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永久の賦ー悪源太義平異聞ー  作者: 鍋鞍しづる
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闇月、二

「……其方か」


 ほどなく、声の主は得心がいったようだった。


「俺を忘れたか」


 義平は声を押し殺して問う。


「いや、今し方思い出した。以前に()っていたな、私と」


 牛車の前すだれがひとりでに巻き上がった。しかし中には誰の姿も見当たらない。ぽっかりと穴が開いたかのような暗さがあるだけだ。


「思い出したか」

「思い出したとも。あの時の者か……」


 侮蔑の滲む響きに、義平の形相が変わる。


「貴様……」


 一気に空気が張り詰めるが、義平の傍らにいる夜叉は愉しそうに()んでいる。声の主もまた、穏やかな物言いをやめない。


「雪が降っていたな、あの時は。生身の者であれば、歩くことすらままならぬものを。其方は、いや其方らは必死に逃げていたな」

「仕方ない。我らは()けたのだから」

「そうか」


 声は黙った。その時の情景を思い出したのかもしれない。


「――ところで、其方は死んだのではなかったか。さらし頸にされたはずだが」

「そうだ」


 義平は皆まで言わせず、


「俺はあの時、頸を刎ねられたのだ。そして死んだ」

「ならば、私の目の前にいる者は誰か」

「妙な(えにし)で」


 と、吐き捨てるように、


「あるいは、前世の悪行ゆえか、このような身になり果てた」

「前世……現世の間違いではないのか」


 声は揶揄(やゆ)するようだった。


(よわい)十五にて叔父を討ち、悪源太の異名をもった……そういえば、其方の父も、二十年前の戦で敵方におった己の身内をことごとく処刑しおったな。父に弟に、幼い子らまで……命ぜられたとはいえ、いやはや、源氏の血は猛々しい――」

「黙れ!!」


 義平は眦を(けぅ)して、激しく牛車に詰め寄る。


「父上を辱めるか!! お前が父上に何をしたか俺は全て()たのだぞ!!」


 ありったけの憎悪を投げつける。


「お前が父上の頸を奪うさまを視た!! この眼でな!!」


 叫んだ瞬間に、義平の両眼が血色(ちいろ)になった。


 赤眼だ。


「俺の眼は偽りを視せぬ。お前も知っていようが」


 その事が腹立たしいとでもいうように、口許を歪める。


 義平と牛車の間に、凍えた沈黙が横たわった。


「それで、か」


 頷くような気配がして、蛍のようにひっそりと浮き出た牛車全体が、かすかに震えた。


「それで、其方は私の前に立っているのだな。ならば、私が視た後世(ごせ)と違うのも道理よ――其方の頸は、是非に取るべきであった」


 夜叉、と声が呼んだ。


「この者の頸、私にくれるか」

「できるのかえ」

「無論」


 声は自信に()ちている。


「ならば、やるが良い」


 夜叉は平然と促す。


「一つ、尋ねる」


 義平は牛車だけを見据えている。


「なにゆえに、父上を討った。お前は平家に縁の者か」

「いや」


 違う、と声は言った。


「平家の者どもに、所縁(えにし)はない。平家そのものにはな」

「どういう意味だ」

「其方らの血が、我らを呼び醒ました」


 急に、辺りは明るくなってきた。天上を覆っていた雲の群れが散り、刃のように細い月がきらめいて、下界へ金色(こんじき)の光をおくる。それは異様に眩しく、義平と牛車にさらさらと落ちる。


「二十年前の二度の戦で、あれほどの血が流れたのは何百年ぶりか。永い時、眠っていた我らを揺さぶり、下界へと導いたのはその方らだ。我ら、鬼の眷属(けんぞく)をな!」


 すると声に呼応するように、その場へと(つど)った金色の月光がすさまじく輝いた。

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