永久、八
「何を笑っておるのか」
月夜霊は膝を曲げ、義平を俯瞰する。
「其方は、いかなる時も笑っている」
「俺の望みが、叶うからだ」
「ほう、それはどのような」
月夜霊は鬼の相でいた。角も牙も隠さず、細い月のような爪が、義平の顎をからめ捕る。
義平は口をひらく代わりに、きつく見返した。
月をいだく鬼は、肩をすくめる。
「そのように睨むではない。したが、四年も経てなお、変わらぬとは。もっとも、其方は感じぬだろうが。のう、なぜに時を越えて参った」
「夜叉へきけ!」
義平の胸が、上下に揺れる。
月夜霊は頷首した。
「そういたそうか。其方を喰ろうて、ゆっくりと」
と、義平を舐めるように見て、
「あの折りにも思うたが、其方はさぞ、うまかろう」
五指は顎を離れ、右肩を這いずる。
「この肩を汚し、腕を食い千切ったのであったな」
緋色を細め、舌なめずりをする。腕を使えぬ義平は、殺さんばかりに睨めるが、月夜霊は意にも返さず、直垂の前をあけ、たくましく盛り上がる肉に、喉を鳴らす。
「喰らえば、いずれの味がこの舌を撫でるか」
呟いた白い牙は、大きく義平の肩へ噛みついた。牙はすさまじい刃と化して、再び右腕をえぐり取る。義平は荒げ、抗するが、五体を貫く激痛に、気を失わず叫びを抑えるだけで潰えた。
さほど掛からずに、月夜霊は口に義平の右腕をくわえる。それを両手で抱えて、唇を濡らす血を舌でぬぐった。
「まずは、これを。終いには、其方の心の臓を」
義平の肩口は、濃い蘇芳の撫子が、いくつも積まれた様相で、真面であれば目をそむけるだろう。月夜霊は含んで笑みし、右腕を喰らおうとした。
だがしかし、右腕は変化した。
肉づきのよい腕は、人の瞬きよりも早く、ひとふりの枝へと変わる。
「これは……」
桜の枝であった。枝先は、五つに分かれ、それぞれ花が咲いている。薄紅をきわめて深くした、美しい花が。
月夜霊は訝しげに、それに見入る。
義平の双眸が、獣のようにひかった。
片腕をなくしたありさまで、肢体が飛びあがり、月夜霊の懐を狙う。
花が風にさらわれる一瞬。
果せるかな、月夜霊は気づいたが、期を失した。
義平は二つの牙をぐわっと裂き、月夜霊の左胸に突き立てる。獰猛な牙は衣を破って、深く深く入り、肉をえぐる。それはまさに鬼の所業だった。
月夜霊は枝を落とし、仰向けに倒れた、公達のような顔立ちに、初めて憔悴を浮かべ、伸しかかる義平を跳ね飛ばそうとしたが、真正の鬼となった義平には力が通じなかった。
義平は、やがて行きあたった、奥にある塊を噛みちぎる。
月夜霊は、地もとどろく限りに絶叫する。
義平はそれを口に含んで、顔をあげると、そばに吐き捨てる。畳に転がったのは、小さな塊。
鬼の、心の臓であった。




