旅人、三
山から夜鳥の這うように鳴く声が、風をつたって聞こえてくる。
「あと、一夜で都……」
女は流れるような仕草で扇を閉じた。
「ほんに、なさるおつもりか」
義平は無言だ。
「都から吹いてくる風は、あの者の匂いを伝えてきやる……悪源太殿も、おわかりになられるはず」
まるで詠うかのように言葉を紡ぐ。
だが義平は、沈んでいた面を動かすと女を強く睨みつけた。
「黙れ、夜叉」
この夜初めて義平は女と真向かった。烈しい炎のように怒りをたぎらせて。
「お前には、関係がない」
「まこと、そうお思いか」
夜叉は脅えもせず、笑みを含んで義平の眼光を受け止める。
「黙れと言った」
怒気を孕んだ声が、辺りの静寂を大きく震わせた。
「その口を二度と開けられぬよう、頸を刎ねてやろうか」
「おやりなされ。悪源太殿のお心と思えば、妾は手向かいなどいたしませぬ」
夜叉は妖しく笑む。
義平の両眼が峻烈な光を帯びた。と、次には太刀を抜き、夜叉の白い頸を真一文字に刎ねた。
夜叉の頸は花のように乱れ落ちた。美しい容貌を支えていた辺りからは、しかし一滴の血も流れなかった。
義平はその怪異から眼を背けず、微動だにしない顔色で見下ろす。
風が身をひそめ、月が物隠れし、異様な静けさが蠢く。
しばらくもしないうちに、地面から呵々とあがった。
夜叉だった。
かがり火に照らされた夜叉の唇が、嬉しげな声をあげていた。
「ようやく、妾を見て下されたか、悪源太殿」
先刻となんら変わらない声色が、言葉を接ぐ。
「よほど、妾を殺したいご様子……これで幾度目か、気性の激しいお方じゃ」
「ふん」
つまらない余興を目にしたかのように、義平は顔を逸らす。
「頸を刎ねても死なぬ。その口も黙らん」
「妾は其方と添い遂げぬうちは、たとえどのような変事が己が身を襲おうとも、死にませぬ」
夜叉の頸がふらふらと中に浮かんだ。おぼつかなく揺れながら、斬り口にかえり、白い肌と接する。斬られた首元に太刀傷はない。
義平は驚きもしなかった。もう見慣れた現象だった。
「妾は、其方を案じておりまする」
怪異などなかったかのように、夜叉は話す。
「かの者は、強いゆえ」
「いらぬ心配だ」
義平は即座に斬り捨てる。夜を焼くように燃えるかがり火に何を見ているのか、いっそう苛烈な眼差しを向ける。
「必ず倒す。今度こそ、な」
微妙に含まれる苦い呟き事。
「俺は、そのために生きているのだから……」
己に言い聞かせるように、小さく吐く。
それは夜叉には伝わらなかった。一陣の風が大太刀を振るように、義平の言葉を薙ぎ払っていった。
だが、夜叉は――
白く冷たい頬にぞっとするような恍惚の色合いを浮かべると、人の生き血のように紅い口脣でにたりと笑った。