永久、四
「――見つけたぞ」
その気はたちどころに散じたが、義平は捕らえる。風は、正面にある御簾から吹いた。急ぎ足で向かい、御簾を放り投げるようにして開け、中へ押し入る。
そこにいたのは、一人の男だった。
紺糸威の鎧を身に着けた大柄な武士は、義平へ振り返る。年の頃はおおよそ三十過ぎか。男盛りの端正な顔立ちには、予期しない人物に出合ったとでも言いたげに、驚きが滲んでいる
義平は男が何者かは知らなかった。今、初めてまみえる者で、鎧から平家一門に連なる身分だろうとは考えずともわかる。
歩を、さらに進める。男と義平は、間に風だけを挟んで相対する。
男は瞠目していたが、朝に照らし出された義平と、その背後で影のようにいる夜叉へ視線を移し、ふと頬をやわらげた。
急に、夜陰が室内へ堕ち、闇が幾重もうごめき始めた。それらの意は、明白な殺意を義平へ発している。
「月夜霊!」
男が、大きく放つ。すると、闇は瞬時に霧散し、朝が満ちた。
「しばらくは、私に」
そう落ち着いて言い、目鼻を温和にさせる。武士にしては、優しげで品のある男だった。人を柔らかく包み込むかのような雰囲気には、激したり、臆したりといった感情が似合わない。たゆまぬ水のような静ひつな佇まいを、己の前に立つ者へいだかせる。義平の厳しい表情も薄れた。
――この男は。
不思議に、亡き父の面影が浮かんだ。印象は、相反するというのに。
「私が相まみえるのは初めて……そうでござるな、悪源太殿」
「名を名乗れ」
男は、ふわりと笑んだ。
「私は、亡くなられた入道殿が四子、新中納言知盛と申す」
「――清盛の息子か」
「左様」
知盛は軽く頷いて、
「悪源太殿は、二十年前の戦では、見事な戦いぶりでござったと、聞いております」
「貴様らには、敗れたが」
「運命にござりましょう」
さらりと流す。
義平は睨んだが、知盛の口振りからは、おとしめる響きはない。
運命か。
それは自分も捕らえられた時に、清盛へ語った言葉だった。
「して、いかなる趣で、こちらへ」
問われて、義平は知盛こそがどのような理由で、ここにいるのかに思い至る。月夜霊の匂いを追ってきたのだが、いたのは知盛だった。鬼の気配は綺麗に絶たれ、知盛からは尋常一様の匂いしか感じられない。
――どういうことだ。
義平は真意を慮りかねる。月夜霊はいないのか。しかし、先程の知盛は何と叫んだか。何があらわれたか。月夜霊は、やはりいるのか。それとも――
深閑を裂くような、大笑いがあがる。
「考えるよりも、その眼で視られよ。そちらの方が早かろうに」
「何だと」
突如として、抗えぬ力が、義平の体内へなだれ込む。
「夜叉……」
と、開きかけた口縁を、そのままに。
流れてきたのは、美しい十六夜月だった。