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永久の賦ー悪源太義平異聞ー  作者: 鍋鞍しづる
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現の夢、一

 雪が降っていた。


 行けども進めども、捕らえて放さぬかのごとく、天からこの世を白金(しろかね)に染めてゆく真白(ましろ)。まるで、汚れてしまった地を洗い清めていくかのように。


 自分は、そこにいた。


 父もいた。弟たちもいた。数人の家人たちもいた。


 そうだ、と義平は思い出した。京の都での戦で敗れ、東国へ逃げ落ちてゆかねばならなくなったのだと。


 雪は、静かに我らを責めた。馬は使えず、(かち)になった。それでも足りず、源家に伝わる家宝の鎧を脱ぎ捨てた。たとえ惨めであろうとも、身を軽くして、逃げねばならなかった。


 これは、夢か。


 義平は、深くもなければ浅くもない微睡(まどろ)みに身をゆだね、思う。自分は昔日(せきじつ)の夢を見ているのかと。


朝長(ともなが)、しっかり致せ」

「――はい、兄者」


 夢の中で、義平は四歳下の弟を叱咤する。


「頼朝! 遅れるではない!」


 振り返り、遠ざかっている幼い弟を呼ぶ。


「……はい……」


 頼朝は眠たげに目をこすり、覚束(おぼつか)ない足取りで、降っては積もる雪の中を進む。


 雪は当分止みそうにない。一行は疲れ切った身体を休ませることなく、落ちてゆく。


「父上」


 義平は先頭にいる義朝の側へ寄った。


「どこぞへ、お行きなされますか。我らを受け入れて下さるところが、おありでございますか」


 都で起こった戦は、もう近隣に知れ渡っていた。しかも平家方の武士が、源氏方の落ち武者を見つけたならば捕まえるよう、辻々(つじつじ)()れを出していた。


 義朝は前方から目を離さずに、


青墓(あおはか)宿(しゅく)へ行く」


 と、短く言った。


 青墓の宿……義平はすぐに、あっと手を打った。


「青墓の宿でございますか」


 そこに妹がいることを思い出す。


「ですが」


 再び尋ねる。


「我らを受け入れて下さりましょうか」


 余計な心配などしていなかった。ただ、父の気持ちを知りたいだけであった。


 義朝は明快だった。


「無論、そうでなければ出てゆくまでよ」


 雪の粉を払いのけるように振り返り、義平へ覚悟を決めた強い眼差しを向ける。引き締まった壮年の顔貌(かおかたち)に、疲労と(おぼ)しき色は見られない。


 義平も深く頷いた。


 吹雪はさらにひどくなっていく。


 義朝の側にいた家人の鎌田(かまた)政家(まさいえ)が、何事か叫んだ。


(すけ)殿がおりませぬ!」


 見れば、頼朝がいつのまにか姿を消していた。いまだあどけなさが抜けない少年は、道中何度もはぐれ、その度に政家が引き返して連れ戻していた。


「捜して参ります」

「俺がいく」


 義平は即座に身をひるがえして、来た道を戻る。すると容赦なしに雪闇(せつあん)が囲い、一寸先は(おぼろ)げにもわからない。足あともすでに消え失せ、迫る白雪(しらゆき)を払いのけながら、己の勘に従い足を運ぶ。


 ほどなく、頼朝は見つかった。器用にも、両足で立った状態で、首を垂れ下げている。


 義平は歩み寄り、顎を掴むと、手を振り上げた。


「起きぬか!」


 痛い響きが、少年の潰れていた瞼を小刻みに揺らす。


「……あ、あにじゃさま……」


 頼朝はまだよく呑み込めぬといった(ほう)けた(てい)で、義平を上目遣いに見た。

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