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永久の賦ー悪源太義平異聞ー  作者: 鍋鞍しづる
18/25

永久、四

「――見つけたぞ」


 その気はたちどころに(さん)じたが、義平は捕らえる。風は、正面にある御簾から吹いた。急ぎ足で向かい、御簾を放り投げるようにして開け、中へ押し入る。


 そこにいたのは、一人の男だった。


 紺糸威(こんいとおどし)の鎧を身に着けた大柄な武士は、義平へ振り返る。年の頃はおおよそ三十過ぎか。男盛りの端正な顔立ちには、予期しない人物に出合ったとでも言いたげに、驚きが滲んでいる


 義平は男が何者かは知らなかった。今、初めてまみえる者で、鎧から平家一門に連なる身分だろうとは考えずともわかる。


 歩を、さらに進める。男と義平は、間に風だけを挟んで相対する。


 男は瞠目していたが、朝に照らし出された義平と、その背後で影のようにいる夜叉へ視線を移し、ふと頬をやわらげた。


 急に、夜陰(やいん)が室内へ堕ち、闇が幾重もうごめき始めた。それらの意は、明白な殺意を義平へ発している。


「月夜霊!」


 男が、大きく放つ。すると、闇は瞬時に霧散(むさん)し、朝が満ちた。


「しばらくは、私に」


 そう落ち着いて言い、目鼻を温和にさせる。武士にしては、優しげで品のある男だった。人を柔らかく包み込むかのような雰囲気には、(げき)したり、(おく)したりといった感情が似合わない。たゆまぬ水のような静ひつな(たたず)まいを、己の前に立つ者へいだかせる。義平の厳しい表情も薄れた。


 ――この男は。


 不思議に、亡き父の面影が浮かんだ。印象は、相反するというのに。


「私が相まみえるのは初めて……そうでござるな、悪源太殿」

「名を名乗れ」


 男は、ふわりと笑んだ。


「私は、亡くなられた入道殿が四子、新中納言知盛(とももり)と申す」

「――清盛の息子か」

「左様」


 知盛は軽く頷いて、


「悪源太殿は、二十年前の戦では、見事な戦いぶりでござったと、聞いております」

「貴様らには、敗れたが」

「運命にござりましょう」


 さらりと流す。


 義平は睨んだが、知盛の口振りからは、おとしめる響きはない。


 運命か。


 それは自分も捕らえられた時に、清盛へ語った言葉だった。


「して、いかなる(おもむき)で、こちらへ」


 問われて、義平は知盛こそがどのような理由で、ここにいるのかに思い至る。月夜霊の匂いを追ってきたのだが、いたのは知盛だった。鬼の気配は綺麗に絶たれ、知盛からは尋常(じんじょう)一様(いちよう)の匂いしか感じられない。


 ――どういうことだ。


 義平は真意を(おもんばか)りかねる。月夜霊はいないのか。しかし、先程の知盛は何と叫んだか。何があらわれたか。月夜霊は、やはりいるのか。それとも――


 深閑(しんかん)を裂くような、大笑いがあがる。


「考えるよりも、その眼で視られよ。そちらの方が早かろうに」

「何だと」


 突如として、抗えぬ力が、義平の体内へなだれ込む。


「夜叉……」


 と、開きかけた口縁を、そのままに。


 流れてきたのは、美しい十六夜月だった。

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