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永久の賦ー悪源太義平異聞ー  作者: 鍋鞍しづる
24/25

永久、十

 室内を日が射す。


 義平は、腰をあげた。風貌は人に(かえ)り、右肩は無残であるが、血は止まり、痛みも感じない。


 少し歩いて、月夜霊がいた場で、季節外れの桜の枝を見下ろした。月夜霊がいた痕跡は、何一つ見当たらない。視線を泳がせば、心の臓もなくなっている。


 敵は討った。だが、心中はさほど沸き立ってはいなかった。


「悪源太殿」


 扇を閉じて、寄ってきたのは夜叉だった。同胞の最期にも、眉一つうろたえてはいない。


「……お前は視たのか」


 義平は、傍らへ立つ女へ、呟くように言う。


「俺が、月夜霊を討つ未来世を視たのか……」


 だから、時を渡ったのか――


 しかし夜叉は、人の生き血のような色合いの口脣(こうしん)を割ろうとはせず、ただ笑んでいるだけである。


 人と一つになった鬼は、鬼ではなくなったのかと、ふと思った。代わりに生き返った己が鬼となったのか、と。


 だが、それがどうだというのだ。俺は、もはや死ねぬ――


「妾は、其方の申すとおりにした……」


 二人は、この地を踏む前に、ある約定を交わしていた。義平から出されたもので、月夜霊との戦いに、何が起ころうとも手を出すなと、夜叉へ言い渡したのだった。


 それを(たが)えぬための代償は。


「よかろう」


 義平は(そむ)いた。


「俺をくれてやろう」


 夜叉は満足げに目を細めると、桜の枝を拾い、花を下にして、義平の右肩へ添える。すると、枝は逞しい男の腕へ、花は指へと形を変えた。


「其方には、桜が似合うゆえ」


 義平は(ふく)した腕を、ちらりと見ただけだった。


 夜叉は、紫苑(しおん)染めの袖を伸ばし、義平の左腕に手を添える。だらりと垂れさがっていた腕は息を吹き返し、夜叉は義平の胸元を整えた。


「あの者は、追わぬのかえ」

「追ってどうする」


 外では、いまだに合戦は終わっていない。しかし艘のある海原の方へ、戦いは移っているようだった。平家軍は、徐々に押されている。


 義平は十六夜月を思い出した。


 満月のあとに、ためらうようにして空に昇る月は、男と少年のめぐり逢いを、祝うようにして照らしていた。


 月夜霊は、なぜ、知盛を助けたのであろうか。運命を変えてまで。


 義平は目をつぶる。


 失われたいらえを望むわけではない。今となっては、己には関わりのないことであった。


「平家の行く末か……」


 義平は簀子へ出ると、風に混じる煙の臭いを嗅いだ。この屋敷に、火がつけられたのだろう。陣営が燃えるのは、敗北を意味する。


 月夜霊と同化していた清盛の息子は、どこへ消えたのだろうか。


 だが平家の行く末は、他の誰よりも知っているだろう。


 なぜなら、視えたのだから。己と等しく。


「どこぞへ、参られる」


 傍らで、夜叉が問い()く。


 お前の勝手に、と義平は言った。


 ――これも運命か。


 終世(しゅうせ)を、傍らに立つ女と生きねばならぬ。


 永久に。

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