸の少ない身体を見て、坂本をこっそり羨んだ。
「天野さんは確か、高校に進学しないつもりなんだっけ?」
「はい。すぐにでも、働きたいです。」
「そのことなんだけど、私としては高校に進学してほしいのよね。」
「え…、」
九十九は困ったように首を傾げながら、堀田を見る。すると堀田も、うんうん、と頷いていた。
「高校に通わないとわからない感情とか、記憶。思い出ってあるでしょう。あなたは、それを経験しないで歌える?」
「…それは…。」
「天野さんのターゲット層は、中高生。共感を得るためには、たくさんの経験が必要です。うちは即戦力が欲しいの。そこで。」
坂本は一冊のパンフレットを九十九に手渡す。
「ポラリス学園高等学校?」
「そ。ポラリスの芸能科を受験してもらいます。特待生を目指せば、学費は免除される。挑戦してくれるわね?」
「え、と。それは、私にできることなんでしょうか。」
「それは天野さん次第だね。頑張るなら、もちろんバックアップはする。でも天野さん、一人の力で突破しなければならない。」
どう?と坂本は目で問うた。あきらめた高校生活に、憧れがなかったわけではない。学費を免除される特待生制度を利用しない手はなかった。
高校の制服を着て、青春を送りたいと思うのは自然なことだった。ポラリス学園高校に入学できれば、志を共にする仲間に出会える。友人ができたり、もしかしたら恋もするかもしれない。それはとても魅力的だった。そして、そんな日常を歌に込められたら新しいアンサーになるのだろう。
「受験します。私、絶対に合格します。」
決意を込めて、九十九は坂本と堀田。二人を見た。坂本は満足そうに頷く。
「よく言った。一緒に頑張ろうね。」
「はい。よろしく、お願いします!」
受験を控えて、九十九のデビュー期は来年の4月以降と決まった。学科試験はもちろん、面接対策と自己アピールを重点的に教わり習った。
やがて、時は過ぎる。
桜がハラハラと舞い遊ぶ4月。
ポラリス学園高等学校、芸能科の制服に身を包んだ天野九十九がそこにいた。