永久、十
室内を日が射す。
義平は、腰をあげた。風貌は人に還り、右肩は無残であるが、血は止まり、痛みも感じない。
少し歩いて、月夜霊がいた場で、季節外れの桜の枝を見下ろした。月夜霊がいた痕跡は、何一つ見当たらない。視線を泳がせば、心の臓もなくなっている。
敵は討った。だが、心中はさほど沸き立ってはいなかった。
「悪源太殿」
扇を閉じて、寄ってきたのは夜叉だった。同胞の最期にも、眉一つうろたえてはいない。
「……お前は視たのか」
義平は、傍らへ立つ女へ、呟くように言う。
「俺が、月夜霊を討つ未来世を視たのか……」
だから、時を渡ったのか――
しかし夜叉は、人の生き血のような色合いの口脣を割ろうとはせず、ただ笑んでいるだけである。
人と一つになった鬼は、鬼ではなくなったのかと、ふと思った。代わりに生き返った己が鬼となったのか、と。
だが、それがどうだというのだ。俺は、もはや死ねぬ――
「妾は、其方の申すとおりにした……」
二人は、この地を踏む前に、ある約定を交わしていた。義平から出されたもので、月夜霊との戦いに、何が起ころうとも手を出すなと、夜叉へ言い渡したのだった。
それを違えぬための代償は。
「よかろう」
義平は背いた。
「俺をくれてやろう」
夜叉は満足げに目を細めると、桜の枝を拾い、花を下にして、義平の右肩へ添える。すると、枝は逞しい男の腕へ、花は指へと形を変えた。
「其方には、桜が似合うゆえ」
義平は復した腕を、ちらりと見ただけだった。
夜叉は、紫苑染めの袖を伸ばし、義平の左腕に手を添える。だらりと垂れさがっていた腕は息を吹き返し、夜叉は義平の胸元を整えた。
「あの者は、追わぬのかえ」
「追ってどうする」
外では、いまだに合戦は終わっていない。しかし艘のある海原の方へ、戦いは移っているようだった。平家軍は、徐々に押されている。
義平は十六夜月を思い出した。
満月のあとに、ためらうようにして空に昇る月は、男と少年のめぐり逢いを、祝うようにして照らしていた。
月夜霊は、なぜ、知盛を助けたのであろうか。運命を変えてまで。
義平は目をつぶる。
失われたいらえを望むわけではない。今となっては、己には関わりのないことであった。
「平家の行く末か……」
義平は簀子へ出ると、風に混じる煙の臭いを嗅いだ。この屋敷に、火がつけられたのだろう。陣営が燃えるのは、敗北を意味する。
月夜霊と同化していた清盛の息子は、どこへ消えたのだろうか。
だが平家の行く末は、他の誰よりも知っているだろう。
なぜなら、視えたのだから。己と等しく。
「どこぞへ、参られる」
傍らで、夜叉が問い放く。
お前の勝手に、と義平は言った。
――これも運命か。
終世を、傍らに立つ女と生きねばならぬ。
永久に。




