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第2話

「ただいま。」

九十九は家路につき、自宅の扉を開ける。すると丁度、玄関で母親が仕事に出掛けるために靴を履いているところだった。それを見送る、妹の百と弟の一もいた。

「お姉ちゃん、おかえり!」

九十九の母親は水商売をしており、夜になると幼い妹と弟を九十九に任せて稼ぎに出た。記憶に残る母親はいつもきちんと化粧をし、甘い香水を身に着けていた。今もそれは変わらない。

「おかえり、九十九。お母さん、お仕事行ってくるね。」

「うん。行ってらっしゃい。あ、帰ってきてから話があるんだけど…いい?」

「いいに決まってるでしょ。じゃあ、お酒を控え目にして帰ってくるわ。」

「ありがとう。」

「ん。行ってきます。」

母親は百と一、九十九の頭を順に撫でて玄関から出ていった。

「お姉ちゃん、今日の夕食はなあに?」

一が九十九の腕にぶら下がるようにじゃれながら問う。

「今夜は、クリームシチューです。いかがでしょうか?」

ふざけて改まった口調で返す。双子の好物は知り得ているので、もちろん答えはわかっている。

「シチュー!やったぁ!!」

「ねえ、ご飯にかけてもいい?」

聞きつけた百も喜びの声を上げて、九十九に甘えた。

「いいよ。いっぱい食べてね。」

百と一が小学校の宿題をしている間に、九十九は夕食の準備をした。

「お姉ちゃん、この問題わからない。」

百が宿題の相談にくれば、一旦手を止めて勉強を見る。その様子はまるでもう一人の母親のようだった。

暖かな食事を終えると、双子をお風呂に入れる。お風呂の時間は、今日あった出来事を互いに語り合う時間だった。

「今日ね、体育で跳び箱5段飛べたよ!」

「僕は苦手だった給食のレバー、食べられた!」

百と一が楽しそうに小学校の出来事を話すのを、九十九は時折頷いて穏やかに微笑みながら聞いていた。

「お姉ちゃんは?今日、何かいいことあった?」

一通り話し終えた二人は、興味津々に九十九にも訊ねる。

「お姉ちゃん?そうだなあ…。前に、レコード会社の人に会うって話したよね。今日、会って話をしてきたよ。」

「ふうん?レコード会社って、CDとか作るところ?」

一が可愛らしく、小首を傾げた。

「そう。それでね、お姉ちゃんをその会社で働かせてくれるって。もしかしたら、お姉ちゃんの歌がCDになるかもよ。」

「すごーい、お姉ちゃん!本当!?」

百が両手を叩いて喜ぶ。

「本当だよ。まだ、どうなるかはわからないけどね。お姉ちゃんの努力次第。」

「お姉ちゃんなら大丈夫だよ。がんばってね。」

二人は声をそろえて、九十九に声援を送ったのだった。

お風呂から上がり、髪の毛を乾かすと九十九は二人を寝かしつけるために絵本を読み、布団に寝かせた。

「おやすみ。一、百。」

「…おやすみなさぁい。」

すでに寝ぼけ眼の二人は、部屋の電気を消すとあっという間に眠りに落ちていった。

母親の帰宅を待つ時間、九十九は自分の学校の宿題をこなすことに当てていた。問題集を前にノートに答えを書き記して、疲れるとスマートホンで動画投稿サイトを巡ったりメールを確認したりして、気分転換をした。そうして家で過ごすこと、午前0時過ぎ。母親が帰ってくるのだった。

「ただいま、九十九。一と百は寝たわね。」

「おかえり。お母さん、ご飯は?」

「軽く食べたいかな。」

洗面所で化粧を落としながら、母親は答える。

「じゃあ、お茶漬けにするね。」

そう言いながら、九十九は再び台所に立った。お湯を沸かして、準備をして居間の母親の元へと戻る。

「ん。ありがと。」

お茶碗を手渡して、軽食を用意すると母親は美味しそうに食すのだった。

ごちそうさま、と食べ終えると九十九と母親は一緒に台所に立ち食器を洗う。その時間は、親子で近況を伝え合う時間だ。九十九は母親の洗った食器を布巾で拭いながら、今日の出来事を話した。

「今日、レコード会社の人に会ってきた。」

「そう。何だって?」

「うん…。メジャーデビューしませんかって、お誘いを受けた。」

母親はきゅっと蛇口をひねって、水の流れを止める。

「やったじゃん。ちゃんとしたところなんでしょう?」

「ミュージック・キャビネットってレコード会社。ちゃんとはしてる、と思う。」

九十九は堀田の一生懸命な様子を思い出した。緊張して、でも熱意を込めた瞳で勧誘してくれた。騙されているとは思えない。あれが演技だったら、私は何も信じられない。

「今度、契約の確認したいからって。お母さん、頼んでもいい?」

「いいよ。また日程決まったら、教えて。」

「ありがとう。」

「九十九。」

「ん?」

母親が九十九に両手を広げて、そして強く抱きしめてくれた。

「おめでとう。あなたは私の自慢の娘よ。」

ぎゅう、と抱きしめられて、頬擦りをされる。母親の無償の愛を受けて、もちろん悪い気などしなかった。

「お母さんのおかげだよ。」


母子家庭でも貧しい想いをしないようにと、母親は常に頑張ってくれていた。窓際には花を生けた花瓶を飾り、切れ端のレースを縫い合わせて作ったテーブルクロスで食卓を彩った。そして九十九には親戚で格安で習わせてくれるピアノ教室に通わせてくれた。中学に入学する頃には高級なピアノが買えない代わりにと、 中古のギターを買い与えてくれた。そのギターとピアノで培った音感で、九十九は作詞作曲を始めたのだった。それからしばらくして、スマートホンで撮影した動画をネットに投稿したのが始まりだった。

モナリザというハンドルネームは、母親の言葉がきっかけだった。

『九十九はモナリザみたいね。』

モナリザは女性性と男性性を持ち合わせ、その中性的な魅力は神が与えたものらしい。九十九は中性的な雰囲気があるから、とのことだった。そのときは大袈裟だと笑ったが、思いの外、九十九の印象に残っていた。


「お姉ちゃん、お母さん帰ってきたの?」

「お母さん、どこー?」

二人が抱き合っていると、奥の部屋から一と百が起き出してきた。

「ああ、ごめんね。起こしちゃったね。」

九十九が声を掛けると、二人は眠気が散り飛ぶように駆けてきた。

「お母さん、お姉ちゃん。ずるーい。私も!」

「僕も、ぎゅー!」

「いいよー。おいで、おいで!」

そう言うと、母親は三人の子供たちを抱き締めた。まるでお団子のようにみんなで集まって、身を寄せ合う瞬間。しあわせの光が灯るのだった。


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