表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永久の賦ー悪源太義平異聞ー  作者: 鍋鞍しづる
25/25

壇ノ浦

 荒波が、いくども押し寄せる。


 (ふね)は前後に、あぶなく揺れ動く。


 知盛は、幼少の帝がいる御蓙(ござ)(ぶね)の船べりにいた。


 早朝に始まった戦は、当初平家方が勝っていた。潮の流れに乗り、源氏方の艘へ乗り込み、敵をあと一歩まで追いつめた。しかし、時間が経つにつれ潮流は変わり、戦況も源氏方優勢となった。


 一の谷の合戦から、およそ一年。この戦いで平家は勝たなければ、行くべき場所は、日本六十余州(ろくじゅうよしゅう)に一つもない。


 知盛は嘆息する。正午近く、平家の負けは、ほぼ確定となった。


「やはり……」


 運命は変わらぬか、と心中呟く。


 眼前で展開する局面を変改(へんかい)しようと、さまざまに手を尽くした鬼がいた。だが、全ては徒労に終わってしまった。


「……月夜霊」


 自分を助け、共に生きた鬼は、この世を去った。


 知盛はまるで昨夜のことのように、思い出される。


 幼少時に病死する定めが、今まで生きてこられたのは、月夜霊のおかげであった。体内に入り、一つになることで、己が運命を変えた。


 定めは変わらぬと言いながら、平家の行く末を変えようとしたのは、どうしてか。理由を言わないまま、鬼と化した源氏の嫡子の手で、命を奪われた。


 知盛は、月夜霊と戦う男と、男しか見ていなかった女とを、脳裏によみがえらせる。あの後、どちらに消えたのだろう。消息はようとして知れないが、不思議と憎む心はなかった。


 月夜霊が何をして、男の怒りを呼んだのか、知盛は知っている。同じ身となって、月夜霊と知盛は、互いの行いを知り得るようになったのだ。


 月夜霊が視たものは、知盛もまた視た。


「中納言殿……」


 呼ばれて、振り返れば、帝の世話をする女房たちが船べりまでやって来て、戦はどうなったのでしょうと、不安げに聞いてきた。


「見るも珍しい坂東の武者を、ご覧になられますよ」


 そう言って、知盛はからからと笑う。


「まあ、このような時に、左様なお(たわむ)れを」


 女房たちはとがめたが、知盛はなにげない風を装い、艘内を片づけ始めた。


 時は、迫っている。


 月夜霊が視た、最期が。


 知盛は、壇ノ浦に漂う大勢の艘へ、目を走らせた。いく足りの武者たちが、太刀を交え戦っている。あの艘のどれかに、平家をここまで追いつめた敵将がいる。合戦前に、その者を討つよう全軍に伝えてあったのだが、うまくはいかなかったようだ。


 しかし、知盛は嘆きはしない。


 華々しい活躍を見せた源氏の将は、やがて鎌倉と敵対し、四年後には自害するのである。そして、鎌倉にいる源氏の嫡流は三代で絶え、執権が実験を握る。


 それら(のち)の世を、知盛は視た。


 視るべきものは、視たのだ。


 何の、未練があろうか。


「あとは、死ぬだけだ……」


 独り言は、風がさらっていった。




 文治(ぶんじ)元年、三月二十四日。


 長門(ながと)、壇ノ浦にて、平家一門滅びる。


 一門の一人、新中納言知盛、「見るべき程の事は見つ、今は自害せん」として、入水す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ