壇ノ浦
荒波が、いくども押し寄せる。
艘は前後に、あぶなく揺れ動く。
知盛は、幼少の帝がいる御蓙艘の船べりにいた。
早朝に始まった戦は、当初平家方が勝っていた。潮の流れに乗り、源氏方の艘へ乗り込み、敵をあと一歩まで追いつめた。しかし、時間が経つにつれ潮流は変わり、戦況も源氏方優勢となった。
一の谷の合戦から、およそ一年。この戦いで平家は勝たなければ、行くべき場所は、日本六十余州に一つもない。
知盛は嘆息する。正午近く、平家の負けは、ほぼ確定となった。
「やはり……」
運命は変わらぬか、と心中呟く。
眼前で展開する局面を変改しようと、さまざまに手を尽くした鬼がいた。だが、全ては徒労に終わってしまった。
「……月夜霊」
自分を助け、共に生きた鬼は、この世を去った。
知盛はまるで昨夜のことのように、思い出される。
幼少時に病死する定めが、今まで生きてこられたのは、月夜霊のおかげであった。体内に入り、一つになることで、己が運命を変えた。
定めは変わらぬと言いながら、平家の行く末を変えようとしたのは、どうしてか。理由を言わないまま、鬼と化した源氏の嫡子の手で、命を奪われた。
知盛は、月夜霊と戦う男と、男しか見ていなかった女とを、脳裏によみがえらせる。あの後、どちらに消えたのだろう。消息はようとして知れないが、不思議と憎む心はなかった。
月夜霊が何をして、男の怒りを呼んだのか、知盛は知っている。同じ身となって、月夜霊と知盛は、互いの行いを知り得るようになったのだ。
月夜霊が視たものは、知盛もまた視た。
「中納言殿……」
呼ばれて、振り返れば、帝の世話をする女房たちが船べりまでやって来て、戦はどうなったのでしょうと、不安げに聞いてきた。
「見るも珍しい坂東の武者を、ご覧になられますよ」
そう言って、知盛はからからと笑う。
「まあ、このような時に、左様なお戯れを」
女房たちはとがめたが、知盛はなにげない風を装い、艘内を片づけ始めた。
時は、迫っている。
月夜霊が視た、最期が。
知盛は、壇ノ浦に漂う大勢の艘へ、目を走らせた。いく足りの武者たちが、太刀を交え戦っている。あの艘のどれかに、平家をここまで追いつめた敵将がいる。合戦前に、その者を討つよう全軍に伝えてあったのだが、うまくはいかなかったようだ。
しかし、知盛は嘆きはしない。
華々しい活躍を見せた源氏の将は、やがて鎌倉と敵対し、四年後には自害するのである。そして、鎌倉にいる源氏の嫡流は三代で絶え、執権が実験を握る。
それら後の世を、知盛は視た。
視るべきものは、視たのだ。
何の、未練があろうか。
「あとは、死ぬだけだ……」
独り言は、風がさらっていった。
文治元年、三月二十四日。
長門、壇ノ浦にて、平家一門滅びる。
一門の一人、新中納言知盛、「見るべき程の事は見つ、今は自害せん」として、入水す。




