永久、七
「そう、いざ、頸を……」
義平は義朝の言葉に導かれるように、手首を動かし、己の首に太刀を刺した。
切っ先は、だが首に入ると、一瞬にして桜の花びらと化す。
それは溢れんばかりに、何百とも数えられる花びらが、首から肩へ胸へと、暗赤色に染めてゆく。
義平はぼんやりと、半身が血に似た色の花びらに彩られるさまを見る。
頭が、不意打ちを喰らったかのように痛んだ。
血じゃ。
美しい声風が、いつの時にか口にした言葉を、思い出す。
――これは、誰の血だ。
俺は、今、何を――
義平は午睡から醒めた気怠さで、漠然と頭をずらす。
己を必要だと語った人は、言葉が渇きもしないうちに、面に軽蔑を隠さないで、嗤っていた。それが雪の中で、あるいは京の都で、父の敵に見たものと同じ。
何かが、弾けた。
みるまに、義平の両眼は炎色になる。爪は鋭く、牙が現れ、角が突き出る。
花びらは四方に吹き飛ばされた。
義平はすさまじい叫びをあげ、義朝へ襲いかかる。太い首回りをもろ手で絞め、力ずくで押し倒した。
「おのれ! よくも父上のお姿で!!」
怨嗟が、満ち満ちる。
だが義朝は平気で、骨が折れそうほどに力を込められようとも、微塵も苦しんではいなかった。
「残念であった」
愉快そうに、微笑する。
「久方ぶりであるな、鎌倉の御曹司」
義朝の声は、明らかに違っていた。
「父御に出合えて、仕合わせであったろう」
「何を言う! よくも父上に化けたな! 俺を惑わせようとしたか!」
「其方は、とうに惑わされておろうに」
ククッと、喉で嘲笑う。
義平はさかんに牙を剥いて、火のごとく激する。
「かく申すか!! そのお姿を穢すならば、俺が本性に立ち返らせてくれる!!」
「お主こそ、かような風体で、いかなる遷り変わりか」
あれほどに忌みていたものを、と諷し、首筋に触れる左右の手首を捕らえた。
「御曹司よ、これを離せ」
「父上のお姿で申すな!!」
義平は首骼をくびる。
しかし義朝は――義朝のうわべを似せる者は、いとも自若に、両手を義平の腕へすべらせ、
「離すがよい」
と、まるで愛でた花をつむかのように、優美に、非道に、両の腕を握りつぶした。
骨の砕ける濁った音がして、義平は激痛に声を詰まらせる。微々な息が落ち、脂汗がしたたり、唇が苦悶にゆがむ。だが怒りに猛るまなじりは燃え、けして義朝の首から手を放さない。
「生憎であった……俺は必ずや貴様を……討つ……」
「愚かな」
一蹴し、退けよ、と命ずる。
義平は、目に見えぬ強い力で、後ろ様の壁白へと叩きつけられた。壁白は衝撃に耐えられず倒れ、義平も畳へ打ちつけられる。
「……うっ」
起き上がろうとしたが、垂れさがった腕は使えず、畳に伏して、顔だけを向かわせる。
衣の擦る音をさせずに、直衣装束が近づいてくる。背を流れる白髪が、ちらつく。
義平は、腕の苦しみも忘れ、笑った。やっとで、憎き敵にめぐり合えたと。




